疾走する灼熱地獄
航空機設計に関わっているフォナニーの姉クリファリー・ノルージアを見つけたリリスたち。
彼女たちら姉妹に収容所のロディーヤ人の開放を任せて、リリスたちは襲いかかる敵兵の掃射を務めた。
姉妹が開放されたロディーヤ人を貨物列車に導きそれに乗り収容所から脱出を図る。
リリスたちも貨物列車に乗るべく急いで向かう。
「あの列車だっ!」
少尉が指をさすと、そこには開放されたロディーヤ人たちが乗り込んでいる貨物列車があった。
「クリファリーっ!!列車を動かせーーーっ!」
運転席にいたクリファリーが、席の横についていたレバーを後ろに下げる。
すると車輪は金属音を上げながら回転し始める。
走行し始める車両に乗り込んで列車はさらにスピードを上げる。
「ベルちゃんっ!」
リリスが最後に乗るベルヘンへと手をのばす。
加速していく列車に追いつきながらリリスへと手を伸ばし、無事手をガッチリと絡ませてベルヘンを車両へと引き上げる。
「ありがとう…リリス…」
「それほどでも〜っ!」
息切れするベルヘンの側でリリスが照れる。
全員が荷台に乗ったあと貨物列車は最高時速でレールを突っ走っていく。
敷地内のレールを疾走したあと、収容所を囲っていたフェンスを突き破って外へと出た。
乗り込んだロディーヤ人の人々は拍手喝采でその瞬間を迎える。
ついに地獄から抜け出せたのだ。
「やった…!ついにやった!ノルージアちゃんのお姉ちゃん救出っ!そしてロディーヤ人開放っ!あとはシルバーテンペストの事だけっ!」
「まだありますわリリス」
リリスが持っていた黒いケースを開く。
そこには執務室でくすねた毒ガスに関する資料があった。
「少なくとも一年は開発を遅らせることができますわ」
「すごいっ!大収穫だよっ!これで挺身隊のみんなにも…あっ…」
あまりの興奮で自身が挺身隊から抜け、参謀総長に牙を向いているダーリンゲリラということを忘れてしまっていた。
「…挺身隊のみんなは私達のことどう思っているんだろう、参謀総長に逆らっている売国奴みたいに思ってるのかな…」
「リリスさん…」
少尉がリリスの背中をさすって慰める。
優しく慈愛に満ちた手付きで。
「リリス、案ずることはない、おそらく挺身隊、というか軍内では死亡扱いになっていると思う」
「死亡扱い…?」
「参謀総長とルミノスはそんなこと思ってないだろうけどな、ルミノスに至ってはさっき会ったし」
「死亡扱いってことは…!パパとママは?私のこと死んだって思っているの?」
「…リリス、国と両親を天秤にかけたときどっちが大事か考えてみろ、俺たちは少なくとも軍人だ、国を守り国に殉ずる、両親もきっと理解してくれる」
「そんな…」
列車内が一気に冷たい空気に包まれる。
ガタンゴトンと揺れる車両が四人を励ますように。
木箱や弾薬箱を積んだ貨物列車はいよいよ森を脱した。
レールは土手の上に敷かれ、左右には耕地が広がっている。
「…もし、戦争が終わったら家に帰ろう、笑えないサプライズだと思えばいい」
俯いたままのリリスの背中を擦る。
国を守るための軍人としての軍務を果たすため、参謀総長に逆らって活動しているリリスたちの存在を大っぴらにすることはできない。
国と生みの親との間で葛藤することになってしまった。
少女に取っては早すぎる覚悟だった。
だがそんな平穏も長くは続かない。
運転車両からフォナニーが走ってやってきた。
「ルナねえっ!大変っ!後ろからあの人たちがっ!」
「なんだとっ!」
少尉が窓枠から外を覗き込むと、後ろから猛スピードで車両に追いついてくる車が数台見えた。
その車の後部座席に重機関銃が備え付けられている。
兵士はそこに立って列車の方へ銃口を向ける。
「まずいっ!伏せろお前らっ!!」
次と瞬間、迫ってきた武装車両から大口径が車両を襲う。
