醜い花には棘しかない
新たに少尉として配属されたワニュエ地域の塹壕にてワットというリリスの率いる連隊の分隊長と出会えた。
すぐに親睦を深めた彼女との塹壕暮らしがはじまった。
リリスとワットは人々がすれ違えるほどの幅の塹壕を歩いていた。
「少尉、ここがどんな場所か知ってるかい?」
「ううん、知らない」
「そっか、教えてややっか。
ここワニュエは前線の膠着状態が永遠と続いている。
塹壕の総延長は十二キロにもなるほど巨大で今日もお互い裏をかこうと土彫りまくってる」
ワットはおもしろおかしそうに話を続ける。
「毎日数百人単位で死ぬ、戦闘状態に入ればなおさらな。
最後に大規模な戦闘が起きたのはいつだったかなぁ、確かあん時は一万人が死んだっけな?」
愉快そうに語るワットを少し不思議そうに見つめるリリスは口を開いた。
「ワットちゃん、随分と楽しそうに話すんだね…なんていうか…もう慣れちゃった感じ?」
するとワットは答える。
「笑ってなきゃやってらんないよこんなの。
リリスも笑えば?楽になるよ」
そう言う彼女の顔は笑っていた。
リリスはその笑顔の持つ負の感情が混じっているのに気づき、黙り込んでしまった。
「行こうよ少尉、あたいら連隊の持ち場はこの先だ」
二人はそれ以降話すようなことも泣くひたすら歩いた。
二十分ぐらいあるき続けついにその持ち場とやらにやってきた。
「ふぅ〜…歩いた歩いた〜…二十分ぐらい歩きっぱなしで足がパンパンだよ」
「あははっ、おつかれ少尉。
んじゃそこら辺で休んでな…って言っても土と泥と死人しかないけどな」
そう言ってワットはどこかへ消えていった。
残されたリリスはしばらく塹壕で立ち尽くしていた。
「ここが…塹壕の最前線…」
顔を出せば泥濘の戦地が広がっている。
最前線の塹壕より後ろにも塹壕があり、それぞれ縦の道でつながっている箇所がある。
所々に兵士たちが死人のようにぐったりとした陰鬱とした空気をまとっていた。
(…墓場みたい)
その雰囲気を感じそう思ってしまった。
リリスがゆっくり歩き出すと塹壕の底で座って寝ているように見えていた兵士が突如足を伸ばしてきた。
「うわっ…!!」
リリスはその足に躓きその場に倒れ込んでしまった。
泥と土の地面に顔から突っ込んでしまい、自分の顔や手、野戦服が汚れてしまった。
「ちょっ…いきなり足出しちゃだめだよ、危ないよ…私だったから良かったものの…痛っ…」
痛みでなかなか起き上がれないリリスはそう兵士に言う。
その兵士はヘルメットを深くかぶり壁に寄りかかって肩に顔を埋めるように寝たふりをしていたが、首を座らせ、顔をあげるとその顔の全容がわかった。
黒髪のおかっぱの髪型に透き通るようなブルーハワイ色の目。
耳に星型の銀のイヤリングが揺れるたびに光る。
「あ〜あ〜あ!ごめんよぉ、でもよぉわざとじゃねぇーんだわ。
わざとじゃねーならその罪を追求するのはおかしいよなぁ?リリス、お前なら許してくれるよなぁ?なんせわざとじゃねぇんだからよ〜、必要以上に責めるのは酷っでもんだぜ?」
その兵士は馴れ馴れしくリリスの肩をつかんで語りかけてきた。
「何…わざとじゃないならそんな言い方する必要ないとは思うよ、余計誤解されちゃう」
「んあ?おいおいおい、おいおいおいおいおいおいっ!!わざとじゃねぇだって?んなわけあるかよわざだよ、ちょっとおつむが足りねぇんじゃねーの?」
嫌味ったらしくグチグチ言う兵士にリリスはなるべく嫌な顔はしないようにしていたが、それでも十分顔に彼ヘの苦手意識が浮き出ていた。
だがそんなリリスのもとにワットが駆けつけてきた。
「少尉、大丈夫かよっ!」
ワットはすかさずリリスに手を差し伸べる。
「ありがとう…でも手、汚れてるから…」
「気にすんな、ほらっ」
ワットの手を借りて立ち上がると、彼女はリリスに言う。
「こいつはクザイコ・ロールケーキジャック。
厭味ったらしく傲慢で短気、人とは利害関係と損得勘定でしか付き合わず常に孤立している。
暴言も吐くし人の気持ちを全然汲まない、正直人として褒められるところが殆ど無い、ゴミだ」
すると案の定クザイコと言う名の彼女は答えた。
「なんだとっ!?ゴミはどっちじゃいおうコラっ!人を忌み物みてーな扱いしやがってっ!
散れ散れっ!所詮マンコの産廃共がっ!
受精した瞬間がお前の全盛期だったなっ!帰れっ!このウンコ垂れ野郎ぉっ!」
次々暴言が飛び出る彼女をワットは近づくと両者は至近距離で睨み合う。
「リリスはあたいらの連隊の少尉、そしてあんたの少尉でもあるんだ。
リリスは寛大だから敬語を使う必要はないがあんまり暴言言ってる様だとマジで半殺しにするぞ」
「はンっ、言ってろ。
さっさと往ねっ!俺の前から消えろっ!早く死ねっ」
中指を立てながら言うクザイコに呆れたようにため息をついたワットは彼女に背を向けてリリスと共に去る。
「本当、最低のカス野郎ね、あんたは」
去り際にワットはそう吐いた。
一人残されたクザイコはしばらく突っ立っていたがうつむいて小さく言う。
「…チッ、てめぇに何がわかるだよ」
クザイコはその場に突っ立って動かなかった。
その背中はどこか哀愁漂う寂しい立ち姿だった。
リリスは現れたの毒の強いクザイコと言う少女のことが気になり始めていた。
「『きれいな花には棘がある』なんて言うがあれは違う、言うなれば『醜い花には棘しかない』って感じのやつね。
大丈夫?リリス、あんまり関わらないない方がいいぞ、あいつは連隊内でも特に嫌われてるからな、変につるむと少尉の評判も落ちちゃうからね」
ワットはリリスにそうアドバイスをしてくれた。
しかし、リリスはあのクザイコと言う少女と余計関わりたくなってしまっていた。




