空からの贈り物
今まで気絶していた男の目が覚め、軍人だと判明した。更にメリーの持ってきた書類の中に新たなる機体、『ゴールドミルキーウェイ』というクリファリーが設計した爆撃機なるものが存在することがわかった。
シルバーテンペストとゴールドミルキーウェイがテニーニャ各地の小都市に配置されていることを受け、近い時期に空襲があるかもしれないと考えだしたダーリンゲリラの少女たち。
男とノルージア姉妹と別れ付近の街、ランヘルドへと向かった。
ダーリンゲリラが向かったランヘルドではすでに多数の戦闘機と爆撃機が大統領命令により密かに配置されていた。
「にしても急だよなーダイカス大統領、量産に成功したからってもう実戦かよ」
「しかし大きいな、これが爆撃機か…」
「話変わるけどここに逃げてきた同胞たちはどこいったんだ…?」
「さぁ…?敗走の屈辱に負けて職務放棄して街に溶け込んでるって噂だけど」
「軽蔑するな、早く設置して帰ろうぜ」
街の郊外に大きな爆撃機がきれいに整列している。
その前列には戦闘複葉機のシルバーテンペスト。
近いうちに離陸することは明らかだった。
「パイロットたちはまだか?」
「今向かってきているらしい、しかしワクワクすんなぁ、いよいよ帝都を火の海に叩き落とせるなんて」
「全くだ」
整備兵ののんきな雑談を影から耳を立てて聞いていたのは、あのロッキーマスドールズだった。
「すごいな、あれが噂の爆撃機か」
赤いトレンチコートを着たフロント少佐が建物自体の影から覗き込んでつぶやく。
「あっあっあっあれから…爆弾が…こっ…怖い…っ…」
「大丈夫なんねドレミー、あの爆撃機は空高く飛ぶから撃ち落とされることはないんね」
「違っ…そういう心配じゃ…」
ドレミーは弱々しく否定する。
エロイスは少佐に任務の再確認をする。
「少佐…あれに乗り込めばいいんですよね?あのシルバーテンペストに」
「ああそうだ、はじめ乗るだろう?気を抜いていこうな」
少佐は建物の影の中で忠言する。
「シルバーテンペストは二人乗りだ、前席と後席。この人数だと一人余ってしまうな、誰が私と乗る?」
四人は顔を差見合わせて様子を伺う。
流石になんの訓練もなしに、大空に飛び立つのは勇気が必要だった。
「どうするリグニン?」
「ウチはいいかな、怖いし…」
「ドレミーは…」
「むっ…!無理無理っ…ドレミーにはできないっ…」
「エッジはどう?」
「遠慮しておくんね、エロイスが少佐と乗るんよ」
「ええっ…私が…?」
エロイスは自分が搭乗することに決まってしまって狼狽える。
「できるかな…」
心配そうに眉をひそめるエロイスの肩に腕を組んで来たリグニンが言った。
「大丈夫っ!ウチはエロイスのこと信じてるよ、その手で直接ロディーヤに仇を討たせてやれ!」
「うんっ!私頑張るっ!」
エロイスの了承を得たところで、少佐が身を翻して宿へと戻ろうとする。
「出撃は夜が明けた早朝からだ、余った戦闘機に乗り込んで戦果を上げるぞ」
その場を立ち去っていく少佐に続くように四人も一緒に宿に帰っていく。
宿での夜、部屋にはエロイスとリグニン、そして少佐が背中を伸ばしてくつろいでいた。
エッジとドレミーは隣の別の部屋で休んでいる。
「しかしあの爆撃機大きかったなぁ、あれから積んだ爆弾が街に降り注ぐんでしょ?考えただけで身の毛がよだつ」
「そうだな、だが私が乗るのは戦闘機だ、街に機銃掃射を与えて動きを抑制する、それで立て籠もった市民を爆弾で一網打尽、素晴らしいな、これでロディーヤは大打撃、終戦が早くなるかもな」