重く空気を切るような音を発して、木製の車体に撃ち込む。
絶え間なく撃ち込まれる弾丸によって壁や天井が破壊され木片が開放された人々やリリスたちを襲う。
そしてむき出しになった車両に乗っている逃げ出した人々に短機関銃を浴びせる。
遮蔽物を失った人々は為す術もなくただただ、掃射される弾丸に血を流すしかなかった。
高速で走る車両から血が風に吹かれて飛び散る。あたりの芝を赤く染めながら滑走する。
「少尉っ!あれっ!」
ベルヘンの指の先の武装車両には黒いマントをはためかせているグラーファルが車体の縁に足を乗せてこちらを睨んでいる。
「逃げ出したな、直ぐに捕らえてやる。
こいつを捕まえるよりも楽そう何よりだ」
グラーファルの手元に縄で縛られたルミノスがいた。
「さっさと解けクソ野郎っ!」
「ガタガタうるさいぞ、邪魔するんじゃない」
だが少尉たちに取っては別に味方でもなかったルミノスが人質になっていることに動揺もしない。
「別にいいぞ、そいつやっちゃっても」
「おいっ!ルナッカーっ!!あんまり調子乗っているとブチ殺すぞっ!さっさと開放しろっ!!」
「もっと下手にでろっ!それが人に物を頼む態度かっ!!」
その会話を聞いたグラーファルは少し困惑したように。
「なんだお前たち、仲間じゃないのか?あいつらは同じく軍の人間じゃないのか?」
「一応同じだが、この戦争の先の目的が違うっ!!」
「…?よくわからないが、とりあえず掃射する。
五体満足で礼儀正しく捕らえてやるなんて思わないぞ、考えつく全ての苦痛を与えながら凌遅刑だ」
グラーファルが機関銃の取手に両手をかけてリリスたち目掛けて火を吹かす。
リリスたちはとっさに身をかがめるが、大口径の威力に車体が次々削られていく。
「ここにいるとまずい!彼らを巻き込むことになるっ!急いで列車の先頭へ向かうぞっ!銃を持てっ!」
少尉の掛け声とともに、素早く腰を低くしながら移動する。
「前に行ったぞ、全車両、速度を上げろ」
後方についていた武装車両もスピードを上げ、先頭へと向かう。
その間にもグラーファルは無造作に撃ち込み、木片を舞わせる。
絶え間なく排出される空薬莢の音が休むことなく、リリスたちの耳を襲う。
「頭を出すなよ、素早く物影に隠れながら行くぞ」
移動していると木箱だけが積まれ、天井も壁もない剥き出しの車両に出た。
「俺とリリスは右、メリーとベルヘンは左に割れろ」
その司令で二手に分かれる。
機関銃を持ったまま中腰で素早く移動する。
「来たっ!右!」
追いついてきた武装車が迫ってきた。
「おらっ!手榴弾だっ!」
ピンを引き抜いた手榴弾をオープンな車内に投げ込む。
兵士がそれを外に投げ返そうとするが間に合わない、手に持った瞬間爆発し、車両もろとも爆散した。
「急げ急げっ!立ち止まるなよっ!」
積まれた木箱の隙間をなんとか身を隠しながら走破する。
なんとか車両を動かしている機関車両へとたどり着く。
「っ!?リリねえっ!」
「ごめんっ!私達のこと後ろにいてっ!!」
その瞬間鉄でできた機関車両に弾丸がぶつかって火花が散る。
「…っ!まずいですわ…短機関銃が応戦できません…」
「諦めるなっ!俺なさたちの任務はまだ終わってないっ!」
だがそんな励まし虚しくだんだん武装車両は迫ってくる。
しかしそれ以上武装車は機関車両に近づいてこなかった。
「…?何度どうした…」
見ると左右の車両に乗っている兵士が何や火のついた瓶のような物を片手に持っていた。
「…!?まさかっ!」
「火を投げろーーーっ!!!」
グラーファルの呼び声に応じて左右から火炎瓶が車両内に投げ込まれ、たちまち、瓶の中の液体に火が着き、木造の車両が赤く包まれる。
車体は火を纏い、火の粉や焦げた木片を散らしながらレールの上を走る。
