帝都観光、その後
帝都へ情報収集を兼ねて観光していたテニーニャのフロント少佐。
途中、自身の司令した砲撃により姉を失ったと思われる幼女に出会う。
そしてそれを見ていたルミノスがテニーニャと共同でロディーヤ敗戦へ向かわせるために協力を仰ぐが、その軍人精神に反する姿勢を叱責されてしまう。
だが、高官に売国的軍人がいるとわかると利用しないわけにはいかない、フロント少佐はルミノスへ連絡先を渡して去っていった。
ルミノスが勢いよく参謀総長の部屋へと飛び込んできた。
「さ、参謀総長殿…っ!大変です…!テニーニャの少佐が…っ!」
「少佐?なぜ?観光のつもりか?」
羅列された資料を眺め、熱い淹れたてのコーヒを飲む。
「わかりません…けどっ!その少佐があれこれあって協力してくれるかもしれませんっ…!」
「どういうことだ?」
「と、とりあえず電話を…」
ルミノスが机の上にある電話の受話器を手に取る。
そして耳を当てるとそこから雑音混じりの少佐の声らしき人物が話しかけてきた。
「もしもし、ハーミッド・フロント少佐だ、私はテニーニャの少女隊、テニーニャ国防軍の少佐だ、今日は情報収集ついでにやってきたがいい街だなここは、高貴な政治家にガキ乞食、起伏が全て詰まっている」
参謀総長のハッケルも応じる。
「誰かね君は、私はロディーヤの参謀総長だ。
用がないなら切るぞ」
そう言うと少佐は少し笑ったあと詳細を説明し始める。
「参謀総長、私はルミノス・スノーパークと剣を交えた。
聞くところによるとどうやらロディーヤを敗戦へと向かわせているようじゃないか、しかも参謀総長とルミノスだけで。
心もとないなぁ、なぜそんなことをしているのかは知らないが、テニーニャの私にとっては好都合だ。
どうだ、是非情報を共有しよう、そうすればロディーヤを不利になるよう立ち回れるし、何より戦争も早く終わる。
そして私はなんの患いもなくぐっすり眠れるということだ。考えてみろこんな機会もうないぞ」
参謀総長はしばらく聞き行って考える。
「さ、参謀総長殿…!ぜひぜひご決断をっ!」
参謀総長が目をつぶって熟考する。
そしていよいよ口を開いた。
「バカめ、私はロディーヤを敗戦へと向かわせているが私は愛国者だ。
テニーニャ人の手は借りない、利用はするがな」
少佐が驚いたような声を上げる。
「馬鹿なっ!なぜだ!ロディーヤ敗戦がなぜ愛国主義につながるっ!?」
参謀総長は少し口角を上げて答える。
そのニヒルな笑顔に他意はなかった。
「教えてやろう。
勝ちだけが勝利ではないことを。
この戦争の敗北がこの国の勝利だということを。
私はロディーヤを負けさせたい、それはこの国がに憎いのではなく、もっともっと生まれ変われる余地があり、それを実行するためのものだ。
こんなこと、愛国者以外の誰ができるのかね?
