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黄金の風、雲の王国

参謀総長の命によりガスマスクを生産したと言う男が来た。

近況の不穏な動きに参謀総長はそれがルナッカー少尉のものであると確信した。


そしてルミノスに二十四日までフェバーラン特務枢機卿の牽制を任せて、自身は来るボルタージュ空襲に備え準備する。

参謀総長は近々来る飛行船三隻によるボルタージュ空襲に備え、皇帝と参謀総長で最終確認をしていた。


「飛行船の飛行可能限界高度は三千メートルです、ボルタージュの軟弱な機関砲の射程外、陛下が搭乗するに当たって心配は無用です」

「そうか、飛行船は今どうなっている?」

「骨組みを組み立てピアノ線を張って補強し終わり、気嚢にヘリウムを入れ低空で浮遊させている状態です、今からでも飛び立てます」

「爆弾は?」

「一隻につき千キロ爆弾を二トン」

「パーフェクトだ、ルナッカー」 

「感謝の極み」 

 


確認をし終わると二人は会議室を出て参謀本部から登場した。 


参謀総長と皇帝陛下を待ち受けていたのは、大勢の軍人と民衆だった。


陛下は本部前に停車していたオープンカーに参謀総長とともに乗ると、歩道にいる大衆に手を振りながら警備された道路をゆっくりと通る。


皇帝陛下と参謀総長の軍の大行進だ。



「陛下ーーっ!!ご武運をーーーっ!!」 

「総長ーーっ!!テニーニャに制裁をーーっ!」


群衆はそっちされた柵から飛び出んばかりの勢い出で手を振っていた。


先頭の騎馬兵がサーベルを構えながら前進し、その後ろに陛下と参謀総長が車に立ちながら紙吹雪舞う帝都の道路を進んでいく。


クリスマスイブの今日、いよいよ飛行船が飛び立ちボルタージュへの空襲を行う。


その三隻の飛行船の一つ、スィーラバドルト一号に陛下と参謀総長が乗り込んでいくのだ。


陛下の行進はそのまま飛行船が低空で浮遊している郊外へとやってきた。

  

陛下と参謀総長は車を降りて、強風が吹く中進んでいくと、地面から数十メートル浮いている超巨大な飛行船が停めてあった。


全長三百五十メートル。

レシプロエンジンが動力の巨大な硬式飛行船の飛行船が低く威圧的に漂っている。


その大きさあまり、一体が陰り郊外を寒く暗くした。


その飛行船のゴンドラから階段が降りてきている。  

そこから乗り込んで天空へ飛んでいくのだ。


軍服の皇帝に向かってロディーヤ陸軍の将校が折りたたんでいた用紙を開き上奏した。


「偉大なるスィーラバドルト皇帝陛下及び教皇猊下っ!今日より国を挙げ、報復の期を設けられましたことに関し、全ロディーヤ国民が恥辱を晴らすべくと虎視眈々と雌伏して待ち望んでいましたっ!記念すべく聖誕祭前日の佳き日、天にも届けと歓喜の声に帝都に散った皇祖皇宗の神霊も無何有で幸甚の至りでございましょう。

