死地に入るのも
ランヘルド市立病院にて入院していたリリスたちダーリンゲリラ。
ベルヘンが今は亡きメリーの本心をみんなに伝えたが、そんなリリスに訃報が舞い込んできた。
なんと両親が十二月十日のロディーヤ全土大空襲で鬼籍に入ったというのだ。
そしてロッキーマスドールズのエロイスたちは大統領から与えられた黒いケースの奪還に成功し、正式に認められようとしていた。
フロント少佐はランヘルドの路上の電話ボックス内で大統領に連絡をしていた。
「ダイカス大統領、黒いケース届きました?」
「あ?あぁついさっき来たぞ、随分と早かったな」
「大統領宛てって書いたらどの荷物よりも優先してくれるかと思って書いたんです」
「バカッ!あれほど偽名で書けっ!」
「それは任務の内に入っていません。
それで、認めてくれるんですよね?『ロッキーマスドールズ』を正式な部隊として」
「あぁ、認めるよ、素直にケースを見つけて奪取するのはすごいと思う」
「ありがとうございます」
少佐は気持ちのこもった声でお礼を言う。
電話越しなのに頭を下げてしまうほど。
「じゃあ、そんなお前たちを指揮するのは俺じゃない、軍令部総長だ。
その総長が言っていたこともしっかりと伝えてやる、ランヘルドに向かってロディーヤ兵が侵攻しているのは知っているな」
「はい、シッパーテロの前線のことですよね」
大統領は電話の向こうで何やらペラペラ紙をめくる音がする。
きっと地図でも確認しているのだろう。
「そのシッパーテロ前線が最近殆ど動いていない。
もうそろそろあんなところに兵力を割いていられる余裕もなくなる、そこでお前たちに命じる。
今すぐランヘルドを離れ、シッパーテロ前線に迎え、それからは現地で決める、いいな」
少佐はしばらく考え込んだあと、はいと承諾した。
「安心しろ、お前たちが持ってきてくれた資料のお陰で戦局を変えられそうなんだ、しっかりしろよ」
そう言うと、一方的に電話を切ってしまった。
少佐も静かに受話器を置くと、ボックスから出てきた。
そして近くのレストランへ入っていった。
中には大きなテーブルで料理を頬張っているエロイス達がいる。
「あっ、少佐どうだった?認められた?」
リグニンがチーズハンバーグを口に運びながら問う。
「認められた、ちゃんと部隊としてシッパーテロ前線に配置してくれるみたいだ」
「ホントなんねっ!」
エッジとリグニンはその報を受け、有頂天になるがエロイスとドレミーはあまりのいい表情をしなかった。
「どうした?戦闘に参加できるんだぞ、もっと胸を張れ」
「それはそうですけど…シッパーテロって膠着状態になっているあの湿原の名前ですよね…」
エロイスは持っていた食器を皿に置いて言った。
「正直言うと、ロッキーマスドールズは楽しかったです、なんと言うか…無我夢中で、みんなで協力して任務をこなしていく感じで一人ひとりが尊重されていた気がします…でも、前線は常に何千という命が一日で消えていきます。
その中に放り込まれたら、私達はただの上層部の捨て駒になってしまう気がして…」
エロイスが少し悲しげな声で少佐に問いかける。
「どうしたらいいかわかりません、喜んでいいのか…何万という兵士の中の一人でいたくない、もっと言う戦争なんかやめて家に帰りたい…みんなで一緒に平和に生きたい…」
「エロイス…」
少佐はそんなうつむく少女の顔を両手を使って目を合わせる。
「私はお前に、諦めずに生きろだとか、人の役に立てるような人間になれなんて言わない。
ただ、価値のある走馬灯を見れるように生きろ。
それだけは言っておく。
案ずるな、どんな死に方をしてもお前には立派だ」
「でも…私は…生きている帰りたい…」
「エロイス、時には苦い薬も飲まないといけない、お前の死が誰かの生になるんだ、決して無駄じゃない」
その少佐の言葉を聞いているうちに、みんなも少し不安になってくる。
