銀の翼の設計者
参謀総長に対抗するため非公式部隊『ターリンゲリラ』を結成したリリスたち、最初の任務は即戦力のテニーニャ軍航空機『シルバーテンペスト』の破壊と情報収集。
そのため敵国の小都市、ランヘルドへと向かおうとしたところ、一人の幼女が現れ、一緒に連れて行けと懇願する。
リリスたちを乗せた車両は帝都を離れ、小さな田舎町で休憩を挟んでいた。
少尉は運転席でぐっすり寝ている。
メリーとベルヘンは荷台を降りて、どこかへ遊びに行ってしまった。
荷台にはリリスとノルージア二人だけだ。
「ねぇ、気になってたんだけどなんで私達と一緒に行きたいだなんて言ったの?」
リリスが荷台に座って隣にいる幼女、ノルージアに話しかけた。
すると幼女は消え入りそうな声でつぶやく。
「………ちゃん…」
「えっ?」
「お姉ちゃんよ…っ!私のお姉ちゃんを探すために一緒に来てあげたの!悪い?」
口から出てきたのは姉への強く慕う思いのこもった声だった。
「…私のお姉ちゃん…挺身隊の一人だったの…リリねえたちも挺身隊の一人でしょ…?初戦の凱旋の時に見たわ、だからついていけば何かをわかるかもしれない…」
リリスもその行動力に思わず聞き返してしまった。
「でもそれだとパパとママが…」
「ううん、いいの…二人ともお姉ちゃんしか見てなかったわ、それに私にとってもお姉ちゃんは私の全てよ、空になった家にいる理由がないわ」
「そう…なんだ」
リリスもなんて言葉をかければいいのか、喉に言葉が詰まってしまった。
「リリスーっ!ノルージアーーっ!」
すると向こうから手を降ってきたのはベルヘンだった、隣にはメリーもいる。
「ベルちゃん…!あんまり大声出したら…まだ喉の包帯取れないんでしょ…?」
「安心して、それよりこれこれ」
ベルヘンの手には二つの草笛が転がっている。
たんぽぽの茎に穴を空けただけのものだ。
「これをノルージアに」
「うん!はい、ノルージアちゃん」
「…?なにこれ」
ノルージアはその奇天烈なものに頭にはてなが浮かんでいる。
「あら、知りませんの?これは草笛というのですわ、ベルヘンさんの十八番ですのよ」
「へぇ、ベルねえ、これどうやって吹くの?」
「まず先端を軽く潰してそこに口を…こうやって」
ノルージアもベルヘンを真似て茎を口に含む。
「げっ!苦っ!!」
「吸うんじゃなくて吹くのよ、笛って言ってるじゃない」
ノルージアは自分の無知さに顔を赤くして、ベルヘンの背中をポコポコ殴る。
「騙したなっ!ベルねえ、悪いやつだ!」
「いてっいてっ」
ベルヘンは余裕そうにあしらう。
その騒ぎのせいで運転席で寝ていた少尉が起きてしまった。
「うるさいぞガキ…一体何何だ…」
「あっ、すけすけパンツの人」
「馬鹿っ!だから適当言うなってっ!」
ノルージアは小馬鹿にしたような表情でリリスの後ろに隠れる。
「リリねえ怖いよぉ〜あの人怖いぃ〜…」
「あのガキ舐めやがって…」
幼女と少尉の攻防が続く中、メリーはふと街を見るとまだ、戦争は終わっていないということを実感する光景が目に入った。
「おらっ!さっさと外にでろっ!このガキっ!」
そこには家からこの街の住民に引っ張るように連れ出されたのは二人の子供とその母親と思われる人だった。
「お願いします…子供たちだけは…っ」
男のたち手には、木でできた棍棒が握られている。
その後ろにこの街にいた帝国陸軍兵が歩兵銃を持っている立っている。
棍棒を手の平にトントンと乗せて威圧する。
「黙れっ!この悪魔共がっ!こっちに来いっ!」
母親は男に引きずられ、砂埃を上げて子供たちから引き離される。
そして残った子供二人は家の外壁に張り付くように立たされる。
