欠陥品、懐古する
テニーニャ国防軍は麓から山頂のアッジ要塞目指して山を登った。
コンクリートで山頂に横たわる要塞は国防の砦である。
それを攻略しようとロディーヤ参謀総長のハッケルは頭を抱えた。
この戦いでどのようにロディーヤを敗戦へと切り替えられるか。そして以下に自然に負けられるかを熟考していた。
帝都のチェニロバーンの参謀本部にて、参謀総長のハッケルはアッジ要塞に頭を悩ませていた。
クッキーを食べながら。
「…うんうんうまい、今回はだいぶマシになったんじゃないのかね、一人で作ったんだろう?」
「もちろんです!参謀総長殿のお口に合うかはわかりませんが…」
「及第点だな、さてと…」
参謀総長は広げた地図の上に点在するクッキーのかけらを床に落とすと、独り言のようにつぶやく。
「挺身隊は今この要塞から離れた森の拠点に補給部隊とともにいるはず、ちゃんと攻略するならこの湖を両サイドに回り込んで前と後ろからこの横長い要塞を潰す方法がいい、だが今回の戦いは何が何でも負けなければいけない」
「正面突破ですか?」
ルミノスが参謀総長に訪ねる。
ハッケルの顔は窓から入り込む日光によって黒く陰る。
「そうだなそれがいい、調べるところによるとこの要塞には何台かの野戦砲がある、数はわからないが少なくはないだろう、これらは正面からやってくる敵を撃滅させる為にあると踏んだ、ならば敵の思惑どおり動いてやらないとな。
まず攻撃日時は未定だが前夜に湖畔の茂みに上陸用舟艇を隠して設置する」
「上陸用舟艇?」
「そうだ、拠点に何隻も置いてある、それを各地に点在させて設置、夜が明けたらそれに乗り込み大勢で湖を突破する、この際きっと奴らの砲火がこいつらを襲う、どのくらい削れるかは未知数だが無事に渡れることはない。
そして湖を突破すると今度は標高三百メートルの山とこの要塞だ、道中も穏やかとはいかないな、なるべく激しく交戦するように仕向ける」
ルミノスが少し不安そうな表情で参謀総長の机に近づく。
「そうですよね、でもこの作戦少し露骨過ぎませんか…?要塞の正面からわざわざやってくるなんて…あんまりわかりやすいと無能って言われて参謀総長の座を降ろされちゃいますよ…そうなったら…わたくし…誰に仕えれば…」
参謀総長は椅子に腰掛けたまま机からゴロゴロと移動する。
「いいか、君は私の危機を助くの役目だ、それが君に出す私の軍令だ。
もしこの座を降ろそうとしている輩がいるのであれば、なるべく地味に処理するのが仕事、そうだろう?」
「はい、そのとおりです…すみません…」
落ち込むルミノスを見た参謀総長は椅子から腰を上げた。
そしてルミノスを正面から優しく抱きしめた。
「さ、参謀総長殿…っ!いけません…!わたくしの欠陥遺伝子が感染ってしまいます…っ!」
身長の高いハッケルはルミノスを全体で抱きしめる。
そして顔を近づけ、慈愛混じりの声で囁く。
「懐かしいな、こんなことするの…いつぶりだ?」
「参謀総長殿…」
ルミノスも参謀総長の背中に手を回して強く抱きしめる。
参謀総長の腕の中の居心地がよく、ふと油断するとうたた寝してしまいそうなほどの安心感があった。
しばらく抱き合っているとその行為の恥ずかしさを認識してしまい、ルミノスは慌てて。
「す、すいません…っ!」
とだけ言うとそそくさと部屋をあとにしてしまった。
参謀総長はその余韻に味わうかのように立ち尽くすと、また執務を開始した。
参謀本部から飛び出し、帝都をふらついていたルミノス。
先程参謀総長に言われた言葉を反芻し、自身の過去を思い出していた。
私の名前はルミノス・スノーパーク。
性別は、わからない。
もともと男だったが、だからといって今女かと言われたらそうでもない。
そしてもう、人間ではない。
