夜空を照らし、焦がすよう
親衛聖歌隊の幹部やその指導者が自殺した。
聖歌隊は実質崩壊し、その権力を失ったのだ。
そしてボルタージュは侵攻してきたロディーヤの支配下に置かれることとなった。
会議堂のドーム状の建物の頂点にはロディーヤ軍旗の白百合の旗が風になびかれはためいている。
そんな会議堂の正面から堂々とその三人は現れた。
リリス、ワット、クザイコは会議堂の正面の鉄柵の大きな開かれた扉からゆっくりと並んで出てきたのだ。
占拠された証の旗が揺らめくボルタージュの町中、会議堂前の通りで食料などを強奪していた占領軍のロディーヤ兵たちも思わずその三人の登場に手を止めた。
リリスは立ち止まり、凛とした表情で空を見上げる。
「終わった…やっと終わらせられた…その戦争を…
…みんな…ありがとう、私を支えてくれて」
リリスは空には微笑みかけるように目を細くすると自然と涙が溢れ出た。
その様子を見ていたワットたちも足を止め言う。
「何だよ、してやったみたいな顔しちゃってさ。そんなに嬉しいか?」
するとリリスは視線をワットへ向けて言う。
「そう簡単に叶うなんて思ってなかった。
私が追っていたのは『夢』だったから。
色んな人…本当に色んな人が私の背中を支えてくれた…没していった戦友たちにいつか、堂々と報告できる時が来ると思ったら楽しみになっちゃってさ…」
「もう死後の話してんのかリリス、ちょいと気が早いなんてもんじゃねーなぁ」
クザイコは手を頭の後ろに組んで笑う。
三人の笑顔は達成感で溢れていた。
「さぁ、帰ろう。
久しぶりの祖国へ」
空は青々と澄み渡り、太陽はそんな世界を祝うかのように高く昇って少女を照らしていた。
やがてリリスたちは首都近郊へと向かうとそこで自分の連隊や他の部隊とも合流した。
リリスたちはそこで輸送車の荷台へと乗り込んだ。
何十台も列を成して輸送車は平原の道を進む。
荷台のロディーヤ兵士たちはほとんどが顔を赤らめて戦勝の喜びを分かちあっているようだった。
設置されていた榴弾砲ももう必要なくなった。
兵員を運ぶ輸送車に牽引されている。
ワットとクザイコは荷台で座り込んで話している。
リリスは一人、荷台の上に立って景色を眺めていた。
「お前らっ!!此処から先が旧国境だっ!!祖国だぞっ!!」
長い長い長蛇の列の輸送車が祖国の境界に差し掛かったようだった。
すでにテニーニャはロディーヤのものだ。
一国を取り入れたことにより国土は広がり、もともとの国境は古いものになっていた。
一人の陽気な兵士の一声によりロディーヤ兵士たちは手を叩いたり歓声を上げて喜んだ。
やがて火は傾き初めて空は茜に染まり始めた。
その頃には輸送車の列はロディーヤ帝都のボルターへと帰還していた。
町の通りを凱旋する有に輸送車の列がゆっくりと進む。
帝都の市民たちは通りの建物の二階や屋根から紙吹雪を撒いたり、白百合の大きな旗を降ったりして帰還を喜んだ。
通りの人々は輸送車の荷台の兵士に手を降ったりしている。
「かあさんーっ!!」
「ジャンレーヌっ!!」
リリスの前の輸送車の荷台に乗っていた兵士が突如飛び降りて群衆から飛び出て来た女性に抱きついた。
二人は固く抱き合って再開の涙を流しているようだった。
「家族に会えた見てーだな」
ワットは何気なくそう言った。
リリスは少し表情を曇らせた。
「いいなぁ〜…」
さり気なく言った言葉は誰にも拾われることはなかった。
リリスは一人、若干の寂しさに包まれていた。
兵士たちは荷台から時々降りると家族と思わしき女性や小さな子供たちと抱きついたり、若い青年兵は恋人と熱いキスを交わしたりしている。
オレンジ色に染まる太陽からの熱い光はリリスの身体を黒い影絵のような逆光にしてしまった。
