最後の防衛部隊、降伏
戦争が、終わった。
たった一人の少女によって。
リリスはテニーニャ共和国大統領のダイカス大統領に降伏文書に署名させることに成功したのだ。
『夏の聖戦作戦』は大成功。
首都決戦を回避し犠牲者を一人も出さずに陥落させたのであった。
ボルタージュは正式に陥落した、
リリスたちがボルタージュで大統領を降伏させた時、ギーゼをとルミノスは未だに刃を交えて戦っていた。
お互いの息は荒い。
ギーゼもルミノスも、白刃戦によって身体中が斬りつけられ血を流している。
「ハァ…ハァ…ハァ…」
「フゥー…フゥー……」
空気を吸って吐いてを繰り返す二人。
ルミノスの握る二本のサーベルとギーゼが握る仕込み刀には相手の血が付着していた。
ルミノスはギーゼに言う。
「ケツ穴締めろ…死んでクソ漏らさないようにな…っ!!」
気迫あふれる表情でギーゼへと走ってくる。
そんなルミノスをギーゼは全く目を瞑り動かずに待った。
そして刃を自分の頭上へと掲げサーベルを振り下ろそうとした瞬間、ギーゼは目を開き右斜め上に仕込み刀を降った。
スパッ
軽い音と共にルミノスの顔面に刀身があたった。
ルミノスの鼻筋と左目はスパッと紙で指を切ったように切れた。
「グッ……っ…!!」
ルミノスはサーベルを振り下ろすのをやめてしまった。
「が…ァっ…っ!!
ちっ…畜生ぉーーっ!!!このっ!!クソガキァァーーーっ!!!」
ルミノスの切れた左目の眼球はみるみるうちに血が出てきて白目を赤く充血したように染めた。
そしてあふれてくる血が涙のようにこぼれ始めた。
だが、痛みで判断が遅れたルミノスよりギーゼのほうが動きは早かった。
ギーゼは足を一歩踏み出すとルミノスの胸のあたりへ向け仕込み刀を突き刺して。
「あ…っ…」
突然の出来事に言葉が出ないルミノス。
だが次の瞬間には口からは血を吹き出して持っていたサーベルを落とした。
ギーゼが刀を引き抜くと、ルミノスはよろよろと後退し、それから血があふれる胸を抑えながら後ろに倒れた。
「ごふっ…っ…ごぼ…っ…ごぶ……」
血の泡を吹きながら倒れているルミノスにギーゼは近づいた。
「心臓を一突きしてやろうと思ったんだがな…お前が動くのが悪いんだぞ」
ギーゼの言葉にルミノスは相変わらずの口調で話す。
「馬鹿が…動かない的があるかよ…ちゃんと…狙えよ三流…」
ギーゼはただただ立ってルミノスの最期の時を見届けようとしていた。
「…お前の死因は簡単だ、唯一つ、全力で私に勝とうとしなかったからだ、根性が足りなかったな」
「ハっ…根性かよ…頭が球児の貴様じゃあわからないのも無理ないな…ちゃんと…信条を持って…本来ならとっくに首吊ってた私に手を差し伸べてくれた人に報うべく生きる素晴らしさがわからないのも」
ルミノスは余裕そうに笑う。
「参謀総長殿の心臓で良かった。
神様で良かった 贖罪で良かった。
相判預かれて良かった。
…もう後顧の憂いもない、あとは楽土を夢見るだけだ、ようやくやってくるぞ、地獄とともに、楽園が」
その言葉にギーゼは淡々と反論する。
「お前が見るのは冥土だ。
とっとと十万億土を踏みやがれ」
するとルミノスは笑ってこの世に言葉を残した。
「私には…私なりの救世主が欲しかった…それがハッケル…ただ、貴方だった。
楽園で…待ってます、ハッケル」
ルミノスは左目の切れた眼球から血の涙を流すように、右目から透明な血を流した。
それは空高く登った太陽の光に反射してキラキラと光っていた。
「…結局私は、お前の人生を最後まで理解することができなかったよ。
同じ境遇で育ったのなら、私もこの女…いやこの男と一緒だったのかもな。
ま、もうどうでもいいが」
ギーゼ反射して近くにあった杖の仕込み刀の鞘を取ると納刀し、普通の杖として持った。
彼女はその場から立ち去ろうと思いあるき出したがふと振り返ると戻ってきた。
そして草原の草の中に沈んでいたサーベルを二本拾うとルミノスの死体の頭上の地面に突き刺した。
「お前の刀で立てた墓標だ。
死人に敵も味方も無い、平等に弔ってやらないとな。
これもついでだ、とっておけ」
ギーゼはそう言って自分の杖も地面へ突き立てた。
手ぶらのギーゼはそよぐ風で草が鳴り、ざわめく草原の中、ルミノスに背を向けて去っていった。
ルミノス・スノーパークはその草原の地にて没した、壮絶な人生が幕を下ろしたのだ。
立ち去って行ったギーゼに一人の青年兵が駆け寄ってくる。
「うわっ…大将…どうしたんですか…その傷…」
青年はギーゼの身体中の刀傷を見て驚愕する。
「獣と戦ってな…。
それよりどうした?」
すると青年は嬉しそうに語り始めた。
「はいっ!『夏の聖戦作戦』完遂ですっ!!
