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荒廃した帝都の聖職者

爆撃機と戦闘機により、ロディーヤ帝都に大規模な空襲を仕掛けたテニーニャ軍。

その戦火は帝都のみならず、地方の小都市にまで及んだ。

参謀総長のハッケルとルミノスは被害にあった帝都の散策してきた。

参謀総長とルミノスは瓦礫で塞がれた道をほぼつかない足取りで乗り越える。


脆い瓦礫に足を取られながらも着着と歩いていく。


「思ったよりすごいなこれは、想像以上の戦火だ」


参謀総長は独り言のように言う。


ルミノスは黙って同伴しながら破壊された景観を眺めた。


火災によって半壊した大聖堂、家の形を保ったまま横転している住宅、本来の道が見えなくなるほど瓦礫と死体で埋め尽くされている。


「匂いがひどいですね参謀総長殿、木材が焼ける匂い、肉の焦げるようなむせ返るような匂い…参謀本部の損害が窓ガラス程度で済んで良かったですね」

「そうだな」


参謀総長は適当に相槌を打って会話を進める。


「曇天の空を覆うようにあちこちから立ち昇る灰燼、巨人に地ならしされたみたいな帝都ですね…皇帝は何か言ってましたか…?」

「まぁ、報復でもするんじゃないのか?量産規定もないロディーヤが飛ばせる飛行機といえば偵察機くらいしかないが」


瓦礫を踏み分けて進んでいると、一人の中年のような男が瓦礫の山の上で俯いて泣いていた。


「どうしたんだ君、この下に家族でもいるのか」


すると俯いていた男は参謀総長の胸ぐらに掴みかかった。


「お前のせいで…お前のせいで…!俺の家は全壊したっ!俺は…俺は作家だったんだ…執筆中のものもあったんだ…ネタ帳も燃えて消えた…お前のせいで…っ!この税金泥棒やろうっ!」


胸ぐらを掴まれた参謀総長は依然として冷然として威圧する。


「なんだ只の暇人じゃないか。

税金泥棒といったか?政策に対してなら軍人じゃなく、政治家に言ってくれ。

そして暇なら働け、義務を果たしていないやつに権利を主張されるとムカッ腹が立つ」

「黙れっ!俺のこのやり場の無い怒りをお前で発散してやるっ!」


男が掴みかかっている参謀総長目掛け、拳を振りかぶると。


スパンッ


と包丁で豆腐でも切ったときのような音がした。


その音のあとには振りかぶった腕と掴んでいた手首が宙で舞い、男の背後に血の着いたサーベルを交差して構えているルミノスがいた。


「参謀総長に拳を向けるとは何事かっ!敵意を向けるとは何事かっ!向けていいのは尊敬の眼差しだけだっ!この理不尽野郎っ!」


ルミノスは振り返って男の心臓目掛けて二本のサーベルの先端を背後から突き刺した。


そして刺し込まれたサーベルの取手をぐりぐりと押し付ける。


「貴様は退園だっ!!楽園の住人にふさわしくないっ!!ここでおっ死ね痰カス無職野郎っ!」


ルミノスが刺し込んだ刀を引き抜くと、空いた傷穴から噴水のように血が吹き出た。


男は力なく瓦礫に身体を打ち付けてそのままくたばってしまった。


「申し訳ございません…!参謀総長殿…!お怪我は…?」


参謀総長は掴まれた軍服のシワを伸ばして言った。


「嫌な気分になった、移動だ。

こんな非国民のそばにいると胃液が喉元までやってくる」


参謀総長とルミノスがその場から離れ、再び探索していると、家が無くなり路上で座り込んでいる人々が目についた。


「あっ!あなたは参謀総長…!」

「参謀総長…!わざわざこんなことろまで…」


やってきた参謀総長に人々は直ぐに駆け寄ってきた。


「参謀総長、怪我もなさそうです何より…あれ後ろの方は怪我をしているみたいですけど…」


その目が背後にいたルミノスの方へ向けられた。


「これは何でもない、気にするな」


参謀総長は気力を失い、弱りきっている人々の手を握って励ます。


「こんな事態になってしまって申し訳ない、皇帝陛下の判断が遅れてしまったがための被害だ、言うことを聞いて敵襲の警報をもっと早く伝えなかった私の責任だ、どうか、罰するのであれば私を

