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片隅の欠損少女兵

平穏は入院生活を堪能していたリリス達だったが、入院しているロディーヤ人を収容所へと送るために市立病院にグラーファルがやってきた。

リリスたちはとっさに病衣のまま逃げ出した

着の身着のまま市立病院から逃げ出したリリスたちはなんとか追跡を免れ、街の路地の奥に身を潜めていた。


「ハァ…ハァ…ハァ…ここまでくれば…もう…」


車椅子のベルヘンを押していたリリスは息絶え絶えになっている。


「ごめん…リリス…足引っ張って」

「ううん、いいよ…友達だもん…ふぅ…でも…流石に疲れたかな…」

「しばらくここに居よう、まだ奴らが彷徨いているはずだ」


少尉は建物の壁に寄りかかって額の汗を左手の甲で拭う。


路地の奥は汚かった。


ダンボールが散乱し、灰色の建物に囲まれ、空が狭く見える。


しばらく落ち着いて周りを見渡すと、路地の空間の隅っこに一人、汚れたテニーニャの軍服を着た人物が気力なく横たわっている。


汚い地面に這うように身をよじっているその人物を見て少尉が囁いた。


「薬中だ、軍人の中には戦場の恐怖から逃げるた為に大量に服用するやつがいる、あれがその末路だ」


するとその人物はリリスたちに気づいたのか。

アッ…アッ…と助けを請うような小さく発声している。


「私、少し近づいてみます」

「やめとけやめとけ、刺されるぞ」


リリスはそっとその軍人の人物に近寄ってしゃがみこんだ。


「大丈夫ですか…?」

「…こして」

「はい?」

「…起こして…お願い…助けてくれ…」


リリスはそのガタガタ震えている人物の身体を抱きかかえるように持つとあることに気づいた。


「…っ!?この人…両腕が無い…っ!?」


その軍服の腕は裾をヨレヨレになっている、どうやら両前腕が見当たらなかった。


リリスは驚きながらも身体を起こして座らせる。


「…ありがとう、誰も来てくれなかった死んでいたところだ」

「その…失礼ですけど…その腕…」


するとその人物は上腕を振って袖口を揺らす。


「あぁこれなぁ、間抜けだよなぁ。

手榴弾の爆破タイムを間違えて手の中で吹っ飛んだ、片輪になったのさ。

君たちはどこから来たんだい?見るところ患者のようだ」

「それなんだけど…」


リリスと会話をするその人物に少尉もベルヘンも近づく。 


「片輪か、その軍服はテニーニャか?」

「そうさ、アッジ要塞からこの街に逃げてきた。

最悪だ、何もできねぇ、だから嫌気が差してここでゴミ箱犬食いする毎日だ、ちょっと寝ようと思ったらそのまま倒れちまった。

それで起き上がれずに死を待っていたらまさか病人に助けられるとは、わからねぇな人生は」

「家に帰ろうとはしなかったのか?」

「帰るかよ、お袋は負傷した謝恩を楽しみにしてやがった。

私が出ていくときなんて言ったと思う?五体満足で帰ってくるなってさ、腕があっても帰るかよ」


その人物は俯いたまま、それ以上喋ろうとはしなかった。


それを三人が無言で取り囲んでいる。


「…なんだよ、一般人にこれ以上話すことなんかないぞ、まさかあんた達実はサーカスのスカウトか?見世物小屋はゴメンだ」 

「…違う、私達は今追われているの。 だがらここにいる、しばらくしたら出ていこうかと思ったけど、こんなところに一人で置いていけないわ」


車椅子に乗っているベルヘンがそう言った。

全くそのとおりだった。


リリスはそのテニーニャ兵に名前を聞いた。


「私はあなたを連れて行く、お名前は?」

「正気か?足手まといなんかじゃ済まないぜ、手はないが」

「いいから教えて」

「…ハスター・ラーサン」

「ありがと、よろしくねハスターちゃん」

「ああ」


白髪のショートに薄青色の長いもみあげが耳たぶに空いたピアス穴に通って肩まで伸びている特徴的な髪型をしていた。


目は透き通るような白、薄幸の美少女といったところか。


リリスは転がっていたハスターのケピ帽を被ると自己紹介をした。


「私はリリス・サニーランド、この左目が出ている子がエル・ルナッカー、そして車椅子の子がベルヘン・アンデスニー」


ハスターはなんとか自力で立ち上がり。


「それ、私のケピ帽だ、勝手に被るな」

「ヘヘ、ごめんなさい」


戯けていたリリスに軍帽を返すよう要求すると、すぐにハスターの頭に乗せてくれた。


「じゃあそろそろ行くか、もう奴らもいなくなってる頃だと思うからな」

「奴ら?」

「いや、ハスターには関係ない…とにかく行くぞ」


少尉に釣られみんなが路地を出ようと通りに向かう。


少尉は影からチラチラとあたりを見渡して素早く出ていく。


「まずこの病衣を脱ごう、流石に目立ちすぎる」