その背中からは十分すぎるほどの寂寥感が滲み出ていた。
夜になっても広場や通りの熱気は冷めなかった。
人々は酒を飲み交わし、同席している帰還兵からの武勇伝を聞き、意味もなく笑っている。
大きな噴水がある広場にいたりリリスとワットとクザイコはベンチに座っている。
「リリスはこれからどうするんだ?」
「…私にはまだやることがあるから」
するとワットとクザイコは顔を見合わせて「そっか」と笑った。
だがその和気あいあいとした雰囲気は一人の女性の悲鳴によって打ち消された。
「キャァァーーーっ!!」
一人の布を裂くような悲鳴に広場の人々は目線を集める。
「おいっ!何だよあれっ!!」
人々は一斉に指を指し指し始める。
リリスたちもそれに釣られるように目線をそっちに合わせる。
「なっ…!あれは…っ!」
リリスの目線の先には不可解な景色が広がっていた。
真っ暗な濃紺の夜空の一箇所が、まるで夕暮れ時の茜空のように赤く染まっていた。
「火事……っ!?あそこは…っ!参謀本部っ!!」
広場付近の建物の峰からチラチラと火柱の先端が見え隠れしており、まるで夜空を焦がすかのような勢いだ。
黒煙が立ち上り、嫌な匂いが鼻につく。
リリスたち三人は立ち止まる民衆の中を走り出した。
(まさか…まさか…っ…まさかっ!!
死なせてたまるもんか…っ!死なせて…っ!!)
リリスは疲れ切った身体を動かしながら走る。
炎上する参謀本部へ向かって。
燃える参謀本部にはすでに大勢の群衆が集まって野次馬のように眺めていた。
「何だ何だ…!一体どうしたんだ?」
「わからねぇ…突然燃えだしたんだとよ、せっかくの戦勝の日なのに縁起わりーなぁ」
会話する野次馬の中を縫うようにリリスたちは進む。
そして民衆たちを出し抜くとワットとクザイコの他に、ロディーヤ航空隊の飛行服を着たイーカルスとシュトロープが立っていた。
「あれ…シュトちゃん?イーカルス大尉っ!」
名前を呼ばれた二人は久しぶりのリリスの顔を見て驚く。
「リリスじゃないか…ここで会うとは…」
「リリスっ!俺はもう大尉じゃねぇ、少佐だっ」
「そ、そんなこと今はどうでもいいよ…っ!!」
リリスは真っ赤に燃える本部を見る。
「ゔっ…目が焼けそう…」
本部は建築の基礎部分だけを残すように真っ赤に燃えている。
あたりには火災の際に散らばったガラス片のようなものがキラキラと光って散乱しており、本部全体を包む火炎が空高く昇っている。
「まだ人がいるんですか…?」
リリスは近くの野次馬の一人の男に尋ねた。
「あ?あぁ、本部勤務の奴らは無事らしいが、参謀総長と連絡つかないらしい」
「っ!?」
リリスが驚いた顔をするとシュトロープも同様の表情をした。
「自殺だ、リリス。
あの忌まわしい計画もろとも焼身する気だぞ」
シュトロープの話を聞いたリリスは思わずつぶやく。
「いかなきゃ…っ!!」
リリスは突発的に駆け出した。
だがすぐに彼女の腕を掴んだシュトロープが止めに入る。
「行くなリリスっ!あんなヤツ助けて何になるっ!!」
「なんにもならないっ!だけど死なせちゃいけないっ!!」
「っ…!」
シュトロープは不服そうにリリスの腕を掴んだ手を離す。
するとリリスは微笑んで言った。
「私も参謀総長も、必ず戻って来る。
…一応念のために伝えておくね」
「えっ…」
リリスはシュトロープに耳打ちをした。
五秒ほどの耳打ちの後、シュトロープは納得したように頷いた。
「…わかった、待ってる」
「…お願い」
リリスの笑顔は真っ赤な火炎に照らされている。
その時、本部の一角が炭となって崩れ、野次馬から小さな悲鳴が上がった。
「いかなきゃ…」
リリスは燃え盛る本部の入り口へと走っていった。
イーカルス大尉やワットたちの静止も聞かず、彼女は炎の中に消えた。




