ダーリンゲリラは振り向かない
炎に包まれる列車の中、リリスは無精髭を生やした細身の男性を救出する。
死の危機に瀕しながらも、仲間の少尉たちのおかげでなんとか機器を脱することができた。
機関車両に乗っていたリリスたちは途中、グラーファルたちが見えなくなったところあたりで停車した。
土手の上の線路上に停車し、生還を喜ぶとともに、くすねてきた資料の入った黒いケースを開けて、中を調べる。
「メリねえ、なにそれ」
「あの収容所から持ってきた資料ですわ、何か極秘情報でもあるといいのだけれど…」
休憩するリリスたちに変わって黒いケースの中に乱雑に詰め込まれた資料を一つ一つ確認する。
「これは毒ガスの構成式…収容所の名簿…これは…?」
メリーがきれいな線で描かれた飛行機の機体のような設計図を取り出してみる。
「…?新しい複葉機ですわね…でもなんか形が違う…?」
その設計図を見ようと車両から顔を覗かせたフォナニーの姉、クリファリーが言う。
「…それは私が設計した複葉機です」
「これ?すごい緻密に描かれていますけど…」
その会話を聞いていた少尉も割り込んでくる。
「詳しく聞かせてくれ」
「はい、私はあそこで新しい航空機の設計を任されていました、少し前にですけど。
そこで考案したのが爆撃機なるものです。
シルバーテンペストは戦闘複葉機です、しかし爆弾を落とすことに特化した機体、それが爆撃機です、私はそれを設計しました。
名付けて『ゴールドミルキーウェイ』。
全長十メートル、全福十三メートル、双発の重爆撃機です」
「双発ってなんですの?」
「要するにプロペラを回すエンジンが二つつていることです。
前席と後席に軽機関銃が取り付けられ,後席の下には穴が空いています、そこから爆弾を落とすんです」
少尉はその詳細を聞いて少し驚いて、考え込んだ。
そして疑念をそのまま口にする。
「…少し前に設計したって言ったな、じゃあもう生産されていたりするのか…?」
「どうでしょう…?設計を終わらせるよう言われ、終わらせたあとは梨のつぶてでしたから」
「爆撃機…爆弾を落とすことに特化した機体…これは厄介だぞ、戦闘複葉機のシルバーテンペストと一緒に見つけて調べたい」
すると遊んでいたベルヘンが少尉に言う。
「少尉、いい報告です。
この近くにランヘルドという街があるとあの農民が…」
「ホントか?あのおばあちゃんはそういったんだな」
「はい、確かに」
「よし、じゃあお前たち、車両に乗れ、出発だ」
少尉が全員を車両に乗り込むよう促し、乗り終わったことを確認すると、クリファリーに発車を命じた。
車両はぐんぐんスピードを上げ、赤錆色の線路の上を走り出す。
リリスは壁にもたれて気絶している男性に近づく。
「あの…おはよーございます…」
そっと声をかけると男性はゆっくりと瞼を開いて瞳に光を取り戻す。
「…ここは…そして君は…」
「良かった!目を開けてくれた!」
リリスは思わずその男性に飛びついた。
細く、肉感もなく硬い肋骨を抱えているような感覚に陥ったが、それでもリリスは嬉しかった。
「えっと…俺は車両の中で…火を放たれて…それから…君が…」
「正確にはここにいる全員です、最後運んでくれたのはそこの少尉なんですからっ!」
壁に寄りかかっている少尉が小さく手を振る。
「目が覚めたか、良かったな」
「どうも」
男は小さく会釈すると自分について語り出した。
「俺は…確かランヘルドへ向かっていた…軍から謎の銀色の戦闘複葉機について調べるために…」
「シルバーテンペストっ!私達と目的が一致していますね、軍ってことは軍人ですか?そうには見えませんですけど…」
男は紺色の背広を着ていた。
体格などから軍人とは失礼ながら思えなかった。
「ああ、シルバーテンペストが安置されている街って聞いたからな、あの要塞陥落時に飛びながら移動したんだと…あと気になったんだが…」
男の目線は少女たちの白く透き通るようなもっちりとした肉質の腿が乗った黒ハイソックスへと目が行った。
「その…君たちは軍人なのか…?なにかと詳しそうだけど。
でも仮に少女隊だとしてもその…なんというか…そんな見せそうなほどのスカートは履かせてくれないと思うんだが…その…本当に言いにくいんだけれども…下からだとその…見えそう…」
その発言に少女たちは目を合わせてクスッと笑う。
そしてリリスは男と同じ目線に合わせて座る。
リリスの脚でスカートの中は見えないが、その座り方は男の劣情を僅かに煽ってしまった。
そんな考えとは別にリリスは自分たちの事を少しだけ話す。
「私達は分け合って軍とは別行動を取っているんです、でも、一応部隊の一員ですけど…それ以上は言えません、ごめんなさい」
リリスの言葉を最後に会話は終わってしまったが、クリファリーのいきいきとした声が車内に響いた。
「見てくださいっ!あれがランヘルドですか!」
男は立ち上がって、運転席の窓からその街の景観を眺める。
「ああ、間違いないランヘルドだ。
あそこにシルバーテンペストとゴールドミルキーウェイが…」
「おい、あの街には爆撃機もあるのか?」
「そうだ、あの街だけじゃない。
調べていると色々な小都市で似たような機体が確認されている、しかも準備バッチリと言わんばかりにきれいにされている」
その言葉に車内の空気が少し固まる。
「戦闘機と爆撃機を準備するなんて…そんなの…」
ベルヘンが言葉を詰まらせたが、少尉が代弁してくれる。
「まさか…空襲でもする気か…?」
その言葉を最後に会話は終わり、そのままクリファリーは静かに列車を停止させた。
「あそこはテニーニャの残兵が逃げ込んだ言われています、ここから慎重に行きましょう」
そう言って停止した車両から次々と降りていく。
そこで少尉は男に向けて命令した。
「おいお前、この姉妹を連れてロディーヤに帰れ、軍人ならおおよその道筋はわかるだろ」
「でも、君たちだけに任すだけなんてできない」
少尉は自分より高い男の肩に片手を置いて諭す。
「国戻ったらこの姉妹を家に返して、私達の事は忘れろ、いいな」
少尉が男に姉妹を渡してダーリンゲリラの少女たちは、背を向けて街へと歩き出した。
「ありがとうっ!お姉ちゃんたちっ!絶対絶対忘れないっ!ありがとうっ!!」
フォナニーは目に涙を浮かべながら手を振って見送る。
「馬鹿が、忘れろって言っただろ…」
少尉は幼女の感情の籠もった声に手の甲を向けた。
口元は少し力んだように笑って、振り返らず進み続ける。
四人の背中にはいつまでも手を振っている姉妹がいることを感じ取ったあと、誰も一言も喋らない。
その別れを惜しみながらダーリンゲリラは街へと去っていった。




