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汚泥の蓮

ロディーヤ帝都では荒漠とした街の被害を確認し、逆襲に燃える皇帝。

参謀総長は阻止したかったものの、勅令ということで反論できなかった。

そして皇帝の側で従う皇帝教皇主義の宗教団体の長のフェバーラン・リッター特務枢機卿が現れ、情勢はさらに複雑化する。

一方、ロディーヤ全土空襲から戻ってきたルナッカー少尉をランヘルドで待機していたダーリンゲリラ一同が迎え入れていた。

ランヘルド郊外に着陸した爆撃機からルナッカー少尉が降り立つ。


あの空襲で反撃したあと、なんとか無事にリリスたちが待つランヘルド郊外に戻ってくることができたのだった。


「ふぅ、ようやく地上か。

最初は楽しいもんだと思っていたが、もう懲り懲りだな」


爆撃機の側に座り込んで身体を労る。

空中に慣れた身体は重く、立っているのにも足に負担がかかる。


「リリスたちはどこにいるんだ…もう歩きたくない…」


ついに柔らかい草の上で寝っ転がった。


空を見渡せばいつの間にか灰色の雲は少しずつ消え失せ、空いた雲間から光の筋が景色を彩っている。


「いい景色だ、どっかの国では天使のはしごとか言うんだっけな、洒落てんねぇ」


そんな景色をぼんやり眺めていると、向こうから誰かやってきた。


手を振りながらいそいそと愛らしく走ってくるのはリリスだった。


「少ォーー尉ィーーっ!!おかえりなさぁーーーいっ!!」


少尉はその声を聞くと、やれやれと言わんばかりの表情で上半身を起こす。


天使のはしごをバックに走ってきたリリスは起き上がった少尉に勢いよく飛び込んでくると、せっかく起き上がった少尉を抱きついたまま地面に押し倒した。


「おい…重いぞ…」

「あっ!すいません…おかえりなさいっ!少尉っ!」

「ああ、ただいま、リリス」

「お怪我は?」

「全身がダルい」

「元気そうで何よりです」


被さっていたリリスは少尉の隣にちょこんと座り込んだ。


「どうでした?ロディーヤの方は」

「みんなで積んだ食料はしっかり全部落としてきたぞ」

「随分と機体も破損しているみたいですけど…」

「ああそれは…」


少尉は座ったまま破損した右翼の先端を見つめる。


「…途中で空襲している爆撃機と戦闘機と交戦した」

「…!?なんでそんなことを…!危ないからやめておこうって…」

「そのつもりだった。

だが、巨人に地ならしされたようなロディーヤが鼻の先にあると思うとそれで居ても立ってもいられなくなって、それで一緒に乗っていたパイロットと口論になって、助けを無線で呼ぼとしていたから射殺して投げ捨てた。

土壇場で操縦を教えてもらったが、想像以上の自分の操縦技術に天賦の才を感じたな」

「よくご無事で…」

「全くだ…ここにリリスと居られているのが夢みたいだ」


少尉は隣に座っていたリリスの肩に頭を乗せた。


「ほんと…夢みたいだった。

だが空の上よりもやっぱりリリスがいる地上のほうが俺は好きかな」

「少尉…私もです。

数時間少尉がいなかっただけですけど、私すごく怖くなっちゃったんです。

少尉がいないところで死ぬのだけは嫌って思った程です」

「ははっ,冗談はもう少し上手くなってからな」

「嘘じゃないです」


リリスのおとぼけた口調が真剣になったのがはっきりとわかる。


リリスは少尉の手を拾うとギュッと両手で握りしめた。


暖かく柔らかい絹のような手触りの細い手が少尉の冷たい指先を温めてくれた。


「私は少尉がいないところでの死ぬのだけは嫌だと本気で思ったんです。

明日死んじゃうかもしれない、もう会えないかもしれない、そんなことを思っていると少尉が恋しくなってきたんです。

だから死ぬときは、少尉の腕の中で眠りたい。

嘘偽りなく、これが本音です。

いつ言えなくなるのかわからなくて、怖かったから…今、言います」


リリスが息をすぅと吸って握っていた少尉の手を心臓に当てる。


「こんなにドキドキしているけど、伝えます。

エルちゃん、私、あなたのことが好きです」



少尉は一気に毒が回り始めたような眩みと痛みに似た閃光が全身を貫いた。


その毒は、その閃光は微弱なものだったが、少尉の心と脳を麻痺させるのには充分だった。


耽美でもどかしいようなものが身体の奥からじわじわと登ってくる。


そのリリスの告白に頬はほんのり高潮して、自分が今、気恥ずかしくなっていることに気づいた。


「そ…っそれは…この…こ…恋人的な…?意味でっ…?」


明らかに動揺していた。


その少尉の身体に詰めかけてリリスは言った。


「そうです、私はエルちゃんのことをしっかりと女の子の恋人として好きですって事」


リリスの目の真摯な眼差しに少尉の気持ちが揺らいできた。


「リっ…リリス、私…今少し動揺している。

それは…嫌っていう気持ちじゃなくて…その、自分でもよくわからないけど、満更でもない気持ちが湧いてきたことに動揺している…

私…別にそういうのが好きってわけじゃなかったけど…でもっ、一緒に過ごしていくうちに、今まで感じたことのない感情がリリスになら湧いてくる、きっと…これが…恋ってこと…なのかな…?」


少尉はどんどんと気持ちを告げていくうちに顔が鬼灯のように真っ赤に染まっていく。


その発言に一瞬驚いたリリスは直ぐに微笑を向けた。


「わかりません、でも私はエルちゃんといると身体の奥が温かいのがわかるよ」


リリスの微笑みに思わず少尉も。


「わっ私だって…リリスのこと考えると…いつも…」

「エルちゃん…」


二人は顔を寄せ合っておでこ同士をくっつけた。

お互いの吐息が感じられるほど近距離で思いを伝え合う。


「愛しています、エルちゃん」

「私も愛してる、リリス」


二人の少女を撫でるように冷たい風が吹く。


それに釣られて草木も靡き、曇天も祝福するように消え、眩しい日光が二人を劇場の照明のように照らした。


瞬く間に暗く淀んでいた空気が明るく澄んでいくのが分かる。


心の内を伝え合うことで二人の周りには甘い、芽吹き始めた薔薇のような匂いが漂ったような気すらした。


「邪魔するの悪そうだね…」

「そうね、空気を読むのも大事よね」


草花の影から伏せながらじっと見守っていたのだった。

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