地底の果て
最初の戦場へと向かうために輸送列車に揺られていたリリス一同。
親睦を深められたベルヘンを交え四人は和気あいあいとしていた。
ついた先は日常とはかけ離れた戦場。そして帝国陸軍を退却させた塹壕が大地に張り巡らされていた。
鉄条網に機関銃、この土の要塞をどう突破するのか。そしてリリスの覚悟とは。
列車はリリスたちを乗せて母国を駆け抜けてゆく。
リリスはベルヘンをウェザロとメリーのところへと連れて行った。
「ウェザロちゃん!メリー!ベルちゃん連れてきた!」
「ベルちゃん…?」
「誰ですの?」
リリスの後ろに隠れていたベルヘンが顔を出す。
「あっ!無愛想!」
「ち、違うっ誤解っ!」
「そうだよウェザロちゃん、さっき話したけどすっごくいい人だったよ」
「久しぶりですわね〜。ベルヘンさん、であってます?」
「え、えぇ…あってるわ。メリー」
「あら、私の名前を覚えててくださったのね!嬉しい!」
「た、たまたまよ…」
「ていうかリリス、いつの間に仲良くなったの?」
「えっ?まぁ色々あって、ねっ」
「えぇそうね色々と」
「はぇ〜…まぁ仲良いに越したことはないけど」
「そうですわ、仲良くしましょう」
「ありがとう、ウェザロ、メリー」
リリスたちの列車の上空に徐々に灰色の雲がかかってきた。
「あら、曇ってきてしまいましたわ」
「ほんと、先行きが不安になるなぁ…なぁリリス」
「うん…」
雲は日光を完全に遮り、あたりにジメジメとした空気が流れている。
その空気を分け入って走っていた列車がいよいよ減速し始めた。
列車が停止したあたりには無数の輸送車や野砲などが並んでいた。
他にも帝国陸軍の青年たちが駐屯していた。
やってきた砲弾や家畜に歓喜している。
「お前ら!ここがテニーニャの田園地帯だ!完全に安全とは言えない。勝手な行動は謹んでいけ!おらっ早く降りろ!」
少尉は隊員を降りるよう促し始めた。それに続いてリリスたちも列車から飛び降りる。
そこはロディーヤの田舎の風景とほぼ変わらないようなのどかな田園だった。
しかし景色とは裏腹に破壊された家や投げ出された家具、荒廃した風景が視界の隅に映り込む。やはりここは戦場なのだと再確認できる。
途中で連れてきた家畜や馬が苦しそうに鳴いていた。
「砲弾を下ろすのはあとだ、全員俺についてこい」
そう告げると少尉は列車を離れ、挺身隊を率いてしばらく未舗装の道を歩いていくと、少しだけ高い緩やかな丘に身を屈めながら登った。
「ウェザロ、身を屈めながら登ってこい」
「は、はいっ!」
ウェザロがおぼつかない足取りで丘を登る。少尉の隣につくと、少尉は遠方を指さした。
「見えるか?ウェザロ。あの地面に掘られた溝が」
「えっあれ?」
「そうだ、あの左右に伸びた排水溝みたいなやつだ。よしウェザロ、他の隊員にも伝わるように説明してみろ」
「はいっ!まず手前に板や土嚢で補強された溝があります。
重機関銃もちらほら設置されているようです。
補強された溝の後ろにも溝があり、それぞれの溝は繋がっているように見受けられます。
何より特筆すべき点は一番前の塹壕の手前にいくつもの鉄条網が張り巡らされています。
その手前には川が流れ、塹壕は左右の山々まで伸びており、あれを突破しない限りテニーニャ侵攻は難しいものかと思われます」
ウェザロは丁寧な口調で状況を説明してみせた。
「素晴らしい、ウェザロ。合格だ」
少尉からのお墨付きもあり少し誇らしげだ。
「聞いていたとおり敵は強固な要塞を掘ってみせた。テニーニャは新戦術を編み出したのだ。
だがロディーヤも遅れを取られっぱなしとはいかない。あの前線を突破し、その先の主要都市、ハッペルを陥落させる」
「ハッペル?」
リリスが突っかかる。
「なんだ知らないのか。新聞などちゃんと読んでおけ、そこにはにはテニーニャの軍需工場と駐屯基地があるんだ。侵攻を円滑に進めるためには絶対に押さえておきたい町だ」
少尉とウェザロが丘を滑って降りてくる。
「さて、そこで肝心な突破法だが…」
「なにかあるんですか!?」
全員が詰め寄る。
「いや、ない」
少尉の言葉を聞き全員が肩を落とす。
「帝国陸軍が突撃で一度攻め入ったが機関銃の餌食になった。
鉄条網も仕事をして塹壕にたどり着くことさえできなかったらしい。
そもそも溝対平地では攻め入る方が不利だ」
「じゃあどうすれば…」
リリスを含めた全員が頭を抱える。するとベルヘンが突然
「そうよ!砲弾よ!」
と声を高らかにして発した。
「そうだ!運んできた砲弾がある!」
「なるほど、そのための砲弾ですのね」
リリスとメリーも感心する。
「正解だお前たち。だが野砲の威力は人を殺めるとまではいかない。野砲の役割は砲撃で鉄線を破壊し、さらに榴散弾での兵に傷を負わせる。そしたら出来たクレータに身を潜め、そして砲撃に怯んでいるすきに突撃だ」
「よし、いきましょう少尉!」
ウェザロも躍起になっている。
「あぁ、野砲は夜のうちに設置してもらった。
