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夕暮れに染まる覚悟

皇帝陛下の勅令でなんとか飛行船三隻を集めた参謀総長の評判はうなぎ登りだった。

そして皇帝は二十四日のクリスマスイブの夜に敵都ボルタージュに三隻を用いた大規模空襲『血の聖誕祭前夜作戦』を参謀総長に伝えた。

一方のリリスたちダーリンゲリラはランヘルドの市立病院にて入院していた。

窓際のベッドがリリス、真ん中がルナッカー少尉、そして入口付近のベッドはベルヘンといった具合に並んでいた


リリスたちは少し狭い三人の病室で白黒のテレビを見ていた。


「臨時ニュースを申し上げます、臨時ニュースを申し上げます。

只今、我が国の帝都チェニロバーン郊外にて、飛行船を軍用に改修しようといているところです。

ご覧ください、この歴史的瞬間を。

あまりの荘厳さにあのスィーラバドルト皇帝陛下も童心に帰ってしまうほどです」


枠から盛り上がった画面に白黒の映像が映し出される。


それは現場をありありと映し、様子が荒い画面から確認できた。


「この飛行船を用意したハッケル参謀総長の威信を見よ、堂々たる佇まい、まさに生きる女傑であります」


次の瞬間、場面は切り替わり皇帝陛下と笑い合っている参謀総長が映った。


微笑ましいその映像に思わず、釘付けになる。

その裏の謀略など知らずに。


だが、リリスたちにはその情報よりも、その映像をありありと映すガラスがはめられた木箱のほうが興味をそそった。


「すごいな、これどうなっているんだ?」

「箱の中に人が入っているんじゃないんですか?」

「まさか」


少尉とリリスがそんな会話を繰り広げていたところに、あの担当の看護師が夕食を持ってやってきた。


「看護師さん、これすごいですね」 

「そうなのよね〜院長が大のハイカラ狂だから、大金叩いて買っちゃった。

見終わったら他の病室に回すのよ、すっごく重いんだから」


二人は納得したようにうなずく。


「なんていう名前なんですか…?」


リリスが名前を尋ねるとしっかりと答えてくれた。


看護師が摺ったリンゴの入った皿をベッドのテーブルに並べながら言う。  


「確かに、開発者の名前を取ってブラウン管とか言ったような…ごめんなさい、私もよく知らないの、最近作られた放送局から一方的に映像が送られてくるだけだから、あんまりおもしろくないけどね」

「へぇ〜」

「じゃあそろそろ運ばなきゃ…」


看護師がブラウン管を持ち上げてコンセントを脱いて運び出した。


「おっ…重い…」

「頑張ってねー!看護師さーーん!」


リリスが手を振ると、両手が塞がっている看護師は笑顔を向けると脚でドアを閉めて出ていった。


「今日も看護師さんかわいかったですね」

「バカを言うなリリス、あいつの顔を見たか?あいつは俺のことをおちょくっている」

「まぁ少尉見ていると保護欲掻き立てられるのもわかります」

「はぁ?ベルヘン、あんまり適当なことを言うなよ」


少尉は出された摺りリンゴをスプーンで掬おうとしたが。


「そうだ、俺右腕使えないんだった、ベルヘン」

「いや少尉、私ほら、脚」

「あっそうだったな、すまん。

じゃあリリス」

「も〜最初に言ってくれればいいのに〜」

「だってリリスに食べさせられるのは恥ずかしくて嫌だ」

「意地っ張り」


リリスが少尉のテーブルに置かれている皿を手にとってスプーンでリンゴを少し混ぜてから掬う。


「はい、あ〜ん」

「…」


少尉は少し気恥ずかしそうに頬を赤らめさせながら目を閉じて口を開けた。


「あ〜ん…」


少尉が差し出されたリンゴを口で迎える。


そして口からスプーンだけが出てくる。


「ふふ、美味しいですか?」

「やめろっ夫婦みたいじゃないか」


そんな微笑ましい空気がふんわりとまとわりついた。


それを見ていたベルヘンは笑っていたがどこか少し寂しそうな顔をしていた。


「メリー…」


その言葉に二人も少し表情が曇る。


「ホントは、隣にメリーもいてくれたら良かったんだけど…」

「そうだな、一生の不覚だ。

メリーが託してくれた資料も奪われ、こうして満足に動くこともできなくなっているんだからな…情けなくてメリーに会いに行けないな」


そんな暗い表情をしているとベルヘンが二人にこう言った。


「そうね…あのとき…私がケースを敵に渡していれば…」


園言葉に反応した少尉が聞き返す。


「なぜそんなことを言う」


少し怪訝そうに少尉が言った。

ベルヘンはしっかりと記憶を呼び覚ましながら答える。


「メリー、宿から街に散歩に出るときに私に言ってくれたの」



「ねぇベルヘンさん」

「ん?どうしたのメリー」

「あの黒いケース、私が勝手に持ってきちゃったものなのは知ってますわよね?

