列車はそよ風を乗せて
テニーニャ共和国では少女隊のテニーニャ国防軍が無名の田園地帯で塹壕掘りに勤しんでいた。
その結果が功を奏し、それを知らないロディーヤ帝国陸軍はそれまで順調に侵攻していっていたものの、田園地帯の塹壕に苦戦していた。
ロディーヤ帝国はこれが侵攻後初の激戦となることを予想していた。
十分な訓練を受けたロディーヤ女子挺身隊は帝国陸軍の失敗を受け、田園地帯へと向かう。ついに少女隊と少女隊の対決が始まる。
「起きろーーーー!!!!起床だーーーっ!!!」
ルナッカー少尉の号令が訓練棟内に響き渡る。
「起床っ!起床っ!起床っ!起きろウェザロ起床だーっ!!」
「ん〜…なんですか朝から…まだ訓練の時間では…」
「そのことで話がある」
「えっ?」
「だから起きろっー!」
少尉に叩き起こされリリス、ウェザロ、メリーは叩き起こされ、いつもの訓練場へ全員が集められた。
「あれ?ルナッカー少尉、服装変わりましたか?」
ウェザロが服装の変わった少尉にについて尋ねた。
見れば少尉はいつもの将校服ではなく、フィールドグレーの開襟の制服に膝辺りまでの分厚いスカート。
スカートからはズボンが覗き、黒革のブーツにシュッタールヘルムという野戦兵といった装いだ。
「それについても後で説明する。リリス、お前、最近のロディーヤ帝国陸軍の動向を知っているか?」
「えっ?はい、帝国陸軍は十月十五日にテニーニャ共和国へと侵攻したと…」
「そうだ!記念すべく十月十五日!とうとうテニーニャへと侵攻を開始したとのことだが…」
「苦戦しているっ!」
「「えっ?」」
その場にいる全員が同じ反応をした。そして口々に不安を口にしだした。
「知っての通り、十月十五日に帝国陸軍は侵攻を開始したわけだが、初めはなんの抵抗もなくスムーズに事を進められていた。だがしかし!思わぬ所で足止めを食らった!」
「田園地帯!テニーニャの田園地帯!地図上に名前すら載っていない無名の地でだ!奴らは卑怯にも白兵戦ではなく堀を掘ってそこには身を潜めるという戦法を取っていたようだ!そのためテニーニャ侵攻が大きく遅れ始めている、この戦争を早く終わらせる為、その田園地帯ヘ向かう!」
「堀を掘る…」
聞いたことのない戦術に皆がうろたえた。
戦闘といえば近距離での銃と銃での白兵戦であり、それが常識であり、騎士道精神に則っていると言われていたのだ。
それが真っ向から否定され、苦戦している。
少女たちは白兵戦にロマンを抱き銃を撃っていたが、それが通用しない、時代が変わりつつあることに追いつけなかった。
「帝国陸軍の男たちにできなかった事を俺たちロディーヤ女子挺身隊が成し遂げるのだ!その田園地帯では未知の戦いとなることだろう。俺はこの戦いを無名の戦いとよんでいる」
そう言うと少尉は自身の聞いてる服を指差し
「お前たちは今日から俺と同じ服装をしてもらう!これは戦闘服だ!お前たちはついに本物の戦場に行けるんだぞ」
そう言うと訓練兵だったみんなが歓喜した。
いよいよ戦場へ行けるのだと。
憧れの戦闘服をきて銃撃戦、求めていたロマンが存在した。
「これからお前たちにこの戦闘服を支給する。各自部屋で着替えてから再度集合だ!」
「「はいっ!」」
ドタドタと室内に駆け込み新品の戦闘服に目を光らす。
「やったねリリス、いよいよ戦場だ!」
「うん、そうだね」
リリスがズボンを取り出す。
「これどうやって着るんだろう」
「ズボンにバックルのベルトが付いているでしょう、このズボンのベルトは後ろで止めるんですわ」
「さすがメリーちゃん!博識〜」
「こほん…まぁこれくらい造作もないことですわ。他にもわからないことがあったらなんでも聞いてくださいませ」
「じゃあメリー、このヘルメットなんか変わった形してない?」
「えぇ、それはシュッタールヘルムというのですよ。ベビーカステラみたいなブロディヘルメットなんかよりよっぽど合理的で安全ですことよ」
「へぇ〜」
