終末の終わり 〜完〜
シュトロープとハッケルはリリスの故郷でギーゼ元帥の無人の実家に住み込むことにした。
此処からリリスたちの新しい人生が始まるのだ。
三人がたどり着いたギーゼの実家は村から外れたところに建っていた。
斜面に建てられた二階のある木造の家屋が堂々と存在している。
斜面に積まれた五メートル程度の高さの石垣の上には芝の生えた庭があり、転落しないように白い木の柵で囲まれている。
家屋には蔦が絡まり、屋根からもヒョロっとした雑草が風に揺られて動く。
このまま放置していると自然と同化しそうだ。
「ほんとにしばらく無人だったみたいだね」
リリスは未舗装の道から石垣の側面の石の階段を昇登り、柵の扉を押しのけて庭へと入った。
庭からは故郷の景色が一望できた。
民家は距離を開けて点在し、休耕地や田畑が広がるのどかな村がゆったりとした時間と共に過ごしているように感じられる。
「自然豊かでいい景色だ、帝都なんかよりよっぽど過ごしやすそうだな、だろ?ハッケル」
「…あぁ」
「…まぁハッケルは戦没者の遺骨集めで忙しくなるだろうからコノ地にはあまり居れなさそうだな」
「そのだな、墓地を建てる資金も稼がねばいけなあからな、あまりゆっくりとは過ごせなさそうだ」
リリスは片腕を空へと突き出した。
「よしっ!まずは掃除からだよっ!きれいにしなきゃっ!!」
三人は閉じられていた木の雨戸を開き、窓を開ける。
中央の玄関口も開放して通風性を増すと、カビ臭い匂いは吹き込んでくるよそ風とともに外へと流れていく。
中の内装は一般的な質素だった。
廊下やリビング、台所や風呂。
二階は小さな部屋が二つ程度のあるような平均的な民家だ。
リリスやハッケルはチリぼうきで廊下を吐き進め、玄関口からチリを外へと吐き出す。
口元に布を巻いた二人は家中のホコリを叩いて掃除し、シュトロープは小さな鎌を持って蔦や雑草を刈り取っている。
半日以上作業を進めた三人のかいもあって民家は他の民家と遜色ない程度の外見や綺麗さにはなった。
三人はそんな家を見て、額の汗を拭い笑いあった。
「今日からここで過ごすのか、ワクワクするな」
期待に胸を踊らすシュトロープ。
三人はここで人生をやり直しに近い始まりを迎えるのであった。
それから数日後。
八月八日。
一年前、ロディーヤがテニーニャに侵攻を始め、勝利を収めた戦争の始まりの日がやってきた。
この日は男性のアナウンサーの声が全土のラジオから流れたら。
ノイズ混じりの低音質な音声であったが、それはロディーヤ国民を喜ばせるのには十分であった。
「…神聖なる八月八日、ロディーヤは窮地から脱するべく悪のテニーニャへと正義の戦争を始めたのです。
暴虐の限りを尽くしてロディーヤ国民を苦しめた彼らは、御稜威に守られた億兆の神軍、破竹の勢いを止められず無様で屈辱的で、皇帝陛下と誇り高きロディーヤ国民の前に跪き、テニーニャ国土を我が祖国の領土と認めたのであります。
聖戦一年、喜ばしき今日の日は記念すべき輝かしき日であります。
今日も帝都では帝国万歳、皇帝陛下万歳の三唱が天まで届けと臣民一心に宣うのでした」
リリスは声が流れる小さな箱型のラジオを机に置いて少し複雑そうな表情で聞いていた。
彼女は窓際のテーブルと机に座って本を開いて読んでいた。
暖かな日差しが差し込む窓辺で書籍を読みリリスはまるで絵画のような美しさをまとっていた。
その時、リリスの民家のポストに配達員と思われるご柄な男がショルダーバックを引っ提げ自転車を漕いで坂を登ってくるのが見えた。
配達員が自転車を降りて柵の外にやってくるとリリスは窓から身を乗り出して手招きする。
すると彼は柵の扉を押して庭へと入ると直接リリスへ手紙を渡した。
「お疲れさまです、どうもありがとう」
リリスが例を言うと配達員は被っていた帽子の唾をつまんで頭を見せると無言で去っていった。
「誰からだろう」
