雌伏の時
森の中のロディーヤ人絶滅収容所の一室に捉えられてしまったダーリンゲリラのリリスたち。 そこで地獄を見るが、一人の死体運びの青年に協力を仰ぎ、脱出できた暁には収容されているロディーヤ人の開放を約束する。
軟禁されている部屋から出るために、青年に協力を仰いだリリスたち。
リリスたちは部屋の換気口の蓋を固定しているネジを外して、そこから外へ出ようと考えていた。
ならばまず必要なのはそのネジを外せるドライバーが必要だ。
約束をしたあと青年は速やかに死体を猫車で運んでいった。
「あの死体はどうなるんだろう」
「あんまり考えないほうがいいぞベルヘン」
「きっと燃やされるか解剖されているんですわ、この施設の役割は研究と隠蔽だと思いますし」
ノルージアはベルヘンにひっついたまま一言も喋らない。
ベルヘンは悪夢を見た幼女を優しく聖母のように包み込む。
「大丈夫大丈夫、お姉ちゃんたちがいるから安心して」
リリスも隣に座り、二人がかりでノルージアをなだめる。
「そうだよ、ベルねえは強いんだからっ!あんなヤツコテンパンだよ!」
二人になだめられ少し元気が出たノルージアは。
「…うん…私頑張る…お姉ちゃんに会いたいし、リリねえもベルねえもメリねえもルナねえも…みんなでここを出たい…怖いけどっ…頑張らなきゃ…お姉ちゃんを安心させたいっ…!」
メリーももさらに勇気づけるように呼びかける。
「そうですわ!お姉ちゃんにあって二人で家に帰るんですわ!頑張りましょう!」
「っ…!うんっ!」
失敗したらどんな目に合うかわからない、だけどもそれを凌ぐほどの希望がある。
この施設から抜け出して、捕らえられているロディーヤ人をこの絶滅収容所から開放する。
そう画策することになった。
「ダーリンゲリラに任務が増えたな、ここから脱出、ロディーヤ人を開放してノルージアの姉を見つけてシルバーテンペストの情報を得る。
長くなるぞ、これは」
意を固めしばらくすると彼女たちに眠気が襲ってきた。
「ベルねえ…眠いよ…私…疲れた…」
「私も、もしかして夜なのかな、時計もないんじゃ時刻もわからないわ」
「そろそろ寝るか、毛布もなしか、衣食住が貧しいな」
少尉がそう促すと彼女たちは仮眠を取り始める。
疲れからかこんな異常な環境でもすぐに眠りにつくことができた。
リリスも寝心地の悪そうに横になるとそのまま腕を枕にして床に就いた。
おそらく朝になった。
時計もなにもないので時間の感覚がわからない。
体内時計が仕事をしたのか、自然と目が覚めた。
「…うぅ〜眠い…」
リリスは一人起きると寝ているみんなを見渡して、起こそうとする。
「少尉…起きてください、少尉っ!」
リリスが寝苦しそうに寝ている少尉を揺すって起こす。
少尉は軽く唸るだけでなかなか起きようとしない。
「少尉ってねぼすけなんですね」
少し寝心地悪そうな寝顔を見ながら外ハネの艷やかな髪を撫でる。
無心で撫でていると少尉は目をゆっくりと開けた。
「…んにゃ…あっ…リリス…」
「おはようございます、少尉」
「…んあぅ…なんだリリスか…」
「少尉、ここ、口元によだれが」
リリスが自分の口に指を当てる。
「…あっ、ホントだ」
「さすがの少尉も寝ているときは無防備なんですね」
「あっ、当たり前だっ!悪いかっ!!」
「ふふふっ、別に」
寝ていたメリーたちも続々と起き上がり、寝ぼけ眼を擦って目を覚ます。
起きると同時に鉄扉がカンカンと軽く叩かれる。
格子の向こうにはあの死体運びの青年の顔があった。
「君たちの体内時計は優秀だな、今午前四時だ」
「お前は…!」
「しーっ!静かにしろ、僕の任務は同胞のロディーヤ人からメガネとか金歯とかの貴金属などを回収してこのガス室ででた死体を運ぶ仕事をしている、昨日からなにか使えそうなものを探して見つけたんだ、そこの換気口のネジを外せそうなものだ」
そう言うと青年はポケットから全長五センチ、鉛筆の芯程度の細さの鉄の棒を格子から少尉へ差し出した。
「これぐらいしかなかった、なんとか先端を潰してマイナスドライバーにしてネジを回せるようにするんだ」
「この鉄の棒の先端を潰せっていうのですの!?一体何日かかるんですの?」
「君たちが出たいって言ったんだ、ここに来るまでも審査がある、なんとかギリギリ持ち込めたがそれで頑張ってくれ、もう戻らなきゃ、じゃあ」
「ちょっ…」
青年はそのまま立ち去ってしまった。
五人は少尉の手のひらに転がっている鉄の棒を眺める。
「これの先端を潰す…?どうやって…?」
「ベルヘン、なにか石とかないか?」
「石?そんなもん…」