やはりメリーは銃技師の子孫とだけあって軍事にまつわる知識が豊富のようだ。
シワのない戦闘服を鏡を見ながら整え、お互いに違和感がないかを確かめ合う。
「やっぱり軍服はいいなぁ。偉くなった気分」
「メリーはそういうのに憧れてたのかな?」
「ええっ?そんな、なんでいきなり…」
リリスの頬が赤く染まってゆく
「だってバレバレだよ、少尉に積極的に質問していったり、やらなくてもいいことまで調べたりとか、やっぱり軍人に憧れてたのかなって」
リリスが赤らめた頬を冷ましうつむきながら言う。
「うん…私、軍人さんには憧れてる…服装とか強そうだとか、だけど軍人さんって人を殺すための役職だと思っちゃって、私、人は殺したくない。でも軍人さんになったらからには戦わざるを得ないのかなって…それが私の憧れた軍人なのかな…」
「それってベルヘンの影響?」
「も、多少はあるかも…」
リリスがうつむき室内の床板を眺める。
するとメリーが近づき、リリスの両肩に手を置いた。
「リリスさん、残念ながらあなたは軍人気質ではありません。
確かに、戦争にどんな美徳を並べても結局は人の殺し合い。私やウェザロさんはきっと、そんな常識に染まりますわ。でもあなたは…」
「あなたは模範的な軍人ではないですけど、人間的な軍人ですわ。純粋な子供心だけで憧れた、そんな人間的な軍人ですわ」
すかさずウェザロもフォローに入る。
「そうだよ、リリスは歴史に名は残らないけど、私たちの心の中に残るからだいじょーぶ!」
「ウェザロちゃん、メリーちゃん…」
リリスが感極まって涙が一筋流れた。
輝く朝日に照らされて宝石のように照り輝いた涙が流れ落ちる。
「よし、服もちゃんと着れたし、準備OK?」
「うん、もちろん!」
「私ももう出れますわ」
「よしっしゃあ!リリス!メリー!行くぞ!」
「「「えいえいオーっ!!!」」」
三人が手を合わせて気合を入れ合う。
まるでピクニックにでも行くかのような朗らかな雰囲気に包まれて。
「よーし!全員揃ったな!」
少尉の前に新品の戦闘服を着こなした挺身隊員の姿があった。
「これから列車に乗り込み田園地帯へと向かう。テニーニャへのレールは既に帝国陸軍の工兵が敷設してくれている。
あと、お前たちと一緒に砲や家畜と馬、安酒も途中から運搬する事になっている。
もってこいと要請されたのだから仕方がない。何が起こるかわからないからな!」
予め用意されていた輸送車乗り込み、そしてエンジンがかかる。新兵たちを載せて訓練棟を離れていく。
「短い間だったけど、お世話になりました。」
リリスが小さく礼をいった。少し古ぼけた訓練棟はたちまち地平線の彼方へ沈んでいった。
輸送車は列をなして平原を駆け抜けてゆく。
早朝の朝日を背にして。
輸送車は再び帝都チェニロバーンに入った。
そしてリリスたちが降りたのは何本もの線路が敷かれた広い地区だった。
そこには五両ほどの砲弾が積まれた輸送列車があった。
「えっ?これ?」
ウェザロが思わず口に出す。
「当たり前だ。お前たちはさほど重役じゃない。五十人ほどの挺身隊員を運ぶのにわざわざ列車など用意できるか。俺とお前たちはこの砲弾と一緒に運ばれるのだ」
メリーが砲弾に興味深そうに近づく
「こんなにたくさんの砲弾…一体なにに用いられるのでしょう?」
「いい質問だな、メリー。この砲弾を塹壕に籠もったテニーニャ兵を砲撃で脅すためのものだ。」
少尉が別の砲弾にも手を添える。
「この砲弾も通常のものとは異なっている。ロディーヤが開発した榴散弾と言ってだな、敵の上空で炸裂し鉛弾を浴びせるんだ。
人間や馬などを殺傷するのに使う砲弾だ。
テニーニャの奴らはまだこの弾の存在には気づいてないようだからな、近づかせる気がないのであれば、近づかずに殺してやる。」
「塹壕…ですか?」
「ああそうだ」
挺身隊員が輸送列車に乗り込み、列車は砲弾をカラカラ鳴らしながらテニーニャへと向かった。
「落ちないように気をつけろよ〜リリス〜」
