たった一人の救世主
積極的に関わろうと試みるリリスにクザイコは嫌気が指していた。
一人になろうとする彼女を探るリリスは自身が率いるの連隊の分隊長ワットから彼女の経歴を聞く。
リリスとワットは塹壕の中で立ち話をしていた。
その話題はもちろんクザイコに関するものだ。
リリスは呟く。
「どうしたらもっと心通わせられるかな…?私、クザイコちゃん自身をもっと認めてほしいと思うんどけど」
「はぁ…あいつにそんな才があるとは思えないが」
「でも…じゃないと本当に一人になっちゃうよ。
…あの子の事もっと知りたいな…ワット、何か知らない?」
「ん、まぁ大まかなら聞いたことあるが…あんまり聞いてておもしれーもんじゃないぞ」
「それでもいい、お願い」
ワットは後頭部を掻きながら仕方なさそうに話し始めた。
「あいつの過去は劇的だ、ぜ~んぶホントだからな」
そう言うと深刻そうな声色で語った。
「確かあいつは養子だったらしい。
だけどな彼女は養父養母の二人に虐待され鶏小屋に長時間閉じ込めるられたりベルトの鞭で叩かれたりというのは日常的に行われるもので、食事は1日に一度与えられるかどうかという有様だった。
そのうち虐待が発覚し、養子先と引き離され修道院にて生活をしてそこで神父や修道女たちに勉学などを教えてくれてもらっていたらしい。
だけどそこでなんかやらかして修道院から追い出されて路頭に迷っていたところで兵士募集の張り紙を見つけ軍に志願、健康状態はひどく一度は却下されかけたも参謀総長が過去の経歴を見て引き入れた。
んで開戦、その後なんかしらんけど参謀総長の側に置くような話もあったがその制御不能の性格が故、参謀総長から手放され前線の連隊に早く死ねってことで飛ばされた。
まぁこんな感じだったな。
修道院を追い出された理由は知らないが噂では人殺しでもしたんじゃね?みたいな話もある」
その壮絶なクザイコの過去話を聞きリリスは驚きを隠せない。
「それ…噂とかじゃなくて?」
「ん、兵士っていうのは調べりゃある程度経歴はわかる」
リリスはそれを聞くと暗い顔で言う。
「…そっか、きっと人間が本当に嫌いなんだね…」
「だからいったろ?無理なんだって。
歩く炸薬に自分から触ろうなんて、言っちゃあ悪いが自殺行為だぜ少尉」
諦めた表情のワットだったがリリスはそれでも諦めた様子はなかった。
「それでも…
私は『少尉』、少尉はきっとこんな時、人を見捨てたりしないよ。
少なくとも私は出来ない。
言葉で無理ならやるしかない、私の『覚悟』を見せなきゃ、あの子は納得してくれない」
リリスはそう言うとおもむろにある出す。
「どこ行くんだっ!」
「クザイコのところまで」
それだけ言うとリリスはその場を立ち去った。
「…ったく呆れたやつだ、とんだお人好しだな」
ワットは呆れながらもどこかそんなリリスの格好を好きになっていたのか、嬉しそうな顔をしていた。
リリスはやさぐれたように塹壕の床で寝っ転がっているクザイコのところにやってきた。
ヘルメットを顔にかぶせている彼女にリリスは片膝立ち話しかける。
「起きてるんでしょ?クザイコ」
「…チッ、何だようざったいなぁ…」
悪態をつく彼女はヘルメットをかぶり起き上がった。
「聞いてクザイコ。
あなたなら私のことよく知ってると思う、だからこそあなたに頼むの」
「なっ…何だよいきなり…」
その真剣そのものの表情のリリスにさすがのクザイコも少し身構える。
「あなたに敵陣に侵入して『テニーニャ兵士に紛れたスパイがいる』っていうの情報を流してほしいの」
「はぁっ!?馬鹿じゃねーのかお前っ!んなこと嫌だねっ!危険な任務を部下に押し付けるなんて少尉のやることじゃねーよっ!お前一人でいけっ!あわよくば死ねっ!」
「クザイコ」
散々に罵倒を浴びせる彼女を黙らせたのはリリスのその一言だった。
たった一言、名前を呼ばれただけだが肝心のクザイコは罵倒をやめ固まる。
その真剣塹壕が身に染みるように感じられたからだ。
「私は知っている。
少尉はどんな危険があろうとも部下と共に危険を共にしハンニバルやナポレオンのように戦場を駆ける、椅子に座って電話一本でチェスのコマのように人命を動かすのが少尉じゃないって。
私はそれを知っている。
クザイコ、私はあなたを助けたい、今までの行動がその証拠。
私はあなたに救いの手を伸ばし、その手を取って共に戦うことを臨んでいるの、そしてそれがあなたにとって生きる活力だと思ってほしい、思って生きてほしい。
成功体験があれば、あなたはもっと輝ける、私はその舞台を整えた、あとはあなたが舞台に登るだけ、その一歩が今、この瞬間なんだ。
何度でも手を差し伸べる、蜘蛛の糸を垂らす。
あなたは謗られるべくして生まれた人じゃない、生きるべくして生まれたんだよ」
リリスはそう言いながらクザイコの肩に手をそっと置いて言った。
リリスはまだ語る。
「あなたは命を賭して軍務を遂行してくれれば、私はそれには絶対応える、命を投げ捨ててもね。
だからお願い、私を信頼してほしい。
『人間』としてじゃなく、あなたの『希望』として」
「人間じゃなく…希望…」
「そう、あなたを謗る人間なんかじゃなく、希望」
それを聞いたクザイコの目にはじわじわと涙が浮かんできた。
(こんな俺に…俺みたいなやつに…こんなにも気にかけてくれるやつがいたのか…こんな地獄に…。
神父も修道女の奴らも…こんなこと言ってくれなかった…神に祈っても俺の傷は変わらなかった…)
「リリス…わかった…負けだ…俺の負けだ。
今思った、この『希望』に見捨てられてしまうのだけは嫌だと思ってしまった。
こんな俺を本気で救おうとしてくるこの『希望』がいなくなってしまうのだけは嫌だと本気で思った」
クザイコは涙を浮かべながら笑った。
「蜘蛛の糸を自ら切り地獄で斃死するのだけは御免だ、俺はこんなゴミ人間を認めてくれたお前にせめて何かを返したい、なんにもない伽藍堂の木偶の坊だが、唯一残された…この『命』…これだけでも無駄にせずお前に預けたい…」
リリスはクザイコの頬を指で撫で熱い涙を掬うようにして拭き取った。
「価値のない人なんていないんだよ、私にできるのはそれを気づかせて上げることしか出来ない。 …いっしょに戦おう、クザイコ」
「…っ!…あぁっ…」
リリスの差し伸べられた手を取り二人は同時に立ち上がった。
ガッチリとつかんだ手はしばらく離さないままであった。
それはリリスとクザイコが心でつながった瞬間に違いなかったのだ