本来は砲撃は少女隊に任せて男に突撃してもらいたいんだが、あいつらには前科があるからな、もう失敗はできない」
少尉は帝国陸軍のテニーニャ侵攻の失敗を根に持っているようであった。
「ここで塹壕を突破してロディーヤ女子挺身隊の真髄を男たちに見せてやろう」
「はいっ!」
挺身隊員のはつらつとした声が空に響いた。
「よし、最後の確認だ」
少尉が地図を広げ指を指す。
「お前たちはこの麦畑の中に身を潜めていろ。
そっと近づき川の手前で待機だ。
そうしたら帝国陸軍が砲撃を加え鉄条網を破壊、さらに新兵器の榴散弾で敵兵を殺傷、砲撃が止んだら勢いよく飛び出し川を渡り、クレータに身を潜めながら機関銃を避ける。
そして塹壕に向かって突撃する、いいな」
「了解しました」
「麦畑までの道のりが平穏に過ごせる最後の時間だ。ゆっくりしていけ」
砲弾を輸送する車両に同伴するようにして挺身隊も麦畑ヘ向かう。
いよいよ戦いが始まる。
挺身隊の少女たちの心境ははそれぞれだ。
談笑するもの、祈りの言葉を復唱するもの、敵国への憎悪を剥き出しにしているもの。
麦畑ヘ向かう途中、リリスがベルヘンに話しかけた。
「いよいよだね…ベルちゃん…」
「ええそうね、…もしかしてリリスは怖いの?」
「当たり前だよ、そういうベルちゃんは怖くないの?」
「怖いに決まってるじゃない。私、とっくに死ぬ準備は出来てるって思っていたけれど、いざ戦地につくと、やっぱり生きたいって思うの」
灰色の雲が空を覆う。
暗かった曇天が一層暗くなってきた。
ほのかに香る血と火薬の匂い、のどかな田園風景の視覚と戦場での聴覚、嗅覚とのギャップがより非日常感を醸し出す。
訓練でくすんだ歩兵銃と銃剣がギラギラと列をなして麦畑ヘ向かう。
歩いていたリリスにルナッカー少尉が心配そうに話しかけてきた。
「おい、リリス。お前大丈夫か?」
「えっ?なんのことですか?」
「人、殺したくないんだろ、覚悟はできているのか?」
「…っ!」
意表を突かれ、リリスの顔がこわばる。
「…どうしてそれを…」
「今日の朝、訓練棟を出るとき同室のウェザロとメリーと話していたじゃないか。人を殺したくないと」
「聞いていたんですね…」
「なに、別に責めたりはしない。
数ヶ月前まで一般市民だったんだ、そういうこともある。
それを踏まえて聞いているんだ。
覚悟はできているのか、と」
リリスの足取りが止まる。それに倣いリリス後ろの隊員も立ち止まる。
「少尉、私は…」
「私の軍人理念は敵を殺さず味方を救うことです。
衛生兵になりたいという意味ではありません、敵だろうと同じ人間です。
人の強みは人情、行動で示せば行動で返してくれる、私はそれを信じて殺すための弾は撃ちません」
その言葉を聞き、他の隊員たちも目を見合わせる。少尉は身をリリスに向け
「…なるほど、お前はつくづく異端なやつだな…まぁ好きにしろ。
そのお人好しが災いして死んでも知らんぞ」
「だから訓練したんです。
私はあの訓練場で人を殺す訓練をしていたのではありません。
自分とその仲間を救うために訓練していたんです」
「…忙しいやつだな、お前」
少尉は身を翻し、足速に進んだ。
リリスたちもそれに続いて麦畑に急いだ。
帝国陸軍の砲兵と砲撃の約束をして、挺身隊は無事麦畑につくことができた。
少尉が隊員に向けて激励する。
「この数ヶ月、お前たちはよく頑張った。
完璧とまではいかないものの、半人前程度の実力が備わっていると言っていい。
これがお前たちにとって初めての戦いだ。死者も出るかもしれない、だが俺たちにできることはその死を無碍にしないことだ。
もし親友が死んだとしても、泣かずに前に進んでゆけ!以上!」
少尉がそう述べると挺身隊の全員が覚悟を決めたような表情になった。
「大丈夫…訓練でやったことを思い出せれば…」
ウェザロは今までメモしたことを復唱している。
「生きてまた帰れますように」
メリーはそう指を組んで祈っていた。
「死にたくない死にたくない死にたくないっ…」
ベルヘンは手の震えを歩兵銃を握ることで抑えている
「誰も死なせない…敵も味方も…」
リリスは隊を見渡し目を据えた。
そしていよいよ作戦が実行されようとしていた。
挺身隊が麦畑の中に身を潜めると少尉が指示を出す。
「挺身隊全員配置に就いたな。よし、ゆっくり前進しろ」
少尉の合図のもと麦をブーツで踏み分けて進んでいく。
サラサラと風でなびいたときの音と同じ音が田園に響き渡る。
緊張のせいか皆一言も話さない。
少尉の指示を聞き逃すまいと真剣になっている。
…そして全員が麦畑の端、つまり川の岸までたどり着いた。
(砲撃が終われば、私は弾丸の雨を駆け抜けなければいけない…絶対、最後まで走り抜けるっ!)
覚悟を決めたリリスは歩兵銃をギュッと握りしめた。
ハッペル
テニーニャ国防軍が掘った塹壕の先にある歴史の長い町。軍需工場があるため、侵攻する上で抑えて置かなければならない。