死者の突撃
ワニュエにて戦火を交えるロディーヤ軍とテニーニャ軍。
いよいよ戦闘も激しくなり始め戦場は地獄の様相を醸し出す。
果たして軍配が上がるのはどちらか。
テニーニャの最前線の塹壕で半自動小銃の引き金を引き続けるエロイスとロイド。
ロディーヤの横隊を組む戦車に隠れていない敵兵を次々撃ち殺していく彼女たちは壊れて機械のよう打ち続けるのであった。
じわじわと距離を詰めるロディーヤ戦車、すると弾丸飛び交う戦場で目が覚めた一人の少女がいた。
「ゔぅっ…」
彼女は重いまぶたを開けた。
「あれ…うち…生きてる…?」
それはオナニャンだった。
彼女は横になりながらつぶやく。
「うちはたしか…頭を撃たれて…」
だが彼女の頭のヘルメットに穴は空いていなかった。
少し大きな凹みがついているぐらいで弾丸は貫通していなかったのである。
「血は出てない…そっか…うち…弾丸が頭に当たった衝撃で気絶してたのです…弾丸は…幸いにもヘルメットを貫通いなかったのです…。
まだ…死ねないってことなのですね…」
オナニャンは近くには転がっている梱包爆薬に手を伸ばして手繰り寄せる。
もう目前にまで戦車は迫っていた。
キャタピラの音がじわじわと近づいてくる。
「必ず…生きて…帰ります…待っててください…ロイド…っ…エロイス…っ!!」
テニーニャの塹壕でやってくるロディーヤ兵を射殺していく二人の少女。
「だめよ…っ!あの戦車がある限り…後ろにいる敵兵を殺せないわっ…!」
「耐えるんだロイドっ!後ろの野戦砲が火を吹くまで耐えるんだっ!ここで食い止めなきゃ…っ!!」
二人のみならず、ほかの兵士たちも次第に戦意が喪失いていくかのように諦めの雰囲気が漂う。
ただひたすらに引き金を引く。
テニーニャの武装聖歌隊の兵士たちは敗北が迫ってきているとこを感じてしまったのだ。
だがその時、両軍の度肝を抜く出来事が起こった。
突如進軍する戦車のうちの一輌が地鳴りのような爆音と黒煙を吐いて大爆発を起こした。
「うわァァーっ!!」
その戦車の後ろにいた兵士たちは爆発の衝撃で吹っ飛んでしまう。
「何だっ!?何が起きた…っ!?」
ワットが音のする方を見るとさっきまで前進していた戦車はただ烈火の炎を吹く残骸へと成り果てていた。
「何が起きたんだ…?」
ロディーヤ兵たちは突然の出来事に慌てふためいていた。
「何だっ!地雷かっ!?地雷かっ!!」
「足元に気をつけろっ!半身吹っ飛ぶぞっ!!」
ロディーヤ兵たちは口々に言うが、クレーターの中で身を潜めていたリリスはすぐに気づいた。
「あの子…生きてたんだ」
その通り、爆発により一瞬両軍の攻撃がピタリと止んだ。
その弾丸の雨が止んだ戦場を駆け抜ける一人の少女がロイドとエロイスの目に飛び込んできた。
「おっ…オナニャンっ!!」
彼女は息を切らしながら必死にテニーニャ塹壕へと駆け抜ける。
「生きてたんだっ!!早くっ!早く塹壕へっ!!」
エロイスは必死に腕を振り戻ってくるオナニャンに呼びかけた。
するとそんなオナニャンの背中へ向けて銃口を向ける一人のロディーヤ兵士がいた。
「危ないっ!」
ロイドは銃口をその兵士へ向けると引き金を引き、敵兵を蜂の巣にしたのだった。
オナニャンはそのまま塹壕へ飛び込み尻もちをついて生還した。
「オナニャン…っ!!」
エロイスとロイドは近くに帰還した泥だらけのオナニャンへ駆け寄り抱きついた。
「良く帰ってきたわ…っ!よくやった…!」
