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そして誰もいなくなるか

エロイスたちの部隊もついに降伏した。

最後まで戦っていた防衛部隊が降伏したことによりテニーニャ共和国は完全に降伏したのであった。

エロイスは捕虜となり、ロイドとオナニャンは戦場で自決をした。


テニーニャ共和国降伏の報はロディーヤ帝国皇帝のスィーラバドル陛下にも伝えられた。


宮殿で犬をなでながら厳かな軍服姿の顔の堀の深い男は部下からの報告に驚愕した。

 

「なんだと…っ!!テニーニャ共和国が降伏したっ!?」

「はい、大統領が降伏文書に署名し首都の受け渡しを公認したと…」


その報告に皇帝は戸惑う。


「馬鹿な…敵都にはまだ攻撃を仕掛けていないし、そんな文書私は出していないぞ」

「それが…現場ではどうやら『夏の聖戦作戦』と呼ばれる作戦が実行されていたみたいで…

あたかも首都を攻めているかのように錯覚させて大統領を脅して降伏させたらしいです。

結果的にボルタージュを無傷で降伏させることに成功したんですよ、ロディーヤ軍の損害もほとんどありません」

「何っ!参謀本部も司令部も皇帝の私も抜きで何勝手なことを…っ!」


その言葉に皇帝は少し憤ったが、結果的な戦果を考えると冷静になった。


「だが…よく考えると手軽に大戦果を収めてくれたわけだ…まぁ、黙っていよう。

それでその作戦の立案者は?」

「それが…詳しくわかっていないんです、現地とも連絡を取っているんですが頑な誰も教えようとしなくて…」

「それはもったいないな…その人物だけの勲章でも作ってやろうと考えたが…まぁ本人の意向かもしれない、これ以上の詮索は野暮ったいな、現地の兵士たちの結束が生んだ奇跡ってことにしておこう」

「首都決戦を避けられた功績は大きいですね。

無駄な犠牲もない、ボルタージュはほぼ無傷で獲得、まさに『聖戦』。

どんな人が立案者かはわかりませんけど、相当の聖人でしょうね」


すると皇帝は高笑いをして部下に言う。


「はっはっはっ!それではまるで武力を持っていた首都を占領しようとしていた私が悪魔みたいじゃないかっ!」


部下は慌ててその発言の不味さに気づいたが、陛下は特に気にせずに笑っているようなので、苦笑いでやり過ごした。



参謀本部の執務室にていつもの執務机に座っていたハッケル参謀総長はボルタージュ陥落の報告をすでに聞いていた。


「私の夢もこれで終いか…儚かったな」


哀愁めいた微笑みで彼女は笑っていた。


白いカップを持って、残っていたコーヒーを見つめる。


「…ルミノスが入れてくれたコーヒーも、あと一口か。

…負けたかな、勝ったかな、ルミノス。

もう報告の時間は過ぎているぞ」

 