私は少し小さな街の郊外で産まれた。
広大な畑に、居心地のいい自然に囲まれて育った普通の男の子。
両親を除けば、普通だった。
私の両親は正直言って気が違っていた。
男のことを諸悪の権現だと言って疑わなかった。
母も、父も。
特に男性器をその中枢だと思っていたらしい。
だから私が幼い頃に切除しようと考えた。
物心なかった私でもその常軌を逸する考えには拒否反応が出た。
はじめは嫌がる私に同情してか、穏便に済ましていたが、それは私が七歳の頃に突如として終わりを告げた。
「ルミノス、ちょっと来なさい」
寝室で父が呼んでいる。
私は恐る恐るその木のドアを開けた。
ギィっと軋み、その音に反応してこちらをじっと見つめる。
机の上にはキラキラと光る銀色のハサミが一つ物々しく置いてあった。
「ルミノス、強いということは悪いことなんだ、世の中の男が犯罪に走るのも、暴力を振るうのも、親不孝なのも全部この逸物が悪いんだ。
これが悪さをしている、ルミノスにはこれがついている。
それはいけない、お前はこれを切り取らないと行けないんだ」
「父さん…何言ってるの…?」
私は震えながら後ずさりをした。
だが父は私のか細い腕を掴んで離してはくれなかった。
「もうすぐ成熟してしまう、だからそうなる前に…もうこれ以上はだめなんだよ…」
父は私をゆっくりと抱いてベッドへ移しました。
ベッドにはいつもはない白い大きなタオルが敷いてありました。
私それに載せられて、履いていたスカートをめくりあげた。
白い女の子ようのパンツにある膨らみを父の大きなゴツゴツした指で撫でる。
撫でられたちまち私のソレは大きくなった。
パンツにできた突起を優しく撫でて、父はいった。
「私をこんなに狂わせたのも全てこの逸物が悪いんだ、お父さんをこんなにしたのもルミノス、お前が悪いんだ、今日その罪業を切り落とす」
いよいよ白いパンツも足首まで降ろされた。
小さく反り立ったソレの根本に銀のハサミの刃を当てる。
「今日でいよいよ終わりだ、もうお前は男ではない、次は私がルミノスを狂わす番だ」
切り落とされた私はどんどん女っぽくなっていった。
胸が若干膨らみ始め、肌は色白へと薄まっていき、骨格も変わった。
初対面の人間に男性だと言われることはなくなった。
そんな私を父は毎晩、弄んだ。
「ルミノス、こっちへ来なさい」
父があの寝室へとルミノスを誘う。
薄暗い部屋にほのかにオレンジ色のランプの光が親子を包む。
「さぁ、ルミノス、ベッドでうつ伏せになるんだ」
私は無言のまま、言われるがままに伏せた。
何も考えていたない、ただ無心で時間がすぎるのを待っていた。
時間が止まっているかのように思えた。
永遠に覚めぬ悪夢だと錯覚した。
「よし…良い子だ…」
仄暗い寝室に木材の軋む音と身体をぶつけ合う音が響く。
私は父の巨体に何度も押しつぶされそうになった。
視界が徐々にぼやけていく。
閉じようとする瞼の先にある窓の外に光などなかった。
そして私は、ある日の夏。
雲ひとつない晴天の下、学校の帰り道。
鉄のパイプを持って帰った。
なんてことはない。ゴミ捨て場からもち出した、普通のパイプ。
それで私は父を殴り殺した。
大声で罵倒しながら。
何度も何度も一心不乱に殴りつける。
床に倒れた父の頭を殴っていたのかそれとも狙いが外れて床を殴っていたのかわからないくらい殴打した。
「死ねっ!死ねっ!死ねっ!!この畜生っ!返せっ!返しやがれっ!!私の全てを返せっ!」
畑から帰ってきた母も殴った。
ひどいことをされたら覚えはないが、普段の言動から父にそう言う思想を植え付けたのは母だと思われた。
「死ねっ!死ねっ!どうだよっ!腹痛めて産んだ我が子に殺される気持ちはっ!?死ねぇっ!死ねっ!!!
