はらりとはらりと銀鷲
拠点を出発したリリスたちはアッジ要塞攻撃の為、一日かけて移動することとなった。
エロイスたちは要塞で警備をしているが、要塞の山の後ろの麓に運ばれてきた複葉機『シルバーテンペスト』の情報が出回っていた。
エロイスたち国防軍と陸軍の二万人の兵力は要塞にてロディーヤの警備を務めていた。
そんな最中、要塞付近に完成した複葉機の『シルバーテンペスト』がやってきたとの情報が入ってきた。
「シルバーテンペストってなんですか…?」
「おいおいエロイス、そりゃ困るぜ?たまには新聞の活字を見てるのもいいんじゃなぁ〜い?」
レズーアン大尉が新聞の切り抜きを見せる。
そこには大統領が開いた式典の事、テニーニャを賛美する内容で埋め尽くされていた。
「この銀の飛行機がここにやってきたみたいなんなんだ、ヤバくね?歴史的瞬間じゃね?」
「へぇ…すごい…」
エロイスもその白黒で載っている写真を見て感心する。
今まで木と布の単葉機だったのがいつの間にか、鉄の武器となってやってきたのだから。
「大変だ!大尉っ!エロイスっ!こっちこっちっ!」
リグニンが興奮冷めやらぬ様子で二人を手招きする。
二人はそんなリグニンに連れられて、要塞の正面から後ろ側へと移動した。
「レイパスっ!二人を連れてきたよ!」
「おー、見てみー?あれ」
先にいたレイパスの指差す方向にその複葉機があった。
草原に並ぶ数台のシルバーテンペスト。
銀色に輝き、なんとも神々しい。
「あれが…」
エロイスも思わず声を上げる。
「やっべぇな、写真だと分かりづらかったけど目視でみたらもっとやべぇ、あれが空飛んでやってくるんだろ?ロディーヤの奴らは失禁間違いなしだなっ!」
大尉のその言葉にみんなもみすみす自覚する。
テニーニャはここまで来たのだと。
「これで百年前の大戦の尻拭いをさせるんだよねー。
前はロディーヤの騎馬隊にボロクソされたらしいけど今回はこれがあるから負けられないなー」
みんなが三者三様の感想を寄越す中、双眼鏡でよく見ようと覗いていた大尉が。
「あれ?少佐いるんだけど、ヤッホっーーっ!」
「ちょっ、見せてっ!」
リグニンが双眼鏡をぶんどり覗くとそこには確かに赤いトレンチコートを着たフロント少佐がいた。
「乗るのかな!?チョー見たい!早く飛べっ!飛べェーーーっ!!」
大尉も一人で盛り上がっている。
「でもあれって訓練とか必要なんじゃ…」
「かもねーもしかしてあれが訓練じゃないー?」
レイパスの言うとおり、少佐は他の陸軍兵とともに航空機を操縦する練習に参加させられていた。
「よぉーーーしっ!これからこの機体の操縦訓練を始めるっ!今回の特別ゲストは国防軍のフロント一等兵だっ!」
その瞬間、陸軍兵たちの間に笑いが起こる。
「一応少佐です」
そういう少佐の声は、聞き入れては貰えなかった。
少佐は国防軍の少佐ということだけで呼ばれたのだ。
紅一点の彼女には少し居心地が悪かった。
「なんでこんなことを…これで戦争が終わるならいいが…少し感じが悪いな、コイツラのことが脳裏に浮かんできて今日はスムーズに床に就けないかもしれない」
少佐の心配もよそに、高官らしき軍人は説明を始める。
「この機体は短い滑走距離で飛ぶことができる。
操縦方法は教科書で読んだとおりだっ!それ以上の高度も速度も出すことは許さんっ!あとそこの一等兵っ!コートは脱げよ」
「わかりました」
少佐が着ていた赤いコートを脱ぐ。
コートの下は立襟のホリゾンブルーにズボンの上から膝辺りまでのスカートといった標準的なテニーニャ軍の服だった。
「おお、コート脱いだあいつ初めて見たわ」
「なかなか似合ってていいね」
「そうか…お世辞でも嬉しいぞ」
コートを近くの陸軍兵に渡すと、真っ先に機体へと向かった。
「お、最初はお前か、墜ちないように気をつけろよ、高いんだからな」
「…」
少佐は前席に置いてあった手袋や耳当てなど防寒具とゴーグルを身につける。
「後席には誰も乗らないのか」
「当たり前だ、お前と臨終なんて御免だとよ」
「…邪魔だ、失せろ」
「へいへい」
機体に寄り掛かっていた高官が離れる。
「ふぅ…頼むぞ」
「見ろ見ろ!ほら乗り込んだっ!飛ぶぞっ!」
要塞の兵士の目線はその今にも飛び立とうとする陸鷲の飛行を息を呑んで見守っていた。
そして。
少佐を載せたシルバーテンペストは徐々に速度を上げた。
おおっと歓声を上げた刹那にすでに機体は宙にいた。
