肉薄の勇士
ワニュエのテニーニャ塹壕にてスパイ活動をしていたクザイコであったが、武装聖歌隊の兵士たちに捕らえられてしまった。
暴行を加えられる彼女であったがそこについにロディーヤの一大攻勢が仕掛けられるのであった。
ワニュエのロディーヤ軍は既に攻勢に出ていた。
十輌の箱型の戦車は車体の下に設置されたキャタピラを回し、泥をかき分けて横隊を組み前進する。
前後に設置された速射砲のうちの一輌がテニーニャ塹壕へ砲撃を加えながら先進してくるのだ。
「アレは戦車じゃないかっ!!」
「ロディーヤも持っていやがったっ!!恐れるなっ!!すぐに後方の砲兵たちに砲撃の旨を伝えろっ!!」
武装聖歌隊の兵士たちは突然攻め込んでくる鋼鉄の塊に左往右往して慌てている。
「隊長っ!!駄目ですっ!!電話線が切られていて電報が打てませんっ!!」
「だったら親からもらった足があるだろっ!急いで野戦砲陣地に駆けろっ!」
「は、はいっ!」
慌てふためく武装聖歌隊の兵士たちであったが、彼らの最前線で銃を握っている兵士たちは既に戦闘状態に入っていた。
「いいかお前らーっ!敵兵が見えるまで撃つなっ!弾の消費は最小限っ!それまで辛抱強く耐えるんだっ!!」
一人の兵士はそう伝えながら塹壕を早足で歩く。
当然、待機しているエロイス、ロイド、オナニャンの三人の後ろも通っていった。
三人はブロディヘルメットを被り着剣した半自動小銃を塹壕から出して構えている。
彼女たちの視界には発砲時に出る硝煙の霧から現れる横隊を組み近づいてくる戦車が見えた。
「お…恐ろしい…今ロディーヤ兵の気持ちがわかるよ。
あんな鋼鉄の塊が砲撃しながら近づいてくるんだもん…そりゃあ怖いよね…」
エロイスの足は震えていた。
それを見かねたロイドは彼女に優しく言う。
「ここで止めなきゃ祖国は火の海よ、私達がやるしかないの」
「…わかってるよ、それぐらいは…」
武装聖歌隊の兵士たちは最前線の塹壕に沿うようにして配置している。
さながら人の防波堤のようだ。
「きっ…きますっ…!来るのですっ!」
オナニャンがそう言うと迫り来る戦車の後ろからロディーヤ兵士たちが雄叫びを上げながら現れた。
霧に浮かぶ人影は段々と数を増し、集団で現れる。
その敵兵は地平の端から端までを埋め尽くしている。
総攻撃、そう呼ぶにふさわしかった。
「つ…ついに仕掛けてきた…総攻撃だ、ロディーヤが総攻撃に出た…!」
「うっ…うわぁっ!!」
兵士たちはその迫りくる軍勢に恐れ段々発砲し始めた。
ダンッ!ダンッ!ダンッっ!
塹壕一体に銃声が響く。
「まだ撃つなぁーっ!当たらないぞっ!!やめろっ!!撃つのをやめろっ!!」
だが武装聖歌隊たちの発砲は止まらない。
まだ射程外の敵兵は殆どダメージを負わずに攻め込んでくる。
その軍勢の中にリリスとワットはいた。
リリスは叫んで指示を出す。
「もうすぐ敵の射程内っ!なるべく戦車の後ろに隠れて攻め込むっ!!」
そう言ってリリスは兵士たちを戦車の後ろへと走りながら誘導する。
ゆっくりと攻め込む戦車と猛スピードでかける歩兵たちはすぐにその距離を詰めるとその鉄の巨体の後ろに身を隠し、進軍速度を戦車と同じスピードに落とした。
だがリリスは戦車の後ろに隠れずに指揮を取り続ける。
「リリス少尉っ!!お前も隠れなきゃ死ぬぞっ!」
「ワットっ!人を束ねる人は自分を危険に晒すものなんだよっ!部下の安全が第一だっ!私は逃げも隠れもしないっ!」
リリスは笑顔でそう答えた。
そして持っていたボルトアクション式の歩兵銃を持ったリリスは戦車を出し抜いて駆け抜ける。
「リリスっ!」
ワットの静止も振り切り、一人の目立つリリスはしばらく飛び交う銃弾の雨を駆け抜け、砲撃によってできたクレーターの中へと身を落とした。
そしてそこから頭と銃身を出すと発砲し始めた。
バンッ!
一発一発撃つごとに遊底を動かし白い煙と共に空薬莢を排出する。
一人先陣を切るリリスの後ろからようやく戦車が追いついてくる。
戦車の後ろに隠れたワットたちロディーヤ兵士は敵塹壕から飛んでくる弾丸をその鉄の巨体で防ぎながら隙を見て顔を出してちまちま発砲する。
だが何より戦車の砲撃が強烈であった。
一発撃つ事にテニーニャの塹壕は形を変えられた。
「うわァァーーっ!!」
「あ゛ァァっーー!!」
砲撃が直撃するごとに泥濘を吹き上げで泥の雨が降り注ぐ。
そして塹壕は崩れて埋没し、生き埋めにされたの兵士が手を伸ばし救助を懇願する。
さながら地獄絵図だった。
例のエロイスたち三人も降り注ぐ土の雨をヘルメットに受けながらひたすら向かってくる敵兵にむけて発砲していくが戦車のせいで満足に倒せない。
「だめよ…戦車がある限り敵歩兵を殺せない…っ!」
ロイドは絶望の表情を浮かべる。
その間にも敵戦車の砲撃、その後ろにいるロディーヤ兵士の銃撃がエロイスたちを襲い続ける。
「このままじゃ…ほんとに負ける…」
為すすべもなくひたすら発砲するエロイスたちであったが、オナニャンはふと振り返る。
塹壕の中にあったのは木箱の上に置かれた布に包まれた箱のようなものが目に入った。
「あれば…」
オナニャンは一旦それを取りに行く。
「オナニャンっ!何してるのっ!早く戻るのよっ!」
ロイドの言葉を気にせずに、彼女はその箱を触る。
「梱包爆薬…」
それは爆薬に違いなかった。
一キロにも満たないほどの重量であったが、梱包された布から飛び出た紐を見て確信した。
「…やるしかなのです…」
オナニャンはそれを持ちおもむろに塹壕から飛び出していった。
「…っ!?オナニャンっ!!」
エロイスは思わず叫んだ。
銃も持たずただその梱包爆薬を抱えるオナニャンを止めようと呼びかけたが彼女は一瞬足を止め振り返って笑顔を見せた。
「大丈夫、ちゃんと戻ってくるのです」
彼女の目に入った涙が浮かんでいた。
エロイスとロイドはなにも言えなかった。
オナニャンは名残惜しそうに二人を見て、そして駆け出した。
迫りくる軍勢と、鋼鉄の戦車へ向け。