炎の列車の放つ熱い光は、日中でさえ眩しいと感じるほどだった。
熱さに耐えきれず、車内にいた人々だ飛び出してくる。
それを逃さんと武装車の重機関銃や兵士の短機関銃で蜂の巣にした。
「…なんて徹底的なんだ…こんな…」
少尉たちの目に地獄の様相が写り込んだ。
燃え盛る車両、掃射され穴ぼこにされ、宙に飛び散る人肉、火を纏いながら助けを求めるように地面を這う焦げた生き人間、肉の焼けるいい匂いや咳き込むような煙…
火を灯された列車は煤煙を散らしながら駆け抜けていく。
貨物列車はすでに高速で走る灼熱地獄以外の何物でもなくなっていた。
「走行する列車から飛び降りるか、それとも中でじっくり骨の髄まで焼かれるか、私達の機関銃の錆になるか、好きな方を選べ、全世界の責め苦をここに集結させてやったのだ、飽きるまで踊り明かせ」
玩具を手に入れた子供のような抑揚で話した。
真っ赤に燃え盛る炎を照明に、グラーファルの真っ黒な軍服が映える。
普段無表情で抑揚のない喋り口調のグラーファルが初めて感情を表したように見えた。
「このままじゃまずいっ!列車を止めるか?」
「止めたところで結果は同じよ、機関銃の餌食になるだけ」
「クソ…何が正解なんだ…」
メリーの冷静な抑制に少尉は髪の毛を掻き立てる。
無常にも火の手は拡大して、木箱や車両を焼きながら少尉たちのいる先頭の機関車両まで迫ってくる。
そこで落ち着いた音程で口を開いて発声したのは、リリスだった。
「どの判断を下しても正解ですよ、少尉。
下した判断の根底にあるのは人命救助と報国。
そして私の思う正解は、これですっ!」
リリスが先頭の機関車両から飛び出して、燃え盛る火の海の車両へと飛び移った。
「っ!?リリスっ!何してるっ!戻ってこい!」
少尉の呼びかけにも応じず、炎に身体を向けたまま言った。
二分後、私が戻ってこなかったら、火の手が回る前にそこの連結部を外してください」
リリスはそのまま加熱され炭と化している車両へと向かい、真っ赤な空気の中で陽炎を纏いながら消えていってしまった。
「…っ!リリス!!必ず戻ってこいっ!もどってこなかったら殴ってやるっ!!」
少尉が迫ってくる火の海へ叫ぶ。
その叫び声はパチパチと木材の中の空気が弾ける音に混じって確かにリリスの耳元へ届いた。
リリスは今にも崩れそうな脆くなっている車両の内部を進んでいく。
肌が直接焼けるような、ヒリヒリと細胞が熱せられるのがわかる、軍服を着ていても繊維を通り込んでくる。
リリスは飛び散る火の粉や煤煙が目に入らぬよう目を細め、腕を額に当てながら人がいないか呼びかけてみる。
「誰かいませんかーーっ!誰かっ!!いたら返事をしてくださぁーーいっ!!」
口を開けて叫ぶ度、喉奥が焦がれていくのがわかる。
粘膜がふつふつと沸き立ち、直接体内を熱波で攻撃されるのはリリスの華奢な身体には負担が大きすぎる。
必死に探索していると、ついに見つけた。
火に囲まれる中一人、うめき声を上げながら抜け落ちそうな床に寝そべっている男性。
無精髭を生やした少し細身の男性だった。
リリスは直ぐに駆け寄って意識の有無を確認する。
「大丈夫ですか?私がわかりますか?」
「…うぅ…苦しい…早く…ここから…出してくれ…」
男性は腕を震わせながらリリスへと手をのばす。
リリスはその手をしっかりと握るとこう言った。
「安心してください、今ここから出しますから」
リリスはなんとか横たわっている男性を背中に背負うと重い足取りでフラフラと歩き出した。
木材の床はすでに強度が落ちてミシミシと軋んでいる。
背後の炎の逆光の中、男性を背負った少女の勇姿が現れた。
ずっしりとした足取りで立つと、男性をあやすように囁いた。
「次、目を開けたときはきれいな空の下でです」