するとノルージアは部屋の隅っこに行って、一つ小さなコンクリート片を手に握って持ってきた。
「はいっ!ベルねえルナねえっ!これどう?」
「でかしたっ!」
少尉は早速そのコンクリート片を棒の先端めがけて振り下ろす。
だが先端は全く形を変えることなくみなしくブルブル細かく振動しているだけだった。
「流石に無理だな…これは時間がかかるぞ、リリス、やってみるか」
「えっ?私?」
少尉から破片と棒を受けとっては、棒を地面に押し付けてそれに破片を先端にぶつける。
だが何回やっても形状は変わらない。
「だめだっ、腕が疲れた…」
「お疲れですわリリスさん、貸してご覧なさい」
「お願いメリーちゃん…」
「任せてくださいな」
メリーもガンガンと二人以上に高速で叩きつけたが結果は同じだった。
「…だめですわ、ベルヘンさんお願いします…」
「いや、いいわ、なんかもうできないってわかる」
努力をあざ笑うように変わらない先端に段々と徒労感が募っていく。
「…賢くいこう、金属は熱すれば変形する」
「熱するものは?」
「じゃあ何かにプレスしよう、万力とか」
「一体どこに?」
「グググ…」
少尉はとうとう心が折れて横になってしまった。
「こればかりはどうしようもないね、百回破片で叩いたら交代して回そうよ」
「そうねリリス、そのほうが変に思案するより確実ね」
「私も参加していいっ!?何か力になりたいの!」
「もちろんですわ、ノルージアさんもしっかりと働きますのよ」
リリスの提案で少尉から鉄棒百回叩きが始まった。
コンクリートの牢獄でキンキンと破片と鉄がぶつかる音が絶え間なく聞こえる。
その間、リリスたちは雑談に興じていた。
「ねぇねぇ、事務連絡が唯一の会話っていう距離感の友達ってなんか気まずいっていうかちょっと困らない?」
「わかりますわ、一体なんの会話が好みなのか、どんな話題が好きなのか把握していないので、最初の私的な会話には困りますわ」
「私もよくわかる、多分仲良くなれば楽しいんだろうけどそれまでがね…」
「そぉお?私はどんな子とも仲良くできるわ!男の子も女の子も一緒に話せば面白いよっ!」
「羨ましいなぁ~私なんて話しかけてきてくれないと喋れないもん」
「でも訓練場のときは私に話しかけてきてくれましたわよね」
「私もなんかリリスに話しかけられた気が…」
「そう?」
「ちょっと!私が参加できない記憶の内輪ネタはやめてっ!私悲しいっ!」
会話は会話のあれこれで盛り上がっていた。
そんな四人に少尉が水を差す。
「百回終わったぞ、そんな悲しい会話してないで変わってくれリリス」
「了解っ!」
リリスが立ち上がり鉄棒百回叩きに挑戦する。
空いたスペースに少尉が座り込む。
そんな行為がずっと続いた。
何時間やったのかわからない、とにかく永遠とずっと叩きまくった。
全力で、全力で。
一体どれくらい叩いたのかわからない。
夢中で叩いていると、鉄扉のそばへと男がやってきた。
叩いていたベルヘンはすぐに鉄棒百回叩きの一式を尻の下に隠す。
男が格子から鋭い視線を向けると、格子の隙間からパンをねじ込んで来た。
五人分のパンがぼとぼとと落下した。
それを済ました男はスタスタと立ち去ってしまった。
「朝食?昼食?夜食?」
「そもそも食べられるのか?リリス、毒味だ」
「ええっ!?私っ!」
「冗談だ、じゃあいただきます」
「ちょっ!ルナねえっ!地面に落ちたのを食べるなんてっ!」
少尉は床に落ち、砂ホコリの汚れたを適当に払うと。
「今は力をつけるんだ、ただそれだけ。
見ていろよグラーシュ、いつかその仏頂面に拳を食らわせてやる」
少尉は悔しそうに笑みを浮かべながらパンを食いちぎった。
リリスたちもパンを拾って食べ始める。
ここでノルージアは自分とリリスたちの違いを思い知らされた。
(そうだ…リリねえたちも元は挺身隊の兵士、戦場を駆け回って銃を撃ち合った少女兵、お姉ちゃんたちは、強くなる方法を知っている。
それは我慢だ、我慢が人を強くしたんだ、わがままで連れてきてもらった私とは踏んだ場数が違う…私は…自分のお姉ちゃんのためだけに…)
メリーがホコリを払ったパンを差し出す。
「はい、ノルージアさんの分ですわ」
「…っ!ありがとう…メリねえ…」
ノルージアは一瞬躊躇ったあとそのパンに食いついた。
「我慢してやる…もっともっと求めながら飢えてやる…八歳だからって舐めないでよね…っ!!私は我慢して強くなるんだからっ!!」
ノルージアは目に涙を浮かべながらガツガツと貪る。
その決意に満ちた表情にリリスたちは子供の成長を見守るよう微笑むのだった。




