記憶の水底
リリスたち正面から攻めてくるとの予想がシルバーテンペストによって入って来たことによって、要塞は慌ただしく湖に向けて砲撃の準備を開始した。
リリスたちも爆撃によってウェザロと舟半分を失う被害をだしたものの、なんとか湖畔までたどり着くことができた。
いよいよ決戦の刻がやってきた。
湖畔では日が登る前に互いに起こし合って、日が昇るのを待った。
要塞ではすでに完璧に配員が済んでいた。
交代で警備をしているため、異変があってもすぐに取り書かれるようになっている。
山の斜面の銃座にいる二人は毛布に包まって寄り掛かってぐっすり眠っていた。
真っ先に目が冷めた少尉とリリスは突破について指示していた。
「リリス、お前が一番前に乗って危機を知らせろ、俺は後ろでこの舟を操縦する」
「操縦できるんですか?」
「この舟は木製ボートにエンジンをつけただけの質素なものだ、左右に動かす程度なら素人でもできる」
「わかりました!がんばりますっ!」
「あと、メリーとベルヘンを起こしてくれ」
「了解っ!」
リリスが寝ている二人を揺すって目を覚まさせる。
「…んっ…あっ…リリス…おは…」
「おはようベルちゃんっ!朝になるよっ!」
他の兵士も続々と起き上がる。
段々夜が薄くなってきた。
「良し、そろそろだな…銃を船底に置いて舟を移動させろ」
リリスと起きた二人で隠してあった舟を押し出して岸に出す。
そして太陽が顔を出し始めた。
「攻撃開始ィィーーーーッ!!!!」
将校の笛の雄叫びとともに湖畔にだした舟に乗り込みエンジンを吹かす。
そして無数のロディーヤの舟が対岸に向かって猛スピードでやってきた。
「起床ゥーーッ!ロディーヤ襲撃っ!ロディーヤ襲撃ィーーーっ!」
要塞内でも笛が鳴り響き、すぐに砲の射角を微調整する。
登ってきた朝日に照らされた砲身がキラキラと反射して光っていた。
「射角よーーーしっ!撃てっ!!」
その掛け声とともに次々と砲弾を飛ばす。
リズミカルに揃った轟音は山全体に響き渡り、銃座で寝ていた兵士たちの目覚ましとなった。
「撃て撃てぇーーーっ!慈悲なく殺せーーーっ!!」
野戦砲から硝煙をだして排莢される。
絶え間なく装填され、そして撃ち殻になった薬莢が音を立てて砲台へ転がっていく。
砲弾は頂上から円弧を描いて湖へと飛び込んでくる。
「少尉っ!十時からっ!」
「了解っ!」
リリスの舟めがけて飛んできた砲弾を少尉の操縦によりかわす。
外れた砲撃は水面に柱を立て、その飛沫がリリスたちに降り注ぐ。
「リリスさんそのいきですわっ!」
メリーの励ましによりリリスはより躍起になった。
「うわァァァァァァァっっ!!!」
隣の帝国陸軍の乗った舟に砲撃が直撃した。
舟はまたたく間に原型を留めないほど破壊され、兵士は爆散して肉片となった。
薄く赤みがかった水しぶきが飛んでくる。
「横を見るなっ!前だけを見ろっ!」
「またきたっ!少尉っ!正面っ!」
「クソっ!」
今度は左にずれ砲撃をかわす。
見れば少尉のようにうまく砲撃を交わすことのできている兵士はあまりおらず、気づけば半数以下にまで減っていた。
「もうすぐ対岸だっ!」
少尉たちはなんとから砲撃を避け、遂に対岸までやってこられた。
「最後だっ!しっかり捕まってろよっ!」
少尉も来れで突破できたと安心しきっている。
「何が囮だ、俺たちは足止めなんかじゃないぞっ!見てろ参謀総長っ!!」
そう叫んだ直後。
「少尉っ!横っ!」
リリスがベルヘンがいきなり叫ぶ。
「横…?」
だが見ると砲弾はこちらには飛んできてはいない。
「横って…」
少尉がそのまま横を見ると、なんと無人の上陸用舟艇が勢いよく突っ込んできていた。
「…っ!?まずいっ!!!」
少尉が避けようとするもすでに遅かった。
猛スピードで突っ込んでくる上陸用舟艇はリリスたちの舟の腹に横から突っ込んで、そのままリリスたちの舟をひっくり返した。
その勢いに負け、リリスたちは湖に投げ飛ばされる。
投げ出された少尉は水面から顔を出し全員の無事を確認する。
「怪我はないっ!お前たち!」
水中にいたメリーもベルヘンも顔をだして答える。
「私は大丈夫ですわ…っ!」
「私もなんとか…」
良かった、と安心しようとしたのもつかの間、少尉はリリスがまだいないことに気づいた。