貴様みたい人間は消えろォーーーーっ!!!!」
思いっきり最後に振り下ろして私の惨劇は終わった。
家の中はどこもかしこも血だらけだった。
その明らかに異常な光景に我を取り戻し、血濡れのまま家を飛び出した。
そのまま行くあてもなくフラフラと歩いていた。そしてそのまま地元の街に出た。
「あんたどうしたのその血!?」
「あ…すいません…父の屠殺を手伝っていたものですから…」
そのまま地元の街で歩いていると、一人の軍服を来た人間が座っていた。
少尉か中尉くらいの人。
身長が高く、腰元で毛先が揃っている艷やかな黒髪、そして月光みたいに黄色の目。
不思議と惹かれてそばによっていってしまった。
何か不思議な力がある、迷信は信じてはいなかったが、このときだけは信じざるを得なかった。
「あの…お名前は…」
「私か?私はシンザ・ハッケル中尉、よろしく」
「中尉…こんな辺鄙なところで一体何を…」
「ただの旅行だ、それより君のほうが私は聞きたいね、その人間の血、君一体何何をしたんだ?」
「いいえこれは…豚の…」
「私は軍人だ、人間の血の匂いがすると私の脳が受け取った」
その予言めいた言葉に怖気づいてその場を離れようとする。
だがハッケルはそれを許さなかった。
「私は君に何か運命めいたものを感じる、君は運命を感じるか」
私はゆっくりと振り返って言った。
その目には涙が溜まっていたことを覚えている。
「私はルミノス・スノーパーク、今日、父と母を殺しました。私は運命を、あなたを信じます」
ハッケルは立ち上がると私を強く抱きしめた。
「全てを話すんだ、誰にも言わない。
運命が私と君を結ばした」
私も強く抱きしめることで答えた。
そして私の生い立ちを全て話した。
両親の事、性別の事、犯行の事。
その話を疑うこともせず、否定することもせず、ただただ、ありのままの私を受け入れてくれた。
「そうだ…あなたは…愛などという低俗で下品なものでは無い…きっと、私に欠けていた全てだ。私はあなたに出会うために生まれてきたんだ」
それから私はあの人に尽くすよう生きてきた、あのひとには私の欠陥部分を補ってくれる全てを持っている。
だからともに人生を歩むよう決意した。
だから私は今回の廃園化計画にも賛同した。
あの人が謳う楽園はきっとある。
もしなくても、参謀総長殿と生きていられれば、それでいい。
そんなことを思いながら小さな声通りを抜けていく。
するとすっかり日も落ち、帝都はガス灯で彩られていた。
ルミノスもそんな暗い道を進む。
するとルミノスの背後に三人の男の影がやってきた。
「ねぇねぇ姉ちゃん、今夜暇だったりする?よかったら俺らと遊ばない〜い?」
「こんなところに一人だなんて危ないぜ?ほら一緒に来ようぜ!」
男がルミノスの腕を掴み、そのまま引っ張ろうとするがそれを勢いよく振り払う。
「な、なんだよ姉ちゃん、まだなんにもしていないだろ?優しくするからさぁ…」
ルミノスの顔が月明かりの影からすっと出てきた。
男に向かって近づいたからだ。
「お?やる気になったか?」
だがその表情は気迫に満ちていた。
ルミノスは素早く服の下にこしらえていた二本の
サーベルを取り出し、男の首元に両サイドから刃を当てて言い放つ。
「散れ蜘蛛の子共、私の気が変わらぬうちに」
それを見た男たちは気迫とサーベルにおののき、そのまま逃げるように去っていった。
ルミノスはそれを見て、また言い捨てる。
「馬鹿が、私が身体を許するのは参謀総長殿だけだ」
サーベルをしまい踵を返してあるき出す。
夜の寒風に逆らい、ルミノスは都の光と影に消えていった。
一方ハッケル参謀総長。
「…ハックションっ!!
ふぅ…今宵は足先が冷える。
ルミノス、君がいてくれれば多少は紛れたんだがな、それか何か温かいものを淹れてほしかった」
ハッケルは机に頬杖をついて、窓の外に目をやる。
窓の外の小さなざわめきはハッケルの心を少しだけ孤独にするのに十分だった。
ルミノスが電話ボックスの受話器に手をかける。
「参謀総長殿…今夜は少しだけ冷えますね…何か温かいものを淹れに戻りましょうか?」
「別に淹れてくれなくていいが、どうしても何か淹れたいって言うのなら仕方ない、本当に仕方ないなぁ」
その発言を聞いてルミノスの頬に少しだけ笑顔が宿った。
こころなしか冷たかった夜風が一瞬だけマシになった気がした。




