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病衣の逃走劇

大統領の任務を完了させ、正式にロッキーマスドールズが部隊として認められた。

少佐たちは膠着状態のシッパーテロ前線へと戦況を打開するために赴いていった。

一方、今だ病院で入院しているリリスたちは新聞などを読んで情報を集めていた。

三人のいる病室は賑やかだった。

担当の看護師に頼めばトランプや本、新聞なども持ってきてくれた。


だが、両親の訃報を受け取ったリリスは少し浮かない顔で窓の外を眺めていた。 


気を使うほど、滅入ってはなさいなさそうだが、やはり声をかけづらい。 


「なぁ、リリス。

あんまりごちゃごちゃ言うのもなんだけど、リリスらしくないぞ」

「…そうだよね、私らしくない。

もう決めたんだ、しっかりしなくちゃっ」 


リリスが自分で両頬を叩いて気合を入れる。 


そして本を読んでいるベルヘンに気分を切り替えたように質問した。


「ベルちゃん、何読んでるの?」

「ん、毒ガスにまつわる本」

「なんでそんなものを…」

「奪われたんだもの、きっと実戦で使ってくるわ、その時の対処方を覚えておこうと思って」


二人が寝そべっている少尉を挟んで会話をする。 


「なんて書いてあるの?」

「濡らした布で口や鼻を塞いで呼吸器を守るって」

「はぇ〜…」


だがベルヘンは本をパタンと閉じて読書をやめた。

 

「あ〜あ、暇だわ。

ずっとずっと見知らぬ天井、飽きちゃった。

ねぇ、リリス?看護師さんに車椅子持ってきてもらって中庭行かない?」

「いいねっ!外出ようよっ!少尉もっ!」

「いや、俺はいいや、二人で楽しんできて」

「はーい」



リリスはあの看護師を呼んで車椅子を持ってきてもらうよう言った。


看護師が車椅子を押しながら病室に入ってくると、ベルヘンの胴を抱きかかえ座らせる。


そしてリリスが車椅子の取手を持ち、押しながら中庭へと誘導していった。


「どう?乗り心地」

「別に普通、ただの椅子よ」


エレベーターで一階まで降りると庭へと通じる通路を通り抜けて中庭へと出た。


そこは病棟に囲まれた広い箱庭のようなところだった。


低い広葉樹が植えられ、鮮やかな青い芝が敷き詰められている。


先客の子供たちやお年寄りが設置されているベンチに腰を掛けて、懇談に興じる。


「あら、いいところじゃない、素敵」

「ね、やっぱり外はいいなぁ」


しばらく外で眺めていると、何やら近くの看護師達が騒ぎ始めた。


「ねぇねぇ大変、あの人たちがここにやってきたのよ」 

「本当?何しに…?」

「多分ロディーヤ人の捕縛じゃない?」

「今、なんとか院長が止めているけど…いつまでもつか…」


その会話を聞いて、何やら胸の中がざわめき始めた。


「あの人たちって…まさか…」


嫌な予感は的中していた。


市立病院の入口で院長達が食い止めていたのはあの『人間たちの音楽隊』の総指揮官のアボリガ・グラーファルだった。

 

いつものように黒いオーバーコートに黒マント黒い制帽に金の薔薇。

 

二人の部下を連れて病院内に入らはこもうとしていた。


「とっとと退け、肉になりたいか」

「待ってください…っ!病人のロディーヤ人を連れて行くなんてそんなこと…」  


病院前には捕縛したロディーヤ人を閉じ込める車両が並んでいた。  


「早く失せろ、危険分子や政治犯を殺害して回る『赤い雪作戦』の邪魔をするな」

「病人はみな平等です…っ!ならせめて…火器だけでも…」

「ふん、わかった。 

病院に銃器を持ち込むのは道徳的にアレだな、お前達銃はおいていけ、行くぞ」


グラーファルは部下たちを率いて、強引に院内へと入っていく。


「虱潰しに探せ、連行を拒んだ人間がロディーヤ人だ」 


グラーファルは受付の裏の資料室で患者カルテを見ながらロディーヤ人を探し出す。 


「こいつも鬼畜、こいつも鬼畜、こいつもこいつもこのガキも鬼畜」


次々とロディーヤ人のカルテを引き出して、机に放っていく。  


「…お?これは…見覚えがあるぞ、確か前に逃した…」


カルテに添付されている写真を見て確信した。  


この病院にあの逃してしまったリリスたちがいる。 


グラーファルは表情一つ変えず言い放った。

 