「うん、大丈夫」
タタンッタタンッと車両を揺らして列車は走る。
しばらく走っていると列車は首都を抜けのどかな田舎町を駆け抜けだした。
するとリリスは隣の車両に見覚えのある紫色のミディアムヘアの女の子、ベルヘンが目に入った。
「ごめんちょっと…」
リリスがウェザロとメリーから離れ、ベルヘンの元へと向かう。
「ベルヘン!」
「っ!?」
ベルヘンが驚いたように目を見開き、リリスに背を向けて離れようとした。
その時、
タタンッ
列車が揺れ車両を移動していたベルヘンがバランスを崩し走行中の列車から落ちそうになった。
「あっ」
ベルヘンの周りがスロモーションになる。
落ちる、と思った束の間。
パッとリリスがベルヘンの手を取った。その姿勢をしばらく保ったまま、リリスが満面の笑顔を向ける。
「大丈夫?ベルヘンちゃん」
「…っ///、うん…」
そのままベルヘンはリリスに引き上げられた。
「危なかったねベルヘンちゃん、怖かったでしょ?」
「…うん、怖かった…ありがと…」
「えっと、久しぶり!ベルヘンちゃん!ベルヘン・アンデスニーっで合ってるかな?」
「うん…あってるわ。えっと、リリス・サマーランド…」
「サニーランドだね」
「えっ!?あっごめん悪気は…」
「あはは、全然いいよ。よく言われるし、じゃあベルちゃん、でいいかな?」
「ベルちゃん…うんっ、いいわ気に入った。ありがとうリリス」
「やった!よろしくベルちゃん!」
「こちらこそ。よろしく、リリス」
「えへへ…やっとちゃんと話せた」
「えっ」
「ほら、訓練場で会ったときそっけなくされちゃったから…だからちゃんと話してみたいなって思って…」
「あっ、ごめんなさい!あのときはちょっとイライラして…印象最悪だったわよね…私もあのときはからずっと心残りだったの…許してくれる…?」
「もちろんっ!許すも何も怒ってないよ。」
「そう?なら良かった…」
二人は砲弾を積んだ車両の縁に座り込む。平和そうな麦色の畑が列車の風圧に負け、サラサラと靡いていた。
「…そうなのね、やっぱりリリス軍人に憧れていたのね」
「うん、やっぱりってことは、私以外とわかりやすい?」
「ええ、とってもわかりやすいわ。訓練のとき一人だけ熱量が桁違いですもの」
「あはは…やっぱり…」
「どうしてそんなに軍人になりたいの?人を殺したいってこと?リリスはそんな人には見えないけど」
「うんん違う、私気づいたんだ。
私が憧れていたのは戦う軍人さんじゃなくて人を助ける軍人さんだってこと」
「人を助ける…?」
「うん。私小さいときにキラキラ光る魚に惹かれて手を伸ばそうとして橋から落ちたんだ。
あんまり高い橋じゃなかったけど、当時の私はまだ小さかったから直に川の中で溺れた。
視界が暗くなってきてもうダメだーって思ったその時、誰かが川に沈んだ私に手を伸ばして抱えあげてくれたんだ」
「…その人が軍人だったってことなの?」
「うん、老いているのか若いのか、背が高いのか低いのかも覚えていない…だけど、その人が私に言ってくれたことは覚えている…『大丈夫?リリスちゃん』って」
「えっそれって…」
「そう、私の名前を呼んでくれた。
だからきっと知り合いなんだけど、結局今でも誰かわからない、でもきっとすごくいい人だったんだなぁって思う」
その話を聞いている時ベルヘンの脳内にさっきの映像がフラッシュバックした。
ベルヘンに手を伸ばしたリリスがその話の軍人と重なった。
「…そう、私にはその軍人の人の事わからないけど、でもきっと…リリスみたいないい人だったかもね」
ベルヘンが腿にひじをつき頬杖をつく。
「えっ!?そんな私がいい人だなんて…」
リリスが頭を掻いて照れる。
(本当…神様みたいないい人…)
ベルヘンがそう思うと。輸送列車はさらにスピードを上げて駆け抜けてゆく。
この先に待つのは戦場。聞こえる音は列車の走行音と風の音だけ。
そんな風景も、これで最後かもしれない。