只今より祖国の繁栄と陛下の恒久を願って三唱を贈りたいと思います」


将校が紙を折りたたみ胸元にしまうと、


左腕の肘を垂直に伸ばし、左手の拳を心臓に押し付ける。


「皇帝陛下っ!万歳っーーーっ!!!」


将校の後ろに整列していた幾万の陸軍兵が将校の敬礼を真似て、万歳三唱を叫んだ。


その万歳は天地を震わすかと錯覚するほど壮大に響き渡った。



そうして一連の式典が終わった後、飛行船のゴンドラへ乗るために、部下の兵士たちを連れて階段を登っていく。

その兵士の中に当然、参謀総長もいた。


階段はゴンドラに収納され、風に流されないように地上と繋がれていた大縄が解かれてその巨船は大空へと浮かんでいった。


皇帝陛下と参謀総長が乗った一号が浮かんでいくと、残った二隻も追うように空を飛んでいく。


皇帝陛下はゴンドラの先頭へと急ぐ。


スィーラバドルト号のゴンドラの先頭は一面が展望できるようになっている。

操縦室だ。


広い空間の中で陛下は操縦士に尋ねた。


「この飛行船はどのようにして飛んでいるのかね?」

「はい、いわゆるアルキメデスの原理ですね。

気嚢内の浮遊ガスと押しのけた空気の重さの差で重力を上回る浮揚力を得ているんです。

尾翼に仰角変化を着けたことにより安定した飛行が可能なんですよ」

「なるほど、よくわからないがすごいんだな」


陛下は段々と小さくなっていく帝都の景観を操縦室の展望窓から眺めて、参謀総長に言った。


「どうだ、誇らしくないか?敵都が原始時代に戻る瞬間を共にできるということをっ!」

「ええ、当然です、その瞬間は全ロディーヤ人の願いですから」

「ハハハッ!そうだろうそうだろうっ!」


景色を眺めながら高笑いする皇帝を背にして小さく呟いた。


「今に見ていろ戦犯豚め…」


参謀総長はゴンドラと繋がっている弾倉へと向かった。

乗客デッキを改造した弾倉の中は飛行船の骨組みに懸架された真っ黒な千キロ爆弾がずらりと並んでいた。


参謀総長がその爆弾群の中で小さな声で呼びかけた。


「ルミノス〜…出てこ〜い…」


細く呼びかけると、爆弾の影からひょこっとルミノスが顔を出した。


「はーい」

「よくバレなかったな、フェバーラン枢機卿は?」

「見てくださいよ、これ」


そこには千キロ爆弾にくくりつけられ、轡をさせられているフェバーランいた。 


「はははっ!これは面白いっ!いいアイデアだルミノス、片腹が痛いぞ」

「ありがとうございます」


参謀総長が身動きできず悶ているフェバーランに近づいて、底意地悪そうに煽る。


「さぁさぁ特務枢機卿、寝込みを襲われでもしたのか?あっららぁ〜らら〜らら、残念だなぁ。

もう終いか?最後に見る展望が地獄の炉の底だとはな、悲惨な末路だ。

世界には生前と死後で評価が変わる英雄はいるが君は逆さまに生き埋めにされて燃やされるのだろう、地獄に堕ちた枢機卿として」


フェバーランは侮蔑を瞳に集めて穢れを見るような目つきで睨みつけた。


「侮蔑極まるあの恥辱は忘れまい、ボルタージュまであと数時間、そこで空が落ちるのを目に焼き付けろクソカス」


ルミノスがそう捨て台詞を吐き、参謀総長とともに弾倉をあとにした。


ダンの外の廊下はゴンドラ内のぐるっと外周するように作られており、取り付けられている店母窓で眼下を一望できた。


その町並みを俯瞰していると段々と光景に綿がかかっていき、ついには完全に見えなくなってしまった。


「今、雲の中ですか?」


ルミノスが廊下の手すりに腕を寄っかからせて無限かと思われた深い白を遠く眺める。

なにもない景色に少し不満そうな表情で。


「雲の向こうは青空だ、もう少し待っていろ」


参謀総長が少し含みを込めた口ぶりで答えると段々と白い雲が散っていき、展望窓の二人を巨大な光源が照らした。


「待っ…まぶし…」

「よく見ろ、ルミノス」


ルミノスが腕で光を遮りながらゆっくりと慣らしながら窓の外へ視線をやる。


そこは天空の頂上、無数の雲の上だった。


卵白のような雲は太陽の黄金の光に染められ、広大な大地を作っていた。

その陸にモクモクと膨らみ聳える入道雲の城、澄み渡った天球に頂点に雲の王国が作られているように感じた。


「水彩画家が好みそうな繊細な風景、聞こえるのは機関室のエンジン音だけ、ありとあらゆる雑音はあの絵巻の金雲のような綿が吸収してくれているのですね…」

「随分詩的な表現だな、物書き志望だったのか?」

「画家と小説家です、これでもタッチと筆調には自信があるんですよ」

「そうか、叶うといいな」

「もちろんです、廃園化計画を成功させたら自分のアトリエを持つのが夢なんです」

「もう少し待ってろ、いずれ実現する」


参謀総長の細くたおやかな手でルミノスの頭部を優しくくしゃくしゃと髪を巻き込みながら親が子を褒めるときの様に撫でてくれた。


「頑張ります…っ!わたくしの夢は参謀総長殿の夢でもありますからっ…!」

「廃園まではな、それからは好きにしろ。

美術館と文壇に君の名前が並ぶのを楽しみにしている。

撃たない弾丸は当たらないからな、なんでもやってみるといい」


透き通るような鮮やかなスカイブルーの中を泳いでいると黄金に染まった雲海の中からボワッと大きく白い巨船が浮上してきた。


「来たぞ、あれが二号だ、なら反対側に三号か」


しばらくその非現実的の王国を傍観していると、少し飽きたのか参謀総長は廊下をカツカツと歩き始めた。


「ルミノスはあの枢機卿を見ていろ、到着したら知らせる、それまで頑張ってくれたまえ」

「承知しました」


参謀総長はルミノスを残して操縦室へと向かっていった。 


三隻の飛行船は高度三千メートルを悠々と泳いで進んでいった。


細くちぎれたティッシュの様な縮れた薄雲を纏いながら。

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