滅びゆくこの国で
エロイスたちは首都防衛のための一つの部隊としてボルタージュ近郊に配備された。
もうあとには引けない彼女たち。
だが迫るロディーヤ軍は占領地では放置された強制収容所を発見し、親衛聖歌隊の蛮行が白日の下に晒された。
ロディーヤの帝都チェニロバーンの一角では人々が新聞の号外を開いて激高していた。
声高に怒りを口にする市民たち。
新聞紙の記事には白黒の写真とともにテニーニャ軍の蛮行に関する特集が組まれていたのだ。
『テニーニャ軍、強制収容所でロディーヤ人を大量虐殺』
『親衛聖歌隊、野蛮な戦争犯罪におよぶ』
写真にはロディーヤ人とされる吊るされた死体や大量の人骨の山などが写されていた。
「何だこれはっ!」
「『ボルタージュに住まうロディーヤ人を集めた収容所で大量の人骨が見つかる』…なんということだ、テニーニャ人は野蛮な民族だな」
「テニーニャを許すなっ!ロディーヤ政府もテニーニャ人を集めて殺せっ!!」
怒りに任せて暴言を吐く人の中にいた丸メガネの二十歳ぐらいの男が言う。
「中には共産主義者とかテニーニャ人の女子供もいるらしいって噂だけど…」
するとそばにいたたくましい口ひげの持ち主の一人が言った。
「そんなのはどうでもいいっ!あの野蛮人どもめっ!臣民たるロディーヤ人を殺すなんて信じられんっ!!」
ガヤガヤと騒ぎ立てるロディーヤ国民たち。
人々は顔を赤くして新聞紙を握りしめる。
紙面いっぱいに打たれた文字を読めば読むほど人々の反テニーニャ感情は煽られていった。
一方、テニーニャ首都ボルタージュでは女や子供や老人たちが貨物列車の荷台に乗り込んでいた。
駅ではなく、線路の集まる場所に停車している荷台に乗り込む人々。
「もうすぐココも攻められるらしいわ」
「いやねぇ、ここが戦場になるなんて…」
婦人たちはそんな会話をしていた。
彼女たちも荷台の人々の手を借りて中に乗り込んでいく。
まもなく首都が激戦地となる事を告げられ市民たちは列車を使って首都の外へと脱出していった。
首都はガランと人だけがいなくなったように閑散としている。
首都の大統領会議堂の前の広場では一万人弱の武装聖歌隊の褐色と黒の野戦服を着た十代程度の少年少女、成人の男性や女性などが隊を組まされ集められていた。
その隊の前方にいるのは小さな演壇と立てられたマイクが一本。
そして雄弁を振るう治安維持局局長のカーペが演説していた。
「億兆国民決起せよっ!!青年少女は前線で散々お前たちの生活を守っていたんだっ!!なにのうのうと勉強なんかしてやがるっ!なにせっせと働いてやがるっ!!子供も婦人も社会人も障害者も病人も全員戦えっ!!簡単だっ!引き金を引くだけだっ!違う軍服を着たやつを射殺するだけだっ!!お前たちは自分の意志でその服を着た!そうだろっ!!?剽悍たる民兵だろうっ!!?」
カーペが叫ぶと元市民の兵士たちは右腕を付き出し、甲を下に向けたまま拳を作る。
親衛聖歌隊式の敬礼だ。
「「戦争っ!戦争っ!唯一つの聖戦っ!!