リリスは白い封筒に入った手紙とシミのついた茶色い封筒をじっと見つめ、白い封筒を先に開け、折りたたまれた手紙を広げた。
「あっ、ワットからだ…。
『今度、あたいとクザイコの二人で戦勝パレードを見に行きます。
良ければぜひご一緒に、ギーゼ元帥もご一緒されるとのことですから』
…ふふっ、せっかくのお誘いだし行こうかな」
リリスは手紙をテーブルに置くともう一つの茶色い封筒の封を手で切った。
そこには拙い字が書き連ねられていた。
「…?見に覚えのない字だなぁ」
不思議そうにその文字を見つめ視線を動かすていく。
リリスは心の中でゆっくりと読み上げる。
『拝啓。
久しぶりです、あまり知り合いに向けて手紙を書いたことがないので文は拙いと思いますが、お時間があればぜひ全文を。
戦争が終わり、ロディーヤは戦勝国に。
世界の列強たちと肩を並べ始め、テニーニャはロディーヤの占領軍を迎えざるを得なくなったようです。
私は捕虜収容所にいたので、それ以上のことは知りません。
大統領も、逃亡した軍幹部たちも捕まり、裁判にかけて裁かれるそうです。
もちろん、裁判長も判事も弁護士もロディーヤが用意して、事後法によって。
…これ以上、語っても仕方ないですね。
私は貴方に会おうと思っていました。
しかし私は今、処刑が横行しているあの忌まわしき収容所から逃げ出し、逃亡生活を余儀なくされています。
貴方の知り合いにテニーニャ人の捕虜がいるとなれば貴方の身にも周りにも、人生にも影響していまうと考えた結果、断念しました。
最後に、約束を果たせず、申し訳ございませんでした。
全て自分の身から出た錆です。
これからはどこか静かな所で暮らそうと思います。
またいつか、偶然でも出会えたら、会釈程度でもしてくれると嬉しいです。
私のことは忘れてください。
では、また。
敬具。
親愛なるリリスへ、エロイスより』
それを読んだリリスはその手紙の差出人を思いだした。
「エロイスちゃん…」
リリスは窓から流れ込んでくる風に吹かれていた。
カーテンがなびき、草木のそよぐ音がする。
彼女ははどこか遠くを見るような目をしたあと、その目を細めて笑った。
「…また、いつか」
私の名前はリリス・サニーランド。
あの大戦でロディーヤ帝国陸軍の少女兵として従軍していました。
世間や歴史は『敵国の首都の無血降伏』の戦果を以て私のことを英雄と称しますが、私はそうは思いません。
私はこの罪を償うのに人生の殆どを費やすつもりです
いつかあの世の人たちに謝らなければいけません
死なせてしまった味方の人たち
殺してしまったテニーニャの人たちに。
その時、外からシュトロープの声が聞こえてきた。
「リリスっ!草笛の作り方を教えてくれっ。
うまく作れないんだ!」
窓から差し込む眩しい日光の中から声がする。
「今行くっ!」
リリス果たせずにその手紙を置き、玄関口へと向かった。
そして玄関扉を開くと日光がリリスの顔を照らした。
だがリリスは扉を半分まで開いてその手を止めた。
「…」
リリスは振り返り玄関から伸びる短い廊下に目をやった。
その時、一瞬だけ廊下に自分の両親の幻覚が現れた。
リリスは驚いてしまったいつもより少し長い瞬きをするとき、いつもと変わらない、普通の廊下があるだけだった。
だが、リリスにはそれが一年前の出兵前の見送りのときのように感じられた。
リリスは一人嬉しそうにうなずき、笑いながら扉を開いた。
「行ってきますっ!」
その力一杯笑った少女の笑顔は目を閉じたくなるほど眩しい白い光の中へ消えていった。
彼女の輝かしくも誰にも知られず、これからも知られないであろう軍歴は、こうして静かに幕を下ろしたのであった。
終わり
ご愛読ありがとうございました。
次回作は誠意構想中です。
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