見事っ!リリスがボルタージュを陥落させましたっ!!大統領が降伏文書に署名したとのことですっ!!」
それを聞くとギーゼは微笑んだ。
「リリスめ、とうとうやり遂げたか、一国の首都を無血で降伏させたか…っ!」
さすがのギーゼも嬉しそうに微笑む。
するとその上空を役目を終えたロディーヤの複葉機、グリーンデイの編隊が去っていく。
「お〜、グリーンデイの編隊か、手を振れ手ぇ、今宵は祝賀なんてものじゃないぞ」
大将は被っていた軍帽の唾をもち手旗のように振って緑色の航空隊を見送った。
一方、最後まで防衛を続け、戦闘をしていたエロイスたちの部隊は突如、攻め込んできたロディーヤ軍の猛攻が止んだことに違和感を抱いていた。
「…?突然ロディーヤ軍の攻撃がやんだわ…どうしたのかしら」
崩れかけの民家の塀に身を潜めていたロイドはエロイスとオナニャンの顔を見ながら言う。
三人とも土や埃で汚れていたが怪我はなさそうだった。
その時、頭上から航空機のエンジン音が聞こえてきた。
「この音は…グリーンデイ…っ!!」
エロイスが伏せるように二人に言った。
すると案の定、グリーンデイの編隊が空を飛んだ。
だがその航空隊は銃撃するでもなく、ただきれいに編隊を組んで空を飛んでいただけだった。
するとそのうちの戦闘の機体、つまりイーカルス少佐が操縦する機体から紙の束が投げ捨てられた。
「それっ!戦争は終わりだっ!」
イーカルスの掛け声と共に投下された紙はロディーヤ軍とエロイスたちのテニーニャ軍へと降り注いだ。
その紙の雨はエロイスたちにも降り注ぎ、そのうちの一枚をオナニャンがキャッチした。
そこにはこう書かれていた。
オナニャンは読み上げる。
「『大統領は降伏した、首都ボルタージュは降伏し、お前たち以外の全ての部隊が降伏した。
武器を捨てテニーニャ軍は戦闘を中止せよ』…そんな…っ…まさか…そんなはずはないのです…っ」
オナニャンは自分で読み上げてつらそうな声で紙に書かれている文言を否定した。
しかしリリスにはわかった、それが現実のものであると。
最後まで抵抗の意志を見せ首都近郊で軍務についていたエロイスたち、他のテニーニャ兵士たちは降り注ぐ降伏勧告の紙の雨の中、静かに佇んでいた。
「…敗けたんだ、テニーニャは」
エロイスのその言葉にロイドは言う。
「そんなの嘘よっ!!罠だわっ!!テニーニャが優勢だから相手はこんな手のこんだことを…っ!!」
ロイドは必死に言うがエロイスは悟ったように笑っていた。
「ロイド…っ…わかってるんでしょ…?
もう…終わったんだよ、何もかも」
エロイスは持っていた半自動小銃をその場に捨てた。
そして塀の影から両手を挙げながら姿を現していった。
「……っ!!!」
ロイドはエロイスの行動に驚いてしまった。
エロイスは降伏したのだ。
両手を挙げながらやつれた表情でロディーヤ軍へと近づいていった。
それを見るなり、他のテニーニャ兵士たちも次々と物陰から武器を捨てて両手を挙げ降伏の意図を示した。
中には汚れた白旗を振りながら降伏するものもいた。
オナニャンは降伏したエロイスの背中をただじっと見ていた。
やがて男のロディーヤ兵がエロイスへと近づき半ば強制的に地面にはひざまずかせた。
ロイドはただひたすらは顔に手を当ててすすり泣いていた。
「ロイド…っ」
「…ごめん…っ…オナニャン…私だってわかってる…でも…現実だからって何でもかんでも受け入れられるわけじゃない…」
するとオナニャンは覚悟を決めたようにロイドに言った。
「…うちは降伏なんかしないのです、最後まで勇敢に戦った兵士は最後まで戦い尊厳を守るのです」
オナニャンは体育座りで泣いていたロイドの肩に手を乗せた。
「あの民家に地下室があるのです…そこでうちは死ぬのです、ロイドはどうしますか?」
ロイドは一旦泣くのを止めると自分の包帯巻きの手をじっと見る。
「戦争は終わった、こんなボロボロの…ケロイドだらけの私なんか…戦場でしか生きていけなかった…それももう…終わり…。
…もう…辛い思いはしたくない…私は…オナニャンと一緒に…死ぬよ。
…お姉ちゃん失格だなぁ…妹を置いて死ぬのだけが…唯一の心残りだ」
オナニャンは微笑むと二人は戦場で固く抱き合い背中をさすりあった。
こうして最後まで抵抗を続けていた防衛部隊も降伏し、テニーニャは完全に降伏するのであった。