「リリス…?リリスっ!?どこだっ!?」
水面から顔を出していたのは二人だけでリリスが見当たらない。
少尉は水中に潜ってなんとか目視で探す。
が、そこには真っ暗な青黒い闇が広がるばかりでリリスはいなかった。
「まずいわっ!リリスは水が苦手なのよっ!」
「なんだとっ!?そんなことあいつは…」
「私に教えてくれたの、むかし川で溺れて以来水が苦手だって…っ!?」
「そんなっ…!」
そうこうしている間にも仲間の舟は次々と撃破されていく、無事に岸につけた兵士たちはいそいそと山へ入っていく。
「少尉っ!ここでモタモタしているとまずいですわっ!砲撃を食らってしまいます…!」
メリーの言うとおり、すぐ近くでまた轟音とともに、水柱が立つ。
「メリーっ!ベルヘンっ!先に行けっ!あとから必ず追いつくっ!」
二人は少尉の言うとおりにその場を離れる。
「リリス…っ!どこにいるんだ…っ!」
リリスは転覆した舟に閉じ込めらそこから移動できずにいた。
泳げないリリスはパニックに陥ってしまい、冷静な判断ができず、そのまま船の内側で漂っていた。
外から転覆した舟の中にいるリリスを見つけることは困難だった。
リリスは次第に意識が遠のいてしまっていた。
そしてそのまま湖底へと向かっていってしまう。
(ごめん…みんな…)
視界がぼやけ目が閉じようとした瞬間、誰かがリリスめがけて泳いでくるのがわかった。
(あれは…)
険しい表情で向かってきて手を伸ばしてきた。
見覚えのある顔、ルナッカー少尉だった。
(エル…ちゃん…)
口の動きで何を言っているのかわかった。
(手を伸ばせっ!リリスっ!)
リリスも最後の力を振り絞って少尉に向けて弱々しく手をのばす。
それを少尉はがっちりと握りそのまま脱力状態のリリスを手繰り寄せた。
リリスはそれを見た瞬間、目を閉ざさてしまった。
少尉はリリスを抱きかかえたまま、水面へ向かって足を動かす。
そして二人は砲撃止まぬ水面に顔をだして、急いで岸へと運ぼうと懸命に泳ぐ。
「リリスっ!しっかりしろっ!リリスっ!」
少尉は泳ぎながら呼びかけるが返事はない。
ぐったりとしたまま動かないのだ。
それは岸についても変わらなかった。
リリスは少尉に抱えられ、寝かされる。
少尉もすぐに心肺の動きを確認する。
「意識なし…呼吸も止まってる…このままではまずいな…」
少尉はしばらく考えたあと、リリスの顔を横に向け、手の甲に手を重ね、胸の真ん中を強く圧迫して心臓マッサージを試みる。
「だいたい心臓の脈と同じペースで…」
少尉の額に汗が吹き出てくる。
最悪の事態が頭をよぎったからだ。
「頼むっ…頼むっ…!」
少尉が小さく祈願するも未だに息を吹き返してくれない。
三十回ほど繰り返したあと、少尉はリリスの額を押さえ、顎を上げて気道を確保すると、口をつけて素早く二回息を吹き込み、また胸部を圧迫する。
「リリスっ!リリスっ!起きろっ!頼むっ起きてくれっ!!」
そして胸部を押していると、横を向いていたリリスの口から水が吐き出された。
「…っ!?リリスっ!リリス俺だっ!わかるかっ!?」
水を吐き出したということは呼吸が戻った可能性がある。
少尉は希望を見た。
必死に肩を叩いて反応を待つ。
するとゆっくりとリリスが瞼を開いてくれた。
あまりの嬉しさに少尉の目には涙が浮かんでいる。
「エル…ちゃん……ここは…」
「リリスっ!ここはあの湖の対岸だっ!よく戻ってきたなっ!本当によく頑張った!」
少尉がリリス寝ているリリスに抱きつく。
リリスはその行動に少し戸惑っているようにも見えた。
「リリスっ!お前はここで休んでいろ!
メリーとベルヘンを先に行かせているんだっ!すぐに終わらせて戻ってくる、だからここにいろっ!」
少尉がそう言って山の中に入ろうとするのをか細い声で呼び止める。
「待って…私も連れて行ってください…」
少尉はリリスの肩をに手を置いて念を押す。
「リリス、お前はさっきまで心肺停止状態だったんだ、無理な運動は良くない、ここにいろ!」
「でも…っ!」
「これは命令だっ!リリスっ!お前はここにいろっ!」
リリスははっとしたように少尉の目を見つめる。
少尉は立ち上がってリリスのもとを去る。
「必ず…戻ってくる」
そう告げた少尉はリリスを一人残して山へと入っていった。