「すごい…もう飛び立つんだ」
ぐんぐんと高度と速度を上げた銀の機体はどんどん要塞へと近づいてくる。
「わっ!わっ!ぶつかるっ!」
眺めていた兵士たちが逃げようとした瞬間、要塞の手前でグンと上昇する。
その風圧でエロイスたちの髪がなびく。
その瞬間を見た兵士たちは驚きと感動で要塞から身を乗り出して空を見上げる。
要塞の上にも少数の兵士たちが手を振ったりしてその飛行を盛り上げていた。
「すごい…すごいぞっ…!人類はついにここまで来たか、もはや神の領域だな」
大空を飛び回り興奮しながら、少佐は機体の操縦に勤しむ。
その自由自在に飛び回る銀鷲はまるで初めて空を飛ぶことができた雛鳥そのままだった。
エロイスたちも要塞の屋上に登り、そこから複葉機を見る。
「おーーーーいっ!私だぁーーーっ!レズーアンだぞーー!気付けぇーーーっ!」
「大尉、うるさい」
「しょうがないじゃん!あんなの見せられたら興奮不可避だよ!」
レイパスの苦情もまともには聞き入れていられなかった。
他の兵士たちも作業や警備を止め、その航空機を目で追っていた。
まさに歴史に残る偉業と言っても差し支えなかった。
「そろそろ戻ってもいいかな」
少佐が大きく旋回して機体を離陸した場所へと運ぼうとしたが。
突如、回っていたプロペラが異音を立て始めた。
「な、なんだ…どうしたのだ」
そしてエンジン部から黒い液体燃料が吹き出した。
それは少佐の顔にもろに飛んできた。
それと同時にプロペラの回転も止まり、そのまま失速しながら要塞へと向かってきた。
「うわっ!また突っ込んでくるぞ!」
屋上にいた兵士たちも避けようと左右に分かれる。
少佐は視界が奪われた中、操縦桿を精一杯引き上げる。
なんとか機体は持ち直し、衝突は避けられた。
「なんとか直感で着陸しなければ…」
常に操縦桿を握っている少佐にゴーグルについた液体を拭う暇はなかった。
なんとか感覚で水平を保ち、そのまま平原へと高度を下げて着陸態勢に入る。
「突っ込んでくるぞっ!逃げろぉーーーっ!」
兵士たちが退避したおかげでなんとか無事に着陸できた。
幸い他の機体にもぶつからず。
強運と言っても間違いにはならない。
着陸しゴーグルを外す少佐に高官が激高しながらやってきた。
「どういうつまりだお前っ!殺す気かっ!」
少佐は弁解に入る。
「エンジンから黒い液体燃料が吹き出してきました。
視界が奪われて…」
「どういうことだっ!整備士を呼べっ!」
一連の騒動を眺めていたエロイスがボヤく。
「何かあったのかな…」
「アチャー故障臭いねー。
やっぱり簡単にはいかないかー」
レイパスも仕方なしとも言わんばかりの物言いだ。
みんなも心配そうに見守ったあと、それぞれの仕事へと戻っていった。
「やっちゃった〜…まだまだ不安が残るなぁ、あんな機体で大丈夫か?」
大尉もそう言いながら踵を返した。
「でも…イイなぁ…私も一緒に空飛んでみたい…」
その場に一人残されたエロイスはそんな少佐の羽ばたいた姿を見てそう声が出た。
平原で機体の故障を見ている整備士を尻目に見ている高官に一人の兵士が報告をした。
「伝令っ!偵察機が湖の向こうの森の中でロディーヤのものと見られる基地を発見したと報告が入りましたっ!」
高官はその報告を聞いて目を見開く。
「それで?その基地に人は?」
「はい、数人確認できた程度で、戦力となりうるものは特に…」
「そうか…」
高官が安心しようとしたのもつかの間。
「いや待て、基地に戦力となりうるものが存在しないのはおかしい。
ということは、それは基地ではなく拠点といったほうがいい。
それに拠点であるならばすでにアッジ要塞ヘ向け何か仕掛けてくるかもしれない、それも近いうちに」
「まさか…」
高官が並んだ複葉機を指差す。
「離陸の準備をしろっ!梱包爆薬を積むんだ!すぐに索敵を開始するっ!」
その声とともに陸軍兵が服を調え、前席と後席に二人ずつ乗り込む。
「残念だがお前の機体は故障してしまっているからここで留守番だな」
そういうと高官は即席のテントへと戻っていった。
少佐も離陸する航空機を見送る。
次々と飛び立っていく銀鷲に、再び要塞のみんなの注目が集まった。
「また離陸だ」
エロイスの上空を飛び去っていく。
銀翼が日光にキラキラと瞬きながら要塞を後にした。
その複葉機はリリスたちのいる方面へと飛び去っていってしまった。