「さっきシッパーテロって言ったんね?確かにあそこは地獄だってよく聞くんね、何がそう言わせているのかは知らないけど」
「シッパーテロ…たっ…確か…ランヘルド近くの最前線です…よね…ロディーヤとテニーニャが…にっ…睨み合っている…あの…」
「…」
少佐はそんな弱気になる隊員に喝を入れる。
「どうした?怖気づいたのか?今までいろんな戦いをしてきただろ?今更何を心配するんだ?」
リグニンがその言葉に反応する。
「ウチらは少佐が暗躍しているうちに色々情報を集めていたのよ、あれは人と人の戦いじゃない、新聞に、シッパーテロの野戦病院に運ばれて来た負傷兵がこぞってこう言っていたと書いてあった、早く地獄に墜としてくれって…」
その言葉を聞いて少佐の手に冷や汗がにじみ出てくる。
顔も明らかに強張っているのがわかる。
「そ、そんなに凄まじいのか…?ただのランヘルドの防衛戦のハズだろ?」
「それはアッジ要塞陥落前の話よ。
長い塹壕の中でこの湿原が一番弱いと踏んでロディーヤが同じく塹壕を掘り始めた事でシッパーテロが主戦場となったの。
お互い裏に回ろうと塹壕を掘り進めた結果五キロに及ぶ塹壕が掘られ膠着状態、そしてさらにアッジ要塞陥落と来た。
おまけに兵士はその塹壕から出れないのよ、一度行ったら撤退の許可がない限りはね」
机に落ちた少佐の手が震えだす。
その振動が皿に伝わってカタカタなり始めた。
「そんなことになっているのか今…もしかして…それを打開する為の毒ガス…」
しばらく目を泳がせて考えたあと、少佐は静かにこう言った。
「わかった…シッパーテロが並大抵のところではないことを、だが私は少佐だ。
行かねばならない、自身の安眠の為に戦争を終わらさねばならない。
他の兵士が戦っているからいいだろうではだめだ。
誰かが、という言葉は子供な大人の為に作られたものなのだ」
そして立ち上がると四人を見渡しながら訪ねた。
「来なくても別に罵ったりはしない、ついてきたいやつだけ私についてこい」
立ち上がった少佐を前に全員が顔を合わせる。
そして立ち上がると者がいないことを確認すると。
「そうか、いないな。
今まで楽しかった、いい夢が見れそうだ」
「まっ…待ってください…」
そう言った立ち去ろうとする少佐を呼び止める声がした。
「お前は…ドレミー」
「ドレミー…行きますっ…少佐はこんな私を…分け隔てなく受け入れてくれました…っ
今ついていかないと一生…後悔する気がします…じゃないと…どっ…ドレミーは…ただの肉袋になってしまう…っ!!路上に打ち捨てられたただのゴミ袋になってしまう…っ!!だからっ…!」
次の瞬間、レストランの外をトラックが通過した。
そしてドレミーに影が差してトラックが通り過ぎたあと、少佐はドレミーの目を見て驚いた。
「だから俺はてめぇについていくって決めだんだぜ、戦場が地獄なら、てめぇのいねぇ場所は全部地獄以上だ」
ドレミーの目の色彩が左右入れ替わっていた。
口調も顔つきも雰囲気も、全てが別人だった。
「そうか…」
少佐がそう漏らすと、他の少女たちも同調するように立ち上がった。
「確かに、言えてる。
少佐いないと意外と何もできないしねウチら」
「そうなんね、ここで黙って座っていられるほど弱い人間じゃないんね」
「私も少佐と一緒に歩んできた身です、私に覚悟を生み出してくれた不幸、悲しみ、喜び、恐怖に。
そして少佐に感謝します」
四人全員がついていく旨を述べて立ち上がった。
その光景にさすがの少佐も思うものがあったようだ。
目頭がほのかに熱くなったのを感じた。
「…まぁ予想通りだな、きっと来てくれるだろうと思っていた。
来い、ロッキーマスドールズ、地獄の沙汰を見に行くぞ」
少佐のあとを四人は追従していく。
全員が決意に満ちた表情を店を出ていった。
地獄の前線、シッパーテロへ向けて。
「ちょっとお客さーーんっ!!お代金っ!!」