そして。
「やめてぇぇぇぇっっーーーーーっ!!!」
母親の声虚しく、陸軍兵による掃射がなかれた。
赤く染まった幼い身体は折り重なるように倒れる。
実家の外壁には二人のものと思われる血痕が多量付着していた。
母親はその光景を見て、もはや悲鳴も枯れてしまった。
ぐしゃぐしゃの顔になったのもお構いなく男たちによって立たされ、そのまま連れて行かれた。
一連の流れを住民たちは特になんの感情も起こしていないような様子だ。
その光景に目を奪われていた彼女たちに向かって少尉はフォローとも言い難い慰めをしてくれた。
「…ああいうこともある、ないほうが少ない。
今はあれが普通なんだ、説得すれば止められるなんて思うなよ」
少尉は寝るときに外していた制帽を被ると、そろそろ出るぞと呼びかけた。
「…お姉ちゃんたちもあんなことしたの…?」
静まり返ってした空気を壊したのはノルージアだった。
「…肯定も否定もできませんわ、厳密には違うのですけど、広義で言えばほとんど同じですわね…」
沈黙が訪れる。
最初否定的だったベルヘンもリリスもすでに人へ向けて銃を撃っている。
穏やかに平穏に生きてきた人間、しかも年場もいかない少女が人に銃口を向けて撃つなど、常識的に考えればありえないし、精神と心が否定する。
しかしいつの間にか人に銃を向けることに罪悪感が薄まっていた。
この部隊だって、戦闘になれば前線と同じように銃を人に向ける、しかもどこが戦場になるかわからない、もしかしたら市街かもしれない。
「…考えるのはやめましょ、あれこれ考えていると行動に移せなくなりますわ」
ベルヘンの言葉に勝手に納得して荷台の柵に捕まった。
少尉がエンジンを掛けて走り出す。
移りゆく光景の中で、テニーニャ人と思われる人へと集団リンチや同じような処刑が行われている。
「…お姉ちゃんが見つかればそれでいいわ、もしお姉ちゃんがあんなことしてても受け入れなくちゃ…お姉ちゃんは、家族の全てなんだから」
ノルージアはそう自分に言い聞かせた。
よほど姉に依存していた家庭だったらしい。
「お姉ちゃん…そんなにすごい人人だったんだね…」
「そうよ!自慢のお姉ちゃんよ!」
ノルージアは誇らしげに胸に手を当てて語る。
「すごいんだからっ!万能の天才よっ!飛行機だって最初に飛ばしたのもお姉ちゃんなんだからっ!」
ベルヘンがすかさず否定に入る。
「いや、その嘘はちょっと…」
「ほんとよっ!変なおじさんたちがでっかい飛行機飛ばす前にお姉ちゃんがちっちゃいの飛ばしてるんだからっ!」
「本当ならすごいことですわ、いいお姉ちゃんですね」
「でしょ!?だから私ももっと尊ばまれてもいいのにっ!」
その会話を聞いた少尉が運転席から話しかける。
「面白い姉だな、どんな飛行機なんだ?」
ノルージアが手であれこれ形作って説明する。
「うん!なんかね翼が上下に二枚あって…あっ!あと綺麗な銀色っ!銀に塗装してたっ!」
その言葉に全員が驚く。
銀色で翼が二枚、見覚えがあった。
リリスが口を震わせながら。
「…そっ…その飛行機名前とかあった…?」
「名前…えっと…
『シルバーテンペスト』、銀の嵐って意味だって…」
少尉がアクセルを全開にして車のスピードを上げる。
「全員掴まっていろっ!ランヘルドに急行だっ!おいクソガキっ!お前のお姉ちゃん探してやってもいいぞっ!」
「…っ!!うんっ!」
少尉が車体をグラングラン揺らして猛スピードで街を走り抜けていく。
テニーニャの複葉機の何かしらに関わっている可能性があると踏んだターリンゲリラはノルージアの姉を探すため、まずはランヘルドへと向かうのだった。