「全員捕えよ、取りこぼしは許さない」 


そう命じると、部下たち机の上のカルテを持ってそれぞれ霧散して探し始めた。


病室の扉を開け、カルテの人物を探す。



「このカルテはお前だな、来い、連行する」

「はぁぁ?なんだてめぇ」

 

片脚を怪我した男が松葉杖を付きながら近づく。


部下はその杖を脚で薙いで勢いよく倒れた男の首を脚で押さえつける。


「ロディーヤ人確保、これより連行する」   


無理矢理連行される人々の抵抗する声が広い病棟内に響き渡った。


その声は、病室でのんびりしていた少尉の耳にも届いた。


「何だ何だ?騒がしいな」 


三角布を提げた少尉がドアを開けて廊下を確認すると、廊下の奥の部屋から黒い軍服の男達が階段を登ってやってきた。


「いたぞっ!このカルテの人物を見つけたぞっ!」

「げっ、グラーファルの部下共っ!」


少尉は病室から飛び出して走り出した。


「逃がすかっ!追えっ!」


逃すまいと部下達が少尉の背中を追う。


男と女という差も有り、更に負傷している少尉に追いつくのはさほど難しいことじゃなかった。


「捕まえたっ!」


男が少尉の病衣の首の襟を掴むとそのまま床にうつ伏せになるよう押し付けた。


「痛いぞ馬鹿っ!俺は腕が折れてんだぞっ!」

「知るか、俺の腕は痛くない」 

「クソ…」


男に乗っかられ、伏したまま見動き取れなかった少尉の耳に何やら車輪がガラガラ転がるような軽い音が近づいてくる。


「何だ…この音…」


少尉がそう呟いた瞬間、廊下の角から勢いよく飛び出してきたのは緊急搬送する際に使う車輪のついた寝台だった。


「少尉ーーっ!!!頭を下げてくださいっ!!」


その寝台を猛スピードで押しているのは、病衣を着たリリスだった。


「えいっ!!」


ガラガラとけたたましい音を立てながら少尉に向かって寝台を手放した。


寝台は真っ直ぐスピードを緩めずに少尉に突っ込んでくる。


「ぐぇぇっ!!!」


突っ込んで来た寝台の角は押さえつけていた男の顔面に見事命中した。


両脇をタイヤが通過し、伏せていた少尉の身体に触れることなく、男だけがぶっ飛んだ。


「ナイスだリリスっ!」


少尉は顔面を抑えてうずくまっている男に背を向けて走り出す。


「ベルヘンは?」

「あの廊下の角ですっ!」


廊下の角を曲がるとリリスは待機していたベルヘンの車椅子を押して疾走する。


「リリスっ!あの渡り廊下から男がっ!」


廊下の窓を見ると隣の棟に繋がっている渡り廊下から二人の男がやってくるのが見える。


「野郎っ!」


少尉が点滴を下げる銀の棒状のようなものを手に取ると、先陣を切って突っ走っていく。


「喰らえっ!!」


その棒を二人の男の腹に投げると勢いよく棒の中心めがけて脚を突き出す。


棒は男たちの腹に食い込んで思いっきり後方に吹っ飛んだ。


「急いでエレベーターに向かうぞっ!」


リリスたちはは知りながらエレベーターへと、向かい速やかに乗り込んだ。


少尉が左手でレバーを下げると金網がガラガラと閉まり、エレベーター内に機械音が低く唸りはじめた。


そしてゆっくりとリリスたちを載せて降下する。


「…巻いたかしら…?」


そして一階に着くと金網が開く。


そこで待ち伏せていたのはあのグラーファルだった。


「久しぶりだな、満身創痍。

乗れ、シャワー室までご案内」

「リリスっ!押してっ!」


リリスがベルヘンの座っている車椅子を押しながらエレベーターから飛び出してグラーファルへと激突した。


「そのまま外よっ!」


すっ転んだグラーファルを残して三人は病衣のまま飛び出していった。


「…っクソ、逃がすか」


おぼつかない足取りで立ち上がるとフラフラと部下に支えられながら追い始める。

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