「心配させないでよっ!無事で良かった…っ」
抱きつく二人にオナニャンは少し含羞めいた表情で答えた。
「うちはまだ死ねないのです…戦争の行方を見るまでは…!」
すると三人の上空を空気を裂くような音と共に何が後方から飛来していくのが見えた。
それは白い尾を引き、彗星のようにロディーヤ戦車付近へと向かって着弾した。
「あれは…!榴弾…っ!やったっ!砲撃が始まったっ!!」
ついにテニーニャ塹壕の後方の野戦砲陣地から榴弾砲が火を吹き始めたのだ。
砲兵たちは榴弾砲の閉鎖機のレバーを動かし砲身に砲弾を詰め込み閉鎖機を閉める。
そして拉縄を引くと轟音が鳴り響き、漂う硝煙を切り裂いて砲弾の弾頭が彗星となってロディーヤの戦車へと飛来する。
始まった砲撃により、混乱に陥っていたロディーヤ軍はますます慌てふためく。
そして弾頭が近くで着弾すると土は捲り上げられ汚泥の雨が降り注ぐ。
不幸にも人に直撃した砲撃は人体をバラバラにし、赤い肉塊を周囲に泥と共に撒き散らす。
指や歯が弾けるように降り注ぎ、ロディーヤ兵の死体の山がものすごい勢いで形成されていくのだ。
そしてやがて一輌、二輌、三輌と戦車に砲撃が直撃し、撃破されていく。
戦場はたちまち黒煙と血煙に包まれ、砲撃によって片腕を失った兵士の断末魔や錯乱状態に陥った兵士たちの絶叫、死にかけの兵士たちの助けを求めるうめき声で満たされた。
その隙を逃さず、テニーニャの武装聖歌隊はロディーヤ兵に弾幕を浴びせ、無数の風穴を開けて鏖殺していく。
次々と降り注ぐ砲撃によりもはや戦車が無価値のものとなってしまった。
クレーターに身を潜めていたリリスもその砲撃の脅威にさらされてしまったのだ。
だが、生き残っているロディーヤ兵たちは恐れを知らない勇者のようにテニーニャ塹壕へと突撃していく。
「俺の叔父は片腕が腐っても騎乗し続けたぞっ!!片輪が何だっ!びっこが何だっ!!死ぬまで前進するのがロディーヤの騎士だろっ!!足を止めるなっ!!進めぇーっ!!我らには皇帝陛下がついているぞぉーっ!!」
一人の無名の片腕のない青年兵士の叫びに呼応するようにロディーヤ兵士たちは砲弾の降り注ぎ着弾し、土が降り注ぐ戦場を駆け抜けていく。
まるで泥で汚れ、血を流しながら突撃してくる姿はまるで死者のようだった。
「なんて奴らなの…?死ぬのが怖くないのかしら…」
ロイドは塹壕からそんなロディーヤ兵を見て言った。
「あれだけの攻撃に晒されても怯まない…国民性の違いなんかじゃない…皇帝がいるからだ…神に等しい元首がいる国の兵士はきっとみんなああいう鬼神なんだよ…」
もはや戦意の差は歴然であった。
勇猛果敢に死に突撃するロディーヤ兵たちは無敵だった。
武装聖歌隊の兵士たちも、ロディーヤ軍に勝てないことを徐々に悟り始めた。
砲撃によりテニーニャ優位に戦況が変わるかと思われたが、そんなことはなく、ロディーヤ軍の精神力に気圧され始めてしまったのだ。
「戦車がなくなって、進撃速度が大幅に上がってしまった…
普通なら怯むところを奴らは命をかなぐり捨てて突撃してくる…もう数分後にはこの塹壕での白刃戦が始まる…そこで勝たなきゃ…勝たなきゃ…」
エロイスは震える口調で話す。
もうあとには引けない、塹壕での白刃戦で決着をつけなければ。
その気持ちは三人は共同じであった。
そのことを考えつつ、引き金を引く指は決して緩めないのであった。