少佐はそう言いながらソファに横たわった。
そしてそのまま一言も喋らず、しばらくすると寝息を立ててしまった。
「少佐寝ちゃった…」
「エロイスも早く寝たら?朝早いんでしょ?目が覚めたらもう二人は大空か、怖い怖い」
「大丈夫だよ、多分。 少佐がいるから、きっとなんとかなる…」
「そっか」
リグニンもベッドの上をよつん這いで移動するとそのまま掛け布団の中に滑り込むように入っていった。
「じゃあウチも寝ようかな、おやすみエロイス」
エロイスがうんと返事をするとそのまま眠りについてしまった。
部屋の明かりを消して、エロイスも床につく。
暗くなった部屋には儚い月明かりが窓に濾過されて透き通った白い光で少女たちを照らす。
その明かりは少女の寝顔をより一層、麗美にさせ、人形のような造形の顔が仄暗い部屋に浮かび上がった。
静止した空間の中ではスヤスヤと少女たちの寝息と寝返りで布のずれる音だけが取り残されていた。
その冷たい空気の中でリグニンはいまだしっかりと寝付けなかった。
目を閉じていても夢を見れずにいた。
「…ううん…寝れない…」
リグニンが身体を起こして、薄暗い部屋を見渡す。
隣で寝息を立てて、枕に沈んでいるエロイスの横顔が目についた。
エロイスの寝顔は白い明かりに照らされて、陶器のような艶やかさを放ちながら眠っていた。
普段見せる少し臆病で頼りない緩んでいる顔とは異なり、美しく、絵画のようなたおやかさだ。
(エロイスの寝顔、かわいい…)
リグニンは寝ていたベッドから身を離し、エロイスが眠っている掛け布団を少し持ち上げて、自身の身体を差し込む。
中はエロイスの体温で暖かく、ほのかに髪から放たれたシャンプーの花園のような香りが鼻腔をくすぐった。
(明日、いなくなっちゃうんだよね…ウチ、寂しい…帰ってきてくれるよね…)
リグニンは隣で寝ているエロイスの小さな手をギュッと握りしめた。
エロイスの耽美な寝息が顔に触れる。
ドキドキと荒ぶる心臓を抑えつつ、目をつぶった。
固く分厚い軍服から唯一覗かすエロイスの繊細な素肌の顔と手。
リグニンはそんな手を掌で抱きながら眠りに落ちていった。
翌朝、リグニンが目を覚ますと、すぐ側で寝ていたエロイスの姿はなかった。
あったのはまだほのかに温かい、エロイスの形の窪みだけだ。
ソファに目をやると、少佐の姿もない。
「そっか、もう…」
昇りつつある朝日がガラス越しに透過する。
その明かりはリグニンの眠そうな顔に喝を入れた。
早朝、簡素な飛行場でシルバーテンペストのエンジンがかけられる。
前輪のタイヤを留めていた支えを整備兵が取ってその銀翼を羽ばたかせようと空へ誘導する。
あとにはすでにプロペラをぶん回している爆撃機のゴールドミルキーウェイが待機している。
「よしっ!いけっ!出撃っ!!」
一人の整備兵の指した大空へと一機一機飛び立っていく。
凹み一つない銀翼が昇り始めた日光にキラキラと反射してさよならを告げる。
それを少数の整備兵が手や上着を振って見届ける。
そして列をなしていた戦闘機が飛び立った跡、もう一機、少し遠くから滑走してやってきた。
その戦闘機は我が物顔で滑走路を滑ったあと、同じように遅れて空へと旅立っていった。
「粗雑なパイロットだな、飛ぶときくらい合図してくれてもいいのに」
整備兵の一人が見送りながら愚痴った。
そしてその機体はバラバラに飛行する戦闘機の群れの後ろについた。
「どうだ、エロイス、下を見えみろ、どんどん街が小さくなっていくぞ」
粗暴な運転の機体のパイロットはフロント少佐とエロイスだった。