あれを燃やしさえすれば、毒ガスやらなんやらの兵器の開発を遅らせられるかと思って。

いつ捨てようかと思っていたらいつの間にか惰性でここまで持ってきちゃった」

「つまり、私が燃やせってこと?」

「違うわベルヘンさん、もしかしたらこのケースを追って誰かがやってくるかもしれない、勝手に持ってきたのは私ですし、私が襲われるのはいいですけど、みなさんに迷惑かけたくないですわ。

だから、もしそのケースを狙って来て追いつかれたらすぐにその人たちに渡してくださいな。

ケースよりもみなさんの命のほうが何千倍も大事ですから」



ベルヘンはメリーの言葉を回想していた。


「メリーちゃん、そんなこと言って…」

「じゃあベルヘン、どうしてもっと早くそれを言ってくれなかったんだ、すぐに言ってくれれば。

ケースを渡して入院せずに済んだんだぞ」


ベルヘンは俯いたまま、涙を流し始めた。


「言えなかった…私は…宿でメリーから電話があったとき、少尉はケースを持って逃げるぞ、メリーからの伝言だ、って言ったとき。

その伝言はメリーの本心じゃない、メリーは本当はケースなんかよりも私達の命のほうを心配していたの…

でも少尉とリリスはメリーの為に、その意志を繋ぐために敵に渡すまいと必死だった。

メリーは私的な感情を押し殺して、心配させまいと、意志を託そうとしてくれていたのに…

私は必死に行動しようとしている二人を見て、メリーの感情に流されてしまった。

『せっかく持ってきたケースを敵になんか渡したくない』って。

二人の意志を、その仲間の伝言を聞いて行動する気高い覚悟を前にして…言えなかったの…メリーの本音を…」


ベルヘンが膝に掛けていた毛布をギュッと握りしてる。


「そうして二人を大事に巻き込んだ…私は…」


ベルヘンは白い手で泣きじゃくる顔を覆って下を向いた。


「私は…自分のことしか考えていない大馬鹿者よ…あのとき、勇気を出して二人に伝えていれば…ケースなんか放置してメリーの元へ向かっていれさえすればせめて最期まで一緒に居られたかもしれない…私は…私は…っ!」


その言葉を聞いて二人は固まる。


「ベルちゃん…」


リリスはゆっくりとベルヘンのベッドへと腰をかける。


「…実は…私たちも知ってたよ、メリーが息絶え絶えのことを…無理して資料を託していたこと。

でも少尉はメリーを最期まで安心させようと無理を言った、気付いていたけど言わなかった」

「…っ!?」

「でも、そのケースはメリーが持ってきた唯一のもの、メリーが一番最後まで触っていたもの、それを少尉は手放したくなかった」


ベルヘンはリリスの顔をまじまじと見る。

目に涙を浮かべながら。


「ケースは奪われた、けど私達は生きている。

メリーがベルヘンに言ったことなら、ちゃんとここに残ってるよ」


ベルヘンはリリスの胸になだれ込むように泣き崩れる。


涙はリリスの病衣をどんどん濡らしていった。


リリスはそんなベルヘンの頭を優しく撫でた。


そんな空気の中、突然病室の扉が開いた。


「リ、リリスさんっ…!」


そう言って現れたのあの担当の看護師だった。


「なっ…なんですか?」

「いや…この空気の中伝えるのは…ごめんなさい、まだあとで…」

「待ってっ!」


リリスガベッドから身体を降ろし、帰ろうとする看護師の手を掴む。


「…覚悟して聞いてください。

さっき、ロディーヤ国内のとある役場から電話がかかってきました」

「役場…?」

「はい…それでこの病院にリリス・サニーランドさんが入院しているという旨を伝えたんです。

そしたら…」  


リリスは息を飲んで看護師の言葉を待つ。


そして息を吸って目を据えながらこう言った。


「ラベッド・サニーランド、ハルミン・サニーランドさんが十二月十日の空襲によって倒壊した家屋で死亡が確認されました。との弔電が入ってきました。

リリスさんのご両親です」


その言葉を聞いて三人が目を見開く。


リリスの体中を駆け巡っていた血液が氷のように冷たくなっていくのがわかる。


心臓は静かに唸り、肌はより白く血の気が引いている。


脳は静かに思考をやめたあと、真っ白になった脳と目から大粒の涙が零れ落ちていった。


リリスはそのまま身を翻してベルヘン、少尉の横を通って窓へと向かう。


そして窓際に寄って窓枠で両肘を抱えるようにうつ伏せになって泣き始めた。


病室には嗚咽と鼻を啜る音だけが響く。


その空気に耐えられなくなったのか、看護師はゆっくりと病室から出ていってしまった。


少尉とベルヘンはそんな泣きじゃくるリリスをただただ見守っていることしかできなかった。


どんな言葉をかけていいかわからなかったのだ。


リリスはしばらく病衣の裾を濡らしたあと、ゆっくりと立ち上がった。


そして沈み始めた夕陽に照らされ、真っ赤に燃えるようにリリスの身体を照らした。


そうして作られた影はリリスのたくましい意志を強調するかのようだった。


「友達もパパもママも、そして私も必ず誰かがどこかで死ぬ、もう何も望まない。

私は…」


キラリとオレンジに光った涙を手の甲で拭き払って自分に言い聞かせるように言葉を放った。


「私を生きろ、死ぬ覚悟で。

人生の最期まで吶喊する」


斜陽に照らされ、真っ赤に染まったリリスとその病室、その一人の少女の出で立ちは強い覚悟に満ちていた。

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