秘匿された地獄を見たか
テニーニャ国防軍を脱退し、新しい部隊『ロッキーマスドールズ』を結成した少佐とエロイスたち。
リリスたちの部隊のダーリンゲリラも帝都で拾った幼女のノルージアの姉がテニーニャの複葉機シルバーテンペストに深く関わっていること知り、本機が置いてあるランヘルドへと向かった。
だがその道中リリスたちは道に迷い込んでしまい、途方にくれていた。
あたりを見渡せば木々、人工物一つない、爽やかすぎて腹が立つほど美しいほどの森に迷い込んでしまっていた。
「ここどこ…?ちょっとルナねえっ!もしかして迷ってるんじゃないの〜?」
「そそそそそんなことはない何を慌てているんだこういうときにいちばん大切なのは落ち着きなんだよ落ち着きまず落ち着いてそれから対策をかんかんかん」
「まず落ち着くのは少尉ですわ」
少尉は車をゆっくりと走らせながら車道らしき未舗装の道を進む。
しばらく進んでいると少し大きな川が現れた。
その川には鉄橋がかかっており、橋の真ん中に人が立っている。
「ベルちゃん、あれ誰だろう」
「わからないわ、でもテニーニャの軍服でもないし…なんだろうあの黒ずくめの服…」
少尉はそのまま橋へ乗り上げ、黒い軍服を着ている人のところまで行く。
軍服の男は運転席に乗っていた少尉に近づいてくる。
「あー…はろー?はーわーゆぅー、あいむふぁいん…えーと…冗談はこれくらいにしよう」
橋に立っている軍人が手に持っている機関銃の銃口を向ける。
「お前どこの人間だ?全員降りろ」
軍人の命令に従って少尉と荷台のリリスたちも降りる。
それを舐め回すように観察する。
「女四人とガキ一人,身分を証明するものは?」
「えーと、一ついいか?これは検問のつもりか?それで俺たちは今は尋問されているのか?」
「そんなことはどうでもいい、身分を証明するものは?」
「お腹が空いちゃって食べちゃった」
軍人が一斉に銃口を向ける。
「悪かった冗談だって」
一人がリリスたちの服装を見て。
「何だこのふざけた服は、上衣に短いプリーツスカートに黒いニーソックス、まるで色を売る娼婦のような格好じゃないか、捕虜になって慰安婦にされるまでが目に見える」
「お前たちこそなんだ、真っ黒なオーバーコートに黒マントに黒い制帽、そして金の薔薇の記章、一体何お前たち何歳なんだ?」
「…とりあえず連れて行け」
少尉たちの腕を引っ張ってどこかへ連れて行こうとする。
「離せっ俺たちはただランヘルドに行きたいだけだっ!」
「馬鹿言うな、ランヘルドに行くならこんなところ通るはずがないだろ、なにか諜報しに来たか?服装を変えてもロディーヤ人の脳みそは花畑だな」
「っ!?お前たち…テニーニャ陸軍兵かっ!」
「厳密には違うな…まぁ知る必要なんてないが」
リリスたちは抵抗も許されず背中に銃口を突きつけられ連れられる。
橋を不本意な形で渡ったあと、しばらく開けた獣道らしき道を歩くと一段と開けたところへとでた。
「これは…」
そこは何らかの施設らしかった。
高いフェンスで囲まれ、いくつもの棟らしき建物が並んでいる。
広範囲を伐採し、平地にして作り上げたレンガでできた建物が並んでいる。
「一体何だ!なんの施設だ!」
「暴れるな、時期にわかる」
正面のフェンスの扉が開かれ、そこへ入れさせられた。
レンガ造りの棟の他に広い敷地や煙が立ち上る焼却施設らしきものもあった。
「こいつらはこの地へ堂々と侵入してこようとした間抜けです」
男が他の兵士に報告をする。
「違うっ!知らなかったんだ!ただ道に迷っていただけで…」
「そ、そうですわ私達はランヘルドに行きたかっただけで…」
「などと言っておりますが、どうしますか」
「よし、監督へお届けに参ります、ついてこい間抜け」
相変わらず背中に銃口を突きつけられたまま歩かされる。
「変に抵抗しないでねリリス」
「わっ、わかってるよベルちゃん、ここ一体何なんだろう、テニーニャ兵かと思ったけどこんな軍服じゃないし…」
リリスはその黒い軍服に疑問を持っていた。
(国内でこんなにも軍服が違うなんてことあるのかな…それとも…軍なんていう規律正しいものとは切り離して存在している、全く別の役割を持つ部隊…?)
