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老兵は死なず

飛行兵引退を目前に控えたリリスはついに今日その日がやってきてしまった。

夜が明けリリスは眩しい日光が窓から射し込む兵舎のベットで目を覚ました。

リリスは閉じた瞼の隙間からでさえ感じ取れるほど強い光によって目が覚めた。


眠い目をこすりながらむくっと起き上がった彼女。


「あれ…?シュトちゃん…?」


だが隣を見るとそこに昨日の夜までぴったりくっついて寝ていたはずのシュトロープがいなかった。  


あるのはシーツに残るもうひとり分の人の形をした跡だけだ。


「…まだ温かい」


すぐ隣のシーツに手を置くとまだ暖かかった。

それは直前までシュトロープがいたことを意味していたのだ。


「…もう起きちゃったのかな…ふぁぁ〜…よく寝た…シュトちゃんの身体暖かくて熟睡できたなぁ」


そう言って掛け布団から足を出して立ち上がる。


いつもの飛行兵の薄茶色のつなぎのリリスは飛行服に残るシワを手で払うように除き立ち上がった。


そしてそのまま兵舎を出るべくドアへと向かう。


そしてそのまま扉を開いた瞬間、まばゆい日光に包まれた。


目を細め、眩しそうな表情で出てきたリリスの目の前には現れたのは見慣れた二人だった。


そこには小さなクラッカーを携えたシュトロープとイーカルス大尉が立っていたのだ。


「あれ…二人共…なんで…」

「なんでじゃねぇーだろアホっ!今日でてめぇはここから離れるんだ、何かしてやらねぇとなっ!」


二人の手にあるクラッカーを見てリリスはすぐに察した。


「シュトちゃん…もしかしてクラッカー…?」

「ああ、いきなり鳴らすともしかしたら歩兵時代を思い出してヤな思いさせちゃうんじゃないかって思ってびっくりさせないようお前に許可をもらってから鳴らそうとふたりで取り決めていたんだ、な?」

「そうだぜ、万が一チェルショックでも起こされたら大尉としての示しがつかねぇ。

…と言うことで、鳴らしていいか?」


二人にそう問われるとリリスは嬉しそうに笑ってうなずいた。


「よっしゃぁ〜っ!いくぞシュトロープっ!

引退祝いだけだっ!それっ!!」


大尉がの声と共に二人のクラッカーの紐が引かれ、パンッ!という空気が割れるような音と共に色とりどりのテープと色紙が宙に放出された。


リリスはそんな華やかな雨の中気恥ずかしそうに立っていた。


その雨も落ち着くと向こうからもう二人やってきた。


大尉は「やっと来たか」と呆れと喜びを混ぜた口調で言う。


その二人はギーゼ大将とルフリパ中将であった。


帝国陸軍の野戦服姿のルフリパと杖を付きながら片手に花束を持つギーゼは少し微笑んでいるようにも見える。


「ギーゼ大将に…ルフリパ中将…!」

 

リリスのもとに来た将軍に対しリリスは敬礼をすると大将は口を開いた。


「私とお前とは短く希薄な関係だったが、お前の武功は航空史に刻まれた。

…こちらとしては残っていてほしかったがお前の意思だと言うのであれば蔑ろにはできない。

武運長久を祈りこれを授けよう」


そう言って杖をルフリパに渡すと、丁寧に両手でリリスに手渡した。


「わぁ…ありがとうございます…っ」


カーネーションやポピー、薔薇などの花々の薫りがリリスの鼻腔をくすぐる。


しっかりと両手に持った花束は両手の飛行兵としての功績をわかりやすく表していたのだ。


「それからも共に戦おう、テニーニャと。

そしてその先にいる巨悪を」

「はい、敵を討つその日まで私達は血ではなく、心でつながった家族として戦います」

「…良い心がけだ。

イーカルス、いい部下を持っていたな」

「当然だ、俺の審美眼に狂いはねぇ。

訓練兵時代からこいつの才は見抜いていたさ」


大尉は誇らしげに鼻の下を指でこする。


「私はここに残る、これからルフリパと行動してくれ。

確かここに人を乗せる輸送車があったはずだ。

ルフリパ、運転頼んだぞ」

「ええっ、私ここでお別れですか」

「リリスを運ぶ重大な任務だ、頼んだ」

「はーい。

いこ、リリス」


そう言ってルフリパはリリスをて招いた。


するとすぐ先に輸送車が一台、置かれていた。


ルフリパはすぐに運転席に乗り込む。


リリスは車につく前に一回振り返る。 

するとシュトロープがリリスヘ向かって走ってきていた。


そしてそのままリリスを強く抱きしめる。


「シュトちゃん…」


リリスは彼女の背中を優しくさすり応えた。


「リリス…元気でな…私はお前のことを忘れない…決して…」

「シュトちゃん…私も…エマちゃんとシュトちゃん、大尉とアルチューネの上官も…この基地での出来事は絶対絶対忘れない…っ!」


リリスは語っているうちに自然と涙が頬を伝う。


二人は強く抱きしめあうと身体を離す。


「じゃあ、またね。

ありがとう」


リリスは涙を拭きながらそう言うと目線をシュトロープの後ろへ向ける。


「整備兵の皆さん、ありがとございました」


そう言ってお辞儀をする。

整備兵たちはにこやかに一人の少女の門出を祝っているように見えた。


「おーいっ!リリスーっ!そろそろ出るぞーっ!」


ルフリパの声が響く。

リリスはそれを聞くと名残惜しそうにシュトロープを見て、そのまま走り出した。


そして輸送車の荷台に軋む音を立てて乗り込むと車のエンジンがかかり輸送車はゆっくりと走り出した。


リリスはじっと荷台の地面を見ていたが、聞こえた大尉の声で顔をあげてしまった。


「ほら!整備兵共っ!手ぇ振れ手ぇっ!!

元気でなぁーっ!!達者でいろよぉーっ!!」


リリスの目には大きく手を振る少数の整備兵たち、そして笑顔でリリスを送り出した大尉とシュトロープの姿があった。


それを見たリリスの目に思わず涙が滲み出てきてしまい視界が滲む。


「もう…あんなの見せられたら…思い残しちゃうよ…」


リリスは荷台の柵に手を付き頭を垂れて嬉しそうに泣く。


ポタポタと荷台の木の板に湿った斑点が浮き出る。


リリスを乗せた輸送車はそんな航空隊のみんなに見守られながら基地を去っていった。

こうしてリリスの飛行兵としての軍歴は幕を閉じ、新たな兵士としての活躍の始まりでもあった。


朝日は既に高く登り始め世界を明るく照らしていた。


六月十一日、朝の出来事であった。

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