「でも服を買うお金なんてないわ」

「そうだよな…」


病衣姿のまま立ち尽くしていると、歩道の向こうから手を振りながら近づいてくる女性が居た。


「あれはっ!」


少尉が思わず驚きの声を上げる。

それはなんとあの市立病院の担当の看護師だった。


手に紙袋を引っ提げて走ってきた。


「良かった…全員無事で…ハァ…ハァ…」

「その紙袋…まさか…」

「ええ、あの騒動に便乗して逃げたんだと思って心配してたけど、この服返すの預かったまま返すの忘れていたわ、はい」


その紙袋をリリスが受け取って中を確認すると、確かに事故当時の衣服がそのまま入っていた。


「洗濯してあるから安心して」

「ありがとうございます…っ!看護師さんっ!」

「いいのいいの、あなたたちのお世話してて毎日楽しかったわ、じゃあまたねっ!」


役目を終えた看護師はそのまま来た道を引き返していく。


「待って!」


そう言ったのは少尉だった。


看護師は立ち止って振り返る。


「また会ったときは子供扱いするのを許してやるっ…待たなっ!元気でいろよっ!」


少尉はそう告げると振り返って走り出してしまった。


リリスたちも名残惜しそうに看護師を見て、あとを追うように走り出した。


「いいえ、立派な大人です、エルさん」


走り去っていく少尉たちの背中を遠くに消えるまでその看護師はずっと見守っていたのだった。



少尉たちは街の広い公園の公衆トイレで動きづらい中でなんとか持ってきてくれていたダーリンゲリラの軍服をしっかりと着る。


外で待っていたハスターは公衆トイレから出てきたリリスたちを見る。


リリスは普通に黒いバザーの深緑の制帽とシャツに深緑色の立襟のボタン四つの上衣、ふともも程度の長さのカーキ色のプリーツスカートと黒いニーソにブーツという格好だった。


少尉は着替えの際に三角布とギプスを外し、ベルヘンも両足のギプスを外してニーソの代わりに包帯が巻かれている。


「なっ…何なんだあんたたち…その服…軍服?まさか、そんな欲情を誘う服を軍服などと呼んでは…」


ハスターは一人上腕で顔を覆う素振りをする。


「これが正装だ、いやらしい目で見るんじゃない」 

「でででででもその短いスカートに黒ニーソに乗ったむっちりふとももを見てやらしい目で見るなだなんて…見ているこっちが恥ずかしい…」

「うるさいやつだな…」


だが、ハスターは冷静になってよく頭を回してみる。


「あれ…でも…テニーニャの立襟のホリゾンブルーの服じゃない…ってことはもしかしてあんたたち…ロディーヤの…」

「うーん、まぁそうかな、ごめんね最初に言わなくて…」

「いや…別にいい。

私は、なんで敵の私を助けたのか、それがちょっと疑問に思っただけだ」


三人は顔を見合わせて、クスクスと笑った。


「それもそうね、確かに敵を助けるなんておかしな話ね」

「そうだな、確かに戦場だったら普通に見捨てていた、だが町中で虫の息の残兵を殺めるほど、俺は非情じゃない」

「銃を持たない兵士をいじめたりするのは私達の性格にはあっていないってこと」


リリスが片目をつぶって笑いかける。


 ハスターはその笑顔に少し心を動かされた。


(敵だと知りながら助けるなんて…私が今まで会ってきた人間にはいなかったな、なんか…はじめて当たり前の事を教えてもらった気がする、困っている人がいたら助ける、親も教師も戦友も上官も教えてくれなかったことを、今、この人たちの行動から教わった気がするよ…私は…)


「リリス、ルナッカー、ベルヘン、私を生まれ変わらせてくれ、この古い軍服を脱いで、あんたらと一緒に行動させてくれ。

打ち捨てられていた私をあんたらが救ってくれた。

『自分の行動を信じれば、既に行動は終わっている』

そんな恒久の意志を、私に見せてくれたあんたらについていきたい」


ハスターは立ち上がり、三人に向かって強く固く言い放った。


それを聞いた三人は静かにニッコリ笑った。


「当たり前だよっ!ねっ!少尉っ!ベルちゃんっ!」

「そうだな、テニーニャ兵だからといって拒絶する理由もない」

「メリーも言っていたわ、『許せるのも強さ』だって」


その言葉にハスターは救われたような気さえした。


「ありがとう、それ以外の言葉が見つからない」

「でも本当にいいのか?俺たちの仲間になるということはかつての自軍に銃口を向けることになるんだぞ」

「構わない、私は自分を強く成長させてくれる人たちが好きだ、その人たちの為に戦う、ただそれだけ」


四人に冷たい風が吹く。


それはダーリンゲリラに新しく入隊したハスターへの祝福のようにも感じられた。

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