だがいくら考えても納得のいく答えは出ない。
仕方なく、なすがままに歩く。
「ん?」
自分の脚がふと重くなった。
見るとノルージアが涙目でリリスのスラッとした脚にしがみついている。
リリスはその幼女に優しく声をかける。
「大丈夫だよ、ノルージアちゃん、私が守ってあげるから」
しかしノルージアには聞き入れている余裕はなかった。
歯をガタガタ言わせたままリリスの歩調に合わせるようにひっついたまま歩く。
一行は敷地内の道を歩いているとき、嫌なものを見た。
区分けされたフェンスの向こう側でボロ着を着た人々が生気なく押し込められていた。
抵抗するも懇願するもなく、ただ静かにその場にいた。
「ねぇ…少尉、あの人たちは…」
「…捕虜か…?だが老人も子供もいる…一般市民だな」
リリスは不安に震わせた声色で少尉に尋ねる。
その異様な光景に思わずおののいてしまってそれ以上の声は出なかった。
「ここはロディーヤ人を収容しているところですわ、あそこに書いてありますもの」
メリーがあるきながらに指した指の先にはフェンスに掛かっていた木の看板に書かれていた。
『ロディーヤ産養豚場』
その言葉を見つけ、絶句した。
どうやら知らず知らずのうちにとんでもないところに足を踏み入れてしまったようだ。
少尉たちを歩かせて入れたのは灰色のコンクリートで作られた建物だった、と言っても二階以上の高さはなく、いかにも簡素に作ったような即席の建物らしい。
中に入ると質素な装飾に家具などが並んでいる。
男に連れられて入った先は仄暗い部屋だった。
唯一の光は壁の鉄格子の窓から入ってくる日光のみだった。
そこにその人物は机の上に脚を乗せて椅子に座っている。
男と同じように全身真っ黒な軍服に金の薔薇の記章のバッジ、薄く照らされた顔も冷徹な殺人鬼のような目つきだった。
屈強な男たちと違って細身で小顔の女性らしい雰囲気をまとっていた。
「このモノは敷地の付近に居た怪しいものです、奇天烈な軍服を着ておりますが、おそらくロディーヤの諜報員かと!」
「…そうか、女だけか、ならここは今から秘密の花園だ、男子禁制、早々に出ていけ」
「はいっ!」
部屋にいた男たちは敬礼をすると足早に退出した。
最後の男が重々しい鉄の扉を軋ませながら閉める。
しばらく沈黙が訪れたあと最初に口を開いたのは少尉だった。
「…重鎮…?なのかは知らないが諜報員なんかじゃないっ!こんなところ知らなかったし、たまたま、本当にたまたま迷い込んでしまっただけだ!それにここはどこだっ!ロディーヤ人に何をしているっ!」
その人物は机に脚を乗せた姿勢のまま動かない。
そしてゆっくりと口を開き出した。
「質問が長いな、冬休み明けの校長の話かってぐらい長かった、とても不快だ、そんな長文誰も聞いてくれないぞ。
だが最後の質問だけは聞き取れた、ロディーヤ人で何してるって言ったか?ああいいさ教えてやる、ここは絶滅収容所だ、ロディーヤ人という祖国に厄災をもたらしてきた害悪遺伝子を根絶するための施設だ。
そして私が、それらの施設の総監督のアボリガ・グラーファル。
私は質問に答えた、次はお前だ、私はお前に質問する。
私は正直に答えたんだ、素直に答えろよクソカス蛆虫、質問は一つ、何しに来た、そしてお前は何人だ?」
鉄格子の窓から入ってくる日の光で見えた。
張り付いたような無表情のまま変わらない、人面獣心の顔が。
深淵の奥底を覗き込んだような目で少尉たちを見ていた。
「わっ、わかった質問には素直に答える、俺たちはダーリンゲリラっていう勝手に作った部隊の少尉だ、そしてランヘルドへと向かっている最中に道に迷ってしまったんだ、それでたまたま鉄橋を見つけて人がいるから訪ねてみようかと思った途端これだ、ちゃんと答えたぞ」
グラーファルは勢いよく机に手を叩きつけた。
無言のままのその突然の行為にリリスたちもすっかり怖気づいてしまっている。
「質問を聞いていたかゲロカスクソ野郎、お前何人かと聞いているんだ、人種だ人種」
少尉はグラーファルの威圧的な声をもろともせず落ち着いて答える。
「テニーニャ人だ、テニーニャ人。
同胞にこんなことするだなんてひどいな全く…」
少尉はあしらうように質問に答える。
それを聞いたグラーファルは無表情のまま机から脚を下ろす。
「…そうか、狼藉失礼した、今扉を開けて保釈してやる」
「おお、そうこなくっちゃ!」
グラーファルが椅子から立ち上がり扉へと向おうとリリスの横を通った瞬間。
グシャァッッ!!!