なぁ答えたまえ」
少佐の声が震える。
受話器越しでもその考えに畏怖しているのが分かった。
「く、狂っている…まるで訳がわからないぞ…お前は地ならしをしたいのか地ならしを、自分の国土を焦土に変えたいのか」
「ああ、そうだ。
赤ちゃん言葉で話すなら、私のやろうとしていることは焼畑だ。
一度作られた森林を燃やす、すると土壌はどうなる?滋養が含まれた土は耕地に適す様になり、より多くの栄養を取り入れて豊かな森林へと生まれ変わる。
理解できたかね、この焼畑はこの戦争であり、戦後は豊かな耕地になる、その畑はロディーヤのものだ、君の手が加わってはいかん」
少佐の額から汗が滲み出ているのがわかる。
その物言いにすっかりと圧されてしまっていた。
「お前をただの売国奴だと思って利用しようとしたことが間違っていた。
お前は狂っている、売国奴ですらない。
歪んだ愛国精神の持ち主だ」
「狂っている…なるほどそう表現するか。
ならば再確認だ。
私が歪んでいるように見えるのは、君が色眼鏡のレンズの交換を怠ったからではないのかね」
「喋るな、それ以上話されると悪夢として出てくる、私を不安にさせないでくれ」
少佐はより笑みを深めると喋りを続ける。
「おやすみ、今夜君の脳に齧りついて眠れなくさせてやるさ」
そう言うと参謀総長は一方的に電話を切った。
少佐の手が震える。
世の中には自分以上の狂人がいることを証明させられた。
売国奴であり愛国者、その思想の持ち主が用いた手段がこの戦争だったのだ。
「…やめよう、これ以上思案しても苦悩を増やすだけだ。
私の人生のモットーは寝る前に思い出してしまう不安を一掃して、至上の安眠を手にすること。
それができれば、それでいい」
少佐は電話ボックスから出るとそのままボルタージュへと変えるために運転手の待つ車へと急いだ。
なにかに背後を追われている、そんな速度の足取りで。
「参謀総長殿っ!いいんですか!せっかく敗戦が早まるチャンスだったのに…!」
参謀総長は底に残ったコーヒーを飲み干すと。
「口答えするな豚、これでいいんだ。
それに私にはすでにルナッカーがいる、配役ならすでに済んでいるだろう?」
「ルナッカー…最近派手な動きはないようですが…」
「そうだな…そろそろ心配だ、ルナッカーはかつて私を慕っていたやつだ。
私は知らなかったが、あいつにこの計画を告げたときの絶望の表情は今も夜毎思い出す。
どう思っているんだろうな、多分死なせてもらえないぞ、生涯を償いに使わされるかもな」
ルミノスが参謀総長を庇うような素振りをする。
そんなことは絶対にないとでも言うような素振りで。
「わかっているルミノス、計画が成功して英雄になるのも、失敗してルナッカーに眠らされるのも、一興かな、それを覚悟して始めたんだこの計画は」
からのカップをどけて、羅列された資料から地図を取り出した。
「それはもういい、次はここだ」
参謀総長が爪を地図上にトントンと指を指す。
「アッジ要塞…あの不落の…?」
ルミノスが心配そうに見つめる。
「ここだ、ここで挺身隊をボロボロに壊すのだ、髄まで遊ばれて摩耗したブリキの兵隊みたいにな」
「一体どうやって…?」
「そうだな、挺身隊たちには告げていないが、補給部隊の行き先はこの要塞の麓の森の中だ、そこに小さいロディーヤの拠点を設けてある。
そこに着いたときに待機を命じる、それからはまた考える、それより…」
参謀総長が書類を一箇所に積み重ねてルミノスへ言う。
「チョコチップクッキーが食べたいなぁ、君の手作りのチョコチップクッキーが食べたい」
ルミノスの目がキラキラと輝く。
参謀総長の役に立てるならといそいそと退出しようとドアノブに手をかけた時。
「今度は炸薬弾みたいなもの作るなよ」
「は〜い♡」
参謀総長に声をかけられ、ルミノスは意気揚々と部屋を出ていった。
「全く…さてと腹でも空かして待つかね」
その頃ルミノスは白の裁判所の兵士を集めて町中で指示を出していた。
「いいかっ!貴様らっ!美味しい砂糖とチョコ持ってこーーいっ!私はクッキーの作り方わからないから誰がまとめて買ってきてくれっーー!そしてこの私に教えろっ!このルミノスに指示できる唯一の機会だぞっ!とっとと買ってこい!」
ルミノスのパシリにされた白の裁判所の兵士たちが帝都を駆けずり回った。
一方帝都を去り、帰路についていた少佐は車の中で寝れないでいた。
「どうしたんです?少佐?いつもなら寝るからゆっくり走れっていうのに…寝ないなんて珍しい…」
「少し眠るのに時間がかかりそうだ…あの参謀総長…」
「え?参謀総長?」
「あ、違う…なんでもない…少しわかりあえなそうな人種だったな」
車窓によりかかり、流れ行く景色を眺めてながら目を閉じる。