ハッケルは寂しそうにコップに唇を当ててコーヒーを喉に流し込んだ。


「美味しいな、ルミノス…君のコーヒーは格別だ」


感傷に浸るようにてつぶやくハッケル。

その目はどこか寂しそうな目をしていた。



その一方のボルタージュでは。

無血陥落したボルタージュにロディーヤ軍が次々とやってきた。 


市民は逃げ出し生活感あふれる首都に掲げられた親衛聖歌隊の黒矢十字の旗は外されました代わりにロディーヤ軍旗の白百合の旗が掲げられた。


占領し始めたロディーヤ兵士たちは通りの店に侵入し食料などを外へと持ち出して略奪をする。


戦意を失った民兵たちもやってきたロディーヤ軍の前にして降伏した。



その一連の様子を親衛聖歌隊本部のグラーファルのいる部屋の展望窓からスニーテェは見下ろしていた。


「どういうことです…?なぜロディーヤ軍が首都に…決戦は終わっているのですか…?」


スニーテェはなにが起こっているのかわからなかった。


それはメンルルーもカーペも同じであった。


その時、卓上の電話の受話器を持って会話をしていたグラーファルは突如立ち上がる。


「なんだと…ダイカス…どういうことだ…っ!」


珍しくグラーファルは語気を強めて迫る。

会話の相手はダイカス大統領だった。


「言葉通りの意味だ。

俺がやってきたロディーヤ兵から差し出された降伏文書に署名した。

これでボルタージュは守られたんだ」

「バカを言うな…っ!まだ首都決戦はまだ始まったばかりだろう、もう会議堂にロディーヤ兵がやってきたのか…!」

「そうだ」


グラーファルはメンルルーたち幹部三人が見つめる中、ゆっくりと椅子に腰掛けた。


「しかも女だった、まだ二十歳もいっていない少女兵にだ。

…その女にテニーニャは敗けたんだ。

…もはや大統領の権威の効力も親衛聖歌隊も意味を持たなくなった。

いずれ本格的にロディーヤがこの首都を支配し始める。


終わりだグラーファル、全て終わったんだ」


大統領のその言葉を聞きグラーファルは受話器を引きちぎって壁へと投げた。


「腰抜けが…!何してやがる…敗北主義者が…!」


珍しく怒りをあらわにするグラーファル。

だがやがて落ち着いたように静かになった彼女は三人の幹部に言う。


「…もう逃げられない、ロディーヤ軍は我々の退路を完全に塞いだ。

…フゥーミンのように逃げなかったからには覚悟は決まっているんだろう」


三幹部は微笑む。


「当然っス、私たちにはここしかないっスから」


メンルルーの次にカーペが言う。


「自分も当然っ!!好き勝手やれて楽しかったからよぉ、殉死しかしたくねぇよなぁ」


嬉々として語るソファに座っているメンルルーとカーペ。  

最後にスニーテェがグラーファルの座る机喉に前に立ち、主に支える執事のように言う。


「グラーファル様、私は貴方に支えることができて幸福でした。

貴方様にならついていきたい、天国な果てまで追従させていただきたい、そう思えました。

私は理解してしまいました、貴方様の側に入れる時間が、人生で最も幸せなときだと、これ以上の幸福は訪れないと理解しました。

…もう私は満足です、閣下」


するとスニーテェは懐から一丁の拳銃を取り出した。

それと同時にメンルルーもカーペも同じ型の拳銃を取り出した。


「覚悟はできています、閣下。

私の拳銃に二発弾丸があります。

私の事後に、ぜひお使いください」


するのグラーファルは三人に言う。


「遺書は書かなくていいのか?」


するとスニーテェは笑って答える。


「遺す相手も、意味もないですし不必要です。

死後どんなふうに私達が扱われようがそんなのどうでもいいことです。

この世にもう用はありません」


スニーテェは持っていた拳銃をガチャっとスライドさせコッキングすると銃口をこめかみに当てた。


「では、また後で」


スニーテェは初めて糸目ではなく、ちゃんと薄目ではあるが目を開いて笑っていた。

真っ赤な燃えるような瞳であった。


引き金を引いた瞬間、バンッ!という銃声と共にスニーテェに倒れた。


拳銃の落ちる重い音と、空薬莢が床に転がる音が響く。


グラーファルとメンルルーとカーペはそれをじっと見ていた。


「じゃあ、私達も…」


メンルルーとカーペはお互いに銃口を向けあった。


「…ロンパリだとか言って悪かったっスね」

「今更謝罪?遅っそ。

別にもう気にしてねぇから、弱点はキャラクターになるってわかったから」

「そっか。

じゃあ、せ~ので」


メンルルーとカーペは笑い合っていた。


そして息のあった「せ~の」と喋った瞬間、向けあった銃口から弾丸が飛び出した。


弾丸は行き違い、二人の額へと命中した。


ソファ一杯に血が広がる。 

メンルルーは机に伏せ、カーペはソファにもたれるようにぐったりとしていた。


みるみる血が袋からあふれる水のようにボチャボチャと滴る。


流血の音だけが聞こえる執務室でグラーファルは席を立った。


そしてスニーテェが自殺したときに用いた拳銃を拾い上げる。


念の為弾倉を外して見てみると彼女が言っていた通り、一発だけ残っていた。


「…」


グラーファルは弾倉をセットし、銃身をスライドさせた。


「…長い…夢だったな」


グラーファルは拳銃を持って再度執務机に座った。


そして顎の下に銃口をくっつけ、目を閉じて引き金を引いた。


バンッ!


乾いた音と空薬莢が落ちる音が聞こえる。


グラーファルは拳銃を落とし、そして力なく見慣れた執務机に伏せ込んだ。

うつろな目で口からは血を垂れ流す少女の命は露と消えた。


そして誰もいなくなった。

静かになったグラーファルの執務室には、もはやなんの音も聞こえない。


親衛聖歌隊は幹部とその指導者の集団自決を以て崩壊したのだった。

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