「ぐはぁッ!!」
リリスのお腹に勢いよくグラーファルの拳が飛んできた。
拳は内臓の胃にぐりぐりとめり込み、胃の中にあった液体を押し上げる。
唾液と吐瀉物を吐き出してその中に倒れ込んでしまった。
「っ!?お前っ!リリスに何をっ!!」
グラーファルは吐瀉物に溺れているリリスの後頭部を踏みつける。
リリスは地面に手をついて頭をあげようとするが為す術なく押し伏せられてしまった。
「騙されるのでも思ったのか?まさか馬鹿か?欠陥ゴミ汁人種は見た目でわかる、いかにも反抗的な目つきの人間だ、お前らは今澄ました顔でいるが、全員の私に悪態をついた。
だがまだロディーヤ劣等種と完全に決まったわけじゃない」
リリスに乗せていた脚をどけ、麦色の髪を掴み上げ、身体を起こさせる。
そして自身の吐瀉物で汚れたリリスの頬を舐め取った。
「間違いない、ゲロみたいなゲロの味だ。
お前らは完璧絶滅対象のロディーヤ人種だ!」
次の瞬間、少尉がグラーファルに飛びかかる。
だがその反抗虚しく脚を懸けられその場に倒れ込んでしまう。
「…ロディーヤ人に手を出すな…!!」
「ここは絶滅収容所だ、見つけたロディーヤは首都から田舎まで片っ端から収容している、ここだけじゃない、第一第二第三第四第五…自分でもいくつ作らせたかわからないほど作った、そしてここもその収容所の一つだ、今は余裕があるから働けるやつ、そしてテニーニャの利になるやつは使ってやっている、過去にも優秀な設計者がいてな、驚くなかれ、あのシルバーテンペストの原案を描いてくれたやつもいるぞ」
その言葉に全員が反応する。
「誰だそいつはっ…!名前を言えっ!」
再び掴んでいたリリスの頭を吐瀉物に押し込む。
「知るかそんなもん、だがまだいるんじゃないのか、まだまだ使えそうだったからな、殺さずに新しい航空機を作らせていると思うぞ」
「お姉ちゃんが…っ!」
ノルージアの言葉にグラーファルが反応する。
「お前の姉か、そりゃすごい、まさに運命だな。
だがお前たちの命は終わった。
残念だな、姉に会えずに死ぬのは」
グラーファルがそう言い終わると涙目になったノルージアの方を見ていたリリスが手を床につく。
「何が…何がわかるんだ…」
「あ?」
「お前に何がわかるっかって言ってんだっ!!聞いてりゃあ人種人種人種ってっ!そんなに人をいびるのが好きかっ!姿形も変わらない同じ種族の人間を!虐めるのがそんなに好きなのかっ!」
リリスが初めて声を荒らげて反抗する。
吐瀉物濡れのその顔の眼差しは確かに確固たる信念を持っている目立った。
「黙れ、姿形が同じだと?お前たちは人間ではない、ロディーヤ人という変異種だ、百年前の大戦での所業がそれを証明している、今どきの皇帝の行いを見たか、暴徒の死体を針に串刺しにして野ざらし、これのどこが人間なんだ?おい答えろ鬼畜」
リリスはなおもグラーファルを指さして叫ぶ
「私達の想いは永遠にお前にはわからないっ!!決してっ!決してなっ!!!」
次の瞬間にはグラーファルの拳が顔面を強打した。
硬い何がが軋むような音をたててリリスは冷たく硬い壁に叩きつけられた。
リリスはその衝撃で気を失ってしまった。
「お前は今、地獄へと真っ逆さまに落ちているんだ、自覚をしろ」
そしてグラーファルは指をパッチンと鳴らした。
外から扉を開けて男たちが入ってくる。
「この五匹の外人に特等席を与えろ」
男はビシッと敬礼すると五人を外に出した。
気絶したリリスは二人がかりで運ぶ。
男たちに連れられてやってきたところは先程のコンクリートの建物を出てすぐ近くにある大きな建物だった。
中は様々な通路に別れており、色々な部屋が見える。
実験室、解剖室、衛生室医療室。
まるでホラー映画の舞台と言われても違和感がないくらいな不気味な所だ。
「ここだ、ここで見ていろ」
部屋の一つの中に入るとをそこにはまるで狭い映画館のように椅子が並んでいた。
下り階段のような段々に設置された椅子に、スクリーンのように面積の大きいガラスが貼り付けられていた。
ガラスの向こうで行わる行為を映画を鑑賞するようにするための設計だった。
「収容所ではただ遺伝子を絶滅させているだけではない、日々実験を繰り返し、新しい兵器を開発することも続けている。
リリスたち五人はその映画館の構造を模した狭い部屋に入り、椅子に座らされる。
「しばらくそこにいろ、面白いものを見せてやる」
グラーファルが格子付きの鉄扉をガチャンと閉めると、少尉は出せ出せと騒ぐ。
だがそれも次の瞬間、すぐに収まった。
そのガラス窓の向こうに何人ものロディーヤ人が押し込められていく。
抵抗しようとするものも容赦なく殴打され、無理矢理部屋へと入れさせられた。
「なっ…!何が始まるんんですの…?」
メリーの震える声にグラーファルが扉越しに答える。
「ただのシャワーさ、この前ロディーヤ人の中に使えそうな禿げた科学者がいた。
名前はなんて言ったか忘れたがお菓子の商品名みたいな名前だったな、確か空気から毒素を抜き出すだとかなんとか…」
「毒素…だと…」
ガラス窓の向こうのドアが閉まる音がした。
これでもうロディーヤ人たちは外に出られない。
「見ていろ、これがもうすぐ実戦投入予定の新兵器、毒ガスだ」