…」


参謀総長は集まってきた群集に向かって頭を下げた。


しかしそんな総長を責める人間はいなかった。


「大丈夫ですよ、参謀総長ならここからまた立ち上がれる力を与えてくれます」

「参謀総長に責任はありませんよ、様々な軍務を兼ねている忙しい総長にわざわざ命令してきた皇帝陛下の責任です」

「本当に申し訳ない、陛下を責めないでくれ、私の心が痛む」


参謀総長は深く頭を下げて、謝罪する。


そしてまだやるべきことがあると言ってその場を去っていく。


その真摯な態度に弱りきっていた住人たちに希望を与えた。


「しかし立派な人ですね、皇帝陛下の責任を一身に負い受けるなんて」 

「あの人が参謀総長ならロディーヤはまだ登っていける」


そんな会話を立ち去っていく参謀総長は耳に挟み、ほくそ笑む。


「信仰集めも肩が凝るな」

「ええ全くです」


参謀総長は廃材で散らかった通りを歩いて参謀本部へと帰ってきた。


扉を開けて本部に入ると、中にいた軍人が急いで駆け寄ってきた。


「参謀総長っ!今までどこにいたんですか!」

「少し観察しに行った、どうしたそんなに慌てて」

「ついさっき皇帝陛下がここにやってきたんです」

「陛下が?どこにいる」

「あなたの部屋です」

「自分から出向いてくるとは、相当怒り心頭といったところか」


急いで自室へと向かう。 


階段を上がり、参謀総長の部屋へとやってきた。


「ルミノス、君はここに居たまえ、何があっても皇帝の殺害は認めない」

「わかってます」

「クソっ…自室なのに襟を正さねばならないとは…」


参謀総長はコンコンと両開きの戸を叩き、金色に施された取手を回す。


その先に居た。


窓から差し込むほのかな日光で皇帝陛下に薄く逆行がかかる。


参謀総長は胸に手を当てて礼をする。


「お久しぶりです、スィーラバドルト皇帝陛下、なんの御用でしょう」


皇帝は用意されていたコーヒーを啜る。


そして低い声で話し始めた。


「今回の失態は我々と軍部の敗北だ、このままだと両方の信頼が揺らいでしまう」

(揺らぐのはお前だけだぞ戦犯)


参謀総長の喉まででかかった言葉を押し殺して会話を続ける。


「わかっています、この被害を支援するため、全力で資金を割く予定です」

「そうしてくれ、それに私がここに来たのもそれを告ぐ為じゃない」

「…報復ですか?」


皇帝は来賓用の机を強く叩いた。

その衝撃で机上に乗っていたコーヒーが雫を上げて揺れる。


「当たり前だっ!奴らに代償を払わせるっ!このまま泣き寝入りなんでロディーヤの沽券に関わるだろっ!!」


皇帝は激高したように強く言い放つと、参謀総長を座るよう促す。


参謀総長は何も言わず促されるままに来賓用のソファに対面する形で座った。


「具体的には…?」


皇帝は座ったまま親指を立てて後ろの方を指す。


「飛行船だ」

「飛行船…?」


陛下の背後の窓には空高く悠々と漂っている真っ白な巨大な飛行船が目についた。


「あの民間の飛行船を買い取って軍用に転用する、直ちにだ」

「いくつ必要ですか?」

「三隻だ、機関銃と爆弾を積ませてボルタージュを原始時代に戻す。

これは私直々の勅令だ、反対意見は許さない」


参謀総長はしばらく皇帝の窪んだ瞳を見つめる。


「…わかりました、直ぐに運用会社に連絡をしてみます」

「頼んだ、勝利を掴むのはロディーヤだ」


参謀総長は聞こえないふりをして微動だにしない。


皇帝はその無言の参謀総長を見ると、ゆっくりと立ち上がって参謀室をあとにした。


部屋にはしばらくの静寂が訪れたが、それを破ったのは扉を開いて入ってきたルミノスだった。


「参謀総長殿…!あの老害に何か…」

「飛行船を使って敵都を空襲する旨を話していた、しかも勅令だ、下手に逆らうとこの地位を落とされかねない。

あいつは皇帝で教皇で統帥だ、大人しく受理しておかねば計画諸共破綻する」

「大変ですね…お気持ち察します」


ルミノスは胸に手を当てて参謀総長を心配そうに語りかけた。


「しかし…勅令となると故意的に失敗はできませんね、三隻のうちどれかにあいつも参謀総長殿も同乗しますから…」

「そうだな、たがそれは空疎な心配だ。

この私を舐めるなよ」


参謀総長は間に合せで取り付けた窓ガラスから、外に出てきた皇帝を見下して言った。


「ん?あれは…」


軍服まとっていた皇帝のそばに赤いキャソックの上に銀のケープコートと金のストラをまとった聖職者のような女性が居た。


その少女は窓から眺めていた参謀総長に気づくと、にっこり笑いかけて、踵を返していった。 


「随分と高位そうだが、知らないな。

ルミノス、あの聖職者知っているか?」


ルミノスもその人物を見ようと窓辺に寄る。


「知っていますよ、あいつは特務枢機卿のフェバーラン・リッターという人です」

「特務枢機卿?」

「はい、皇帝のスィーラバドルトを教皇とする皇帝教皇主義の宗教団体、特務機関『殉教心福党第一課特科教会』の長です。

スィーラバドルト陛下および猊下の権威を高めるために作られた皇帝自身によって作られた新しい宗教の長ですよ」


ルミノスは雄弁に語る。


「殉心党第一特教か、どこかで聞いたことあるな」

「そのせいで陛下とか猊下とか呼び方が安定しないんですよね…。

いずれ衝突しますよ、あの人、皇帝に敵対している人を殺して回っているらしいですし」

「そうか、まぁ今の所なんの動きもないし、杞憂だな」


参謀総長は執務机の椅子に腰掛けて休息を取る。


皇帝に付き従う謎の聖職者、今後その人物がどう動いてくるかで行動が変わってくる。


そんなことを思いながら参謀総長は机に肘をついてぼやいた。


「さて、手紙でも書くか、飛行船を買い取るために卑しく媚びた筆調の手紙を」

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