旅のおしまい
参謀本部炎上から数日後。
戦勝ムードにロディーヤ帝国のの国民は湧いていた。
戦争が終わったことにより、リリスたち少女は別々の道を歩み始めることとなる。
参謀本部が燃えた夜から数日後、ロディーヤ帝都のチェニロバーンのとある広場にて男の大音量の声が街に響いていた。。
広場には演台が用意され、色とりどりの花が飾られている。
演台に上がっていたのはロディーヤ帝国の皇帝陛下スィーラバドルトだった。
顔の彫りが深く白いひげを蓄えた陛下は大元帥らしく厳かな軍服に身を包んでいる。
彼は演台で雄弁に、勝利に湧く民衆たちを喜ばせるような演説をしていた。
「今日七月二十日っ!ついに聖業は完遂させられたっ!約一年続いたテニーニャとの戦争は幕を降ろしたのだっ!
ダイカス政権は崩壊し、テニーニャ共和国の全権をロディーヤに受け渡すとの条約を受諾し締結されたっ!テニーニャは軍の解体を決定っ!!脅威はもはや去ったっ!!敵国は完全にロディーヤの支配下に置かれたのだっ!!
戦争は今日っ!この日を以て完遂せしめたりっ!!」
皇帝の熱のこもった演説にロディーヤのミンジュンたちは歓声を上げる。
「そして我が国にも平穏が訪れるっ!帝都の戒厳令は解除され、陸軍参謀総長の自主的な意志により『白の裁判所』は解体されるっ!
もう忌まわしき空襲警報に怯える必要もないっ!勇猛に戦った兵士たちは戦地から実家へと帰り再び平和に過ごせるのだっ!!
ロディーヤへ抵抗したテニーニャの罪は重い、大統領や官僚、軍の高給参謀たちはすべて赦されざる戦争犯罪人として厳しく処罰するっ!!奴らに代償を支払わせるのだっ!!」
民衆たちはすっかり戦勝の熱気に沸き立ち喜んでいる。
何万人と集まっていた民衆たちの歓喜の声は空高く、天を震わすかと思わすほどの大歓声だった。
戦勝国となったロディーヤはテニーニャを完全な支配下に置き、扱いは完全に属国だった。
「テニーニャの占領軍の総指導者はこの大戦で多大なる武功を収めたダッカシンキ・ギーゼを元帥とし、着任させるっ!
ロディーヤは戦勝国となったのだっ!!正義は我らに在りぃーーっ!!」
その皇帝が叫んだ瞬間、民衆から「皇帝陛下万歳」の声が幾度も響き渡る。
蠢く民衆は戦地の苦労も知らずにただひたすらに喜んでいた。
その沸き立つ広場の端で野戦服姿のリリスとワットとクザイコは会話をしていた。
「二人とも、これからどうするの?」
リリスの問いに二人は答える。
「あたいはまだ少女兵として頑張るぞ、クザイコもそうだろ?」
「あぁ、まだこの社会に馴染めそうにないしな、しばらく軍社会にいたほうが良さそうだ」
「そっか」
リリスは納得したように笑うと逆に二人からの質問が来た。
「そういうリリスはどうするんだ?」
「私はもう除隊届けを出したから今日で軍歴も終わり、故郷に帰って静かに農業を営んで暮らすよ」
「そうか、でも家も親もなくて大丈夫か?」
「うん、実はギーゼ元帥と同郷なんだ。
あの人の実家が近くにあってそこに住まわせてもらうことにしたの、元帥の両親は帝都住まいで呉服屋をしてるみたいだから実質無人でその家の世話も兼ねてね」
リリスはそう言うとウインクをする。
「なら安心だな、時々連絡してくれりゃぁ突撃訪問するわ、『突撃』だけになっ?アッハハッ!軍人ジョークだ気にするな」
ワットはリリスの肩に手を当てて高らかに笑う。
クザイコは呆れ気味に、リリスは作り笑いで応えた。
そして別れのときは来た。
二人はリリスに手を振りながら去っていく。
「またなーっ!!」
「うんっ!!またぁーっ!!前見ないと危ないよーーっ!!」
ワットとクザイコは笑顔でリリスを見つめながら去っていく。
リリスは二人が民衆の中に消えるまで手を振るのを止めなかった。
「さてと…」
別れをしみじみと感じながら、リリスは近くのベンチへとゆっくりと歩み寄る。
ベンチに座っているのはかつての戦友である航空隊のイーカルスとシュトロープの二人が仲良く雑談に興じていた。
リリスはシュトロープの背後へとにじり寄り肩を叩いた。
「おまたせっ!」
「おおっ、リリス。
もう部下とは別れたのか?」
「うん」
ベンチの裏に立っている少女に対しイーカルス少佐は大きな口を開けて笑う。
「あははっ!』リリスの部下』と『リリスの戦友』同士合わせるとちょっと気まずいからなっ!大人しくここで待ってて正解だったぜ」
リリスは頬を掻いて少し呆れ気味に笑った。
「リリス、お前が除隊したって聞いて私も航空隊を除隊させてもらったぞ。
リリスの故郷で共に過ごしたい。
あの地獄の惨禍のなか、お前と一緒に終戦を迎えられたのはなにかの運命だと思うんだ」
「う、うん…いいけど…でもハッケルもいるよ」
「えっ?なんでだ?」
「う〜ん、まぁ私があの人に罪を贖えるように付き添いって感じかな、多分一人じゃ生きていけないし、自殺なんかさせたくないし」
リリスとシュトロープの会話内容にイーカルスはついていけず、首を傾げる。
「ふたりともなんの話をしてるんだ?」
二人は何も知らないイーカルスの言葉に笑ってごまかした。
すると
「少佐殿っ!!ホテルで将校クラブのパーティーが開かれてますよっ!!イーカルス少佐もぜひっ!」
突如数人の青年がイーカルスに駆け寄ってきた。
ロディーヤの航空隊の飛行服である薄茶色のつなぎを着た青年たちだ。
「おう、今行くぞ」
少佐はその青年たちと共にあるき出した。
「じゃあなリリス少尉っ!シュトロープっ!