閣下のが命じ我らが従うっ!!」」
地面を震わすほどの声量が響き渡った。
カーペは叫ぶ。
「お前たちの名前は永遠に刻まれるっ!誰ひとり取り残さずっ!死ねばより盛大に祀ってやるっ!!死ねっ!!閣下の為国のためっ!!歴史と国史の為にっ!その忠義の為に死ねぇーっ!!」
すると兵士たちは一斉に叫ぶ。
「殉死万歳っ!!閣下万歳っ!!テニーニャ万歳っ!!グラーファル閣下永遠なれっ!!民族大総統万歳っ!!!」
もはや狂信的な掛け声を発する民兵たち。
その様子を会議堂の大統領の執務室の窓から見ていたダイカス大統領はつぶやく。
「宗教、だな…まるで信者だ…あの…グラーファルめ、この国をおかしくした第一級の犯罪者め」
すると大統領の執務室の扉が開くと音がするとグラーファルの声が耳に入った。
「そのとおり」
大統領は振り返りまるで蛇に睨まれたカエルのように萎縮して震えだす。
「ぐっ…グラーファル…っ!?ちっ…違うっ!嫌味で言ったわけでは…!」
「はン、別にどうでもいい」
大統領は額の汗を拭いながら執務机に座る。
グラーファルはカツカツと軍靴を鳴らして近づき机の上に座る。
「こんな無礼、一年前じゃ考えられなかったな、大統領が直に座る机の上に座れるなど」
「クソっ…失敗だった…お前に私兵を持たせたのが間違いだった…おかげで俺の大統領という肩書はなんの意味も持たなくなってしまった…他の政治家や政党どももそうだ…っ!お前を批判したやつはすぐに襲撃され親族もろとも消された…っ!おかげでお前の暴走は誰も止められない…この俺でさえ止められなかった…っ!!このっ…独裁者めぇっ!!」
その瞬間、グラーファルは大統領のスーツの首の襟をつかんで片手で掴む。
「馬鹿を言うな私が暴走していると思うのであれば止めようと動けばよかったのだ、もしかすると民衆たちはお前になびいてくれるかもしれなかっただろう、私に怯えその弱腰を肘掛け椅子に収め続けて肥え太った豚モドキのままの時点でこの結果は当然のものだ」
襟を掴まれた大統領はその眼光と言葉で抵抗する意思さえ発揮できなかった。
ただ襟を掴まれ椅子に押し付けられている状態のまま彼女の言葉を聞く。
「敵軍は迫っている、首都近郊には残りの防衛部隊を配属、首都には民兵、そしてこの私。
お前の出る幕はない、さっさとこの場を捨ててどこかに逃げればいい、大統領の意地だとかプライドだとかなんとか語る価値も権利もない、さっさと荷物をまとめてこの会議堂から出ていけ」
すると大統領は怯えながらもはっきりと言い放った。
「ばっ…馬鹿にするなよ…たしかに俺はお前と比べて劣っている…だがそれは相対した結果であって俺は普通だ。
俺には軍の指揮権がある、質素な食事でいい、誰も味方になってくれなくていい…だがグラーファルっ!!頂点に立つものは常に責任が問われる!そして俺には責任があるっ!!お前を着任させここまで野放しにした責任がっ!私がこの国最大の権力者であり軍の統帥だっ!この首都から逃げるなんて事はしないっ!この国終わらせ方は私が決めるっ!!」
その覚悟の決まった大統領の表情は汗を流しながらも男の顔をしていた。
グラーファルは一瞬、その反論に驚くと静かに襟から手を離した。
そして机上から腰を浮かして立つと無言で背を向けて立ち去ろうとした。
すると大統領が「待てっ!」と言って彼女を呼び止めた。
「もう俺には何もない、死ぬのも怖くない。
今まで自分の命が惜しくてお前に命令できなかったが今はできる。
これから先…もうないかもしれないがもし私が命令をするのであれば大人しくて従うんだ」
するとグラーファルは鼻で笑う。
「お前に従う私の利点は?」
すると大統領は一息ついてから言った。
「お前の全権を維持できる」
「逆らえば権力剥奪と言うわけだな、報復は怖くないのか?」
「言っただろう、もう俺にはなにもない、死ぬのも怖くないと」
するとグラーファルはあからさまに不機嫌そうに舌打ちをする。
「死しか残ってない人間は目障りなものだな、大人しくロディーヤに首でも括られてしまえ」
その捨て台詞を吐くと彼女はその部屋をあとにした。
一人になった大統領は寂しそうに呟いた。
「俺はこの戦争を見届けなければならない、テニーニャ最期の時を見なければならない義務があるんだ…」
大統領は自身の座る机に顔を向けてうなだれる。
その声はわずかに泣いているような弱々しい声だった。
親衛聖歌隊本部の執務室に戻ったグラーファルは部屋に入るなり兵務局のスニーテェから報告を受けた。
「閣下、ボルタージュの北西の街にてテニーニャ陸軍とロディーヤ帝国陸軍が衝突、テニーニャ軍は奮闘虚しく痛み分け…」
「スニーテェ、もういい」
グラーファルがそう言うとスニーテェは残念そうな顔と口調で言った。
「…テニーニャ軍は一方的に砲撃され有効な反撃にも出られず全滅、残った兵士は投降した模様で連絡が付きません。
さらに北北東で警備にあたっていた武装聖歌隊中隊が移動するロディーヤ軍を視認、増援を送ると進言するも聞き入れず、中隊長が敵に攻撃を仕掛けるとの電報を打った後音信不通…約三百名、生死不明です」
絶望的な報告を聞くと彼女は表情を変えずに自分の執務机に座る。
「メンルルーは何をしている…?」
「はい、局と軍の通信記録の削除を行ってもらっています」
「…そうか」
グラーファルは頭を抱えて無言のまま座っていた。
末期が差し迫っている事がヒシヒシと会話内容から伝わってくる。
それは国の滅亡と親衛聖歌隊の終焉が近づいてくることを暗示しているのであった。