二人は暖かそうな手袋に耳あて、そしてゴーグルという装備で前席と後席に座っていた。
「さっ、寒いです…!少佐…!」
「当たり前だ、ここは冬の頂上だぞ」
少佐は前席で操縦桿を握って平行を保つ。
エロイスは後席で備え付けられた機関銃の取手を握って機体の後ろを眺める。
「あっ!やってきましたっ!ゴールドミルキーウェイっ!」
戦闘機の群れの後ろから、雲を払って現れたのは真っ黒な機体の爆撃機の隊列だった。
適当に飛行する戦闘機と違い、しっかりと規律よく並んでいる大きな爆撃機が遮るもののなくなった日光に照らされる。
その周りを囲うように戦闘機が飛び回る。
天空という自然の領域にディーゼルの灰色の排気が空を覆った。
「すごい…こんな景色見たこと無い…」
雲の上の景色は当然ながら陸とは全く違った。
空は人工物何一つない果てのない青空が続く。
眼科には雲が漂い、地上の景色をより深く感じられた。
「風が冷たいな、エロイス、どうだ勲章がほしいか?」
「もちろんっ、私は自分の国とみんなを守るため…もうあの頃の弱い私はいない…私、強くなるんだ!」
大空を飛んだことで気持ちが高揚したのか、覇気のある声で少佐に伝えた。
鮮やかな早朝の寒空を裂いてロディーヤへと向かう途中、挙動不審な爆撃機がいることにエロイスが気づいた。
「少尉っ!あの端っこの爆撃機、何か挙動がおかしいです!」
その爆撃機はフラフラと左右に揺れた後、段々と隊列を離れていった。
「離れていきますよあの爆撃機、いいんですか?」
「どうしたんだろうか、故障か?」
爆撃機はそのまま雲居に吸い込まれて消えていった。
「なんだったんでしょう…」
「そのまままっすぐいけ、隊長に連絡なんてするんじゃないぞ」
前席のパイロットの後頭部には銃口が突きつけられている。
あのフラフラと飛んでいた爆撃機は後席のルナッカー少尉にジャックされていた。
「どどどどどこまで行けばいいんでしょうか…?」
「ロディーヤの前線に向かう、その上空から爆弾の代わりに積ませた食料を落下させる、早くしろ、前線のロディーヤ兵が飢えているんだ」
「そんなっ!ということは私はテニーニャを裏切って敵に塩を送る事態に…!」
「いいから進め、食料を落とし終わったらまたあの飛行場に戻れ」
「そんなぁ…」
「エンジンが故障してとでも言い訳しろ、いいな」
少尉は参謀総長の第一次渇望の夜作戦の妨害のため、爆撃機をジャックして、前線の上空から食料を投下することに決めたのだ。
少尉の判断でリリスたちを危険にさらさぬようにたどり着いたランヘルドで待機することになっている。
飢えている帝国陸軍兵がいるそれぞれのロディーヤ前線の上空へ黒い爆撃機は向かっていった。
ジャックされた爆撃機は少尉の指示によってロディーヤ前線の上空へとやってきた。
「そのままゆっくりと飛行しながら食料を落とすぞ」
少尉が積まれていた食料を後席の下に空けられた爆弾投下用の穴に投げ込む。
次々と落下していく食料は一つ一つ落下傘を咲かせ、ゆっくりと飢え苦しんでいる兵士近くへ着地した。
その贈り物に兵士たちがたかる。
「こっ…これは…」
頬も痩せこけ腕も骨が浮かび上がっている。
そんな餓鬼みたいな様相の兵士が中身が食料だとわかると狂喜乱舞して口に運ぶ。
中身はテニーニャの街からかっぱらったパンや干し肉、缶スープなどが大量に入っていた。
「次だ、まだ軍務は終わっていない、この飢餓地獄に蜘蛛糸を垂らすのは俺だ」
少尉の爆撃機はロディーヤ前線に沿って飛行していく。
命の糧を運びながら。