俺にも新しい持つべきものができたんでなっ!また会おうぜっ!」
イーカルス少佐は爽やかな屈託のない笑顔で二人へ手を振りながら歩いて去っていった。
少佐のそのたくましい背中を二人は物寂しそうに見つめていた。
「じゃあ、帰ろうか。
おっと、シュトちゃんにとっては初見だね」
「そうだな、駅で待っててくれ。荷物を家から持ってくるから」
「うん、待ってる」
待ち合わせの約束をとりつけリリスは帝都の大きな駅へと向かった。
駅の構内に入るとリリスは行き交う人の群れの中、背の高い黒髪ロングの少女を見つけた。
「あっ、ハッケルちゃんっ!見つけたっ!!」
かつて参謀総長だったハッケルは構内の大きな柱に寄りかかっていたが、リリスを見るなり姿勢を正した。
彼女は参謀総長だった頃の軍服を脱ぎ、一般市民と何ら変わらない服装に、コート着込んでいる。
「ふふっ似合ってるよハッケルちゃんっ」
「そうか…?…嬉しいぞ」
色合いは薄く質素であったが、十分似合っていた。
そしてそこに野戦服を着て大きな革のケースを引っさげたシュトロープがやってきた。
「ふぅ〜…待たせたな、それじゃあ行こうか。
リリス、…ハッケル」
「…あぁ」
ハッケルに以前のようなカリスマや凛とした性格は感じられず、穏やかで、マイルドな雰囲気をまとっている。
三人はやってきた列車に乗り込み、客車内の席に向かい合って座る。
もこもこした肌触りの椅子が、リリスたちの腰を包み込んだ。
汽笛がなるとその列車はガタンゴトンと音を立てながら線路上を滑り始めた。
帝都は未だに色めき合って戦勝を喜び合っている。
そんな景色の中を列車は進んでいく。
「ハッケルもだいぶ穏やかになったな…リリスと過ごして影響されたか?」
「…どうかな、それもあるかもしれん。
あとは単純に…燃え尽きだんだ、全てをやりつくしてな」
ハッケルからは以前のようなような覇気は感じられない。
大人しくなった彼女にシュトロープは新鮮さを感じながら列車に揺られていた。
景色は帝都の町並みから、人工物が殆ど無い大自然、そして田舎町へと移り変わった。
リリスたちが目的の駅につく頃には乗客はほとんどいなかった。
三人は小さな駅のホームに降り立つと、舗装されていない道を歩いていった。
「あれが私の家」
歩きながらリリスは一軒の潰れように倒壊している家屋を指さした。
庭や畑は雑草が伸び放題になっており、廃墟同然の家は草に蝕まれていた。
「…悪いことしたなぁ」
ハッケルは謝罪をするときの顔でリリスに言った。
「…過ぎたことですから」
リリスはその家に近寄り、壊れかかった白い木の柵に近寄った、そしてその柵にかかるボロボロの軍帽を手に取った。
「リリス…それは…?」
「…私の大切な人の軍帽だよ。
…帰ってきましたよ、ルナッカー少尉」
リリスはその軍帽を胸に押しあてて目をつむると一筋の涙が頬を流れた。
リリスはそれを頭に被ると涙を拭いて二人に向かって笑顔で呼びかけた。
「さっ!目的地までもうすぐだよっ!先を急ごうっ!!」
その天使のような笑顔を向けられた二人は自然と表情が緩む。
三人は仲良く揃ってリリスの故郷の道を進んでいく。
リリスの人生とハッケルの贖罪のための人生はまだ始まったばっかりだ。




