掟破りの英雄
テニーニャ国内ではすっかりグラーファル閣下の熱気に湧いていたが、一方、その作戦を頓挫させたロディーヤのイーカルス航空隊に所属するリリスたちは湖畔の自分の基地へと帰投していた。
「わっーしょいっ!わっーしょいっ!わっーしょいっ!わっーしょいっ!!」
そんな元気な声が空に響く。
イーカルス大尉やシュトロープ、その他の整備兵たちが一人の少女を胴上げしていたのだ。
彼女の軽い身体が宙を舞い、大尉たちの腕の中には落ちてまた舞い上がる。
そう、リリスだった。
彼女は少し恥ずかしそうにはにかみながら身体を委ねていた。
「昨日はよくやったっ!!爆撃だけで重巡を沈めたのは後にも先にもてめぇだけだぜリリスっ!」
大尉は嬉しそうに笑いながらそう言った。
そしてリリスを降ろすと彼女の戦果に一同は称え合う。
「すごいな…お前の手腕を見ていたが、一体どうやったんだ…?」
「うんっ、爆弾を海面で跳ねさせて水中で爆発させたんだ」
「ほう、爆弾を跳ねさせる…?つまり水切りの要領でか」
「そうだよっ!ぶっつけ本番で成功できるか不安だったけど、成功できて良かった」
リリスは嬉しそうに頬を掻いてみせた。
たまらずシュトロープはそんな少女に抱きつく。
「すごいぞリリス…っ!」
「ちょっ…シュトちゃん…っ!?苦しいよ…っ…!」
二人を中心に大尉や整備兵たちはその光景を見てにこやかに微笑んでいたのであった。
もうすっかり六月に突入した。
リリスは澄んだ空の下で湖に体を向けて立っていた。
「…ふぅ…筋肉痛が抜けないなぁ…」
そう呟くリリス、すると後ろから足跡が迫ってきた。
彼女が振り向くと銀髪のポンパドールの髪を靡かせたイーカルス大尉が歩いてきていた。
「どうした、こんなところで黄昏れて」
「いいえ、特に何も…」
大尉は彼女の隣に立つと独り言を言い始めた。
「爆撃隊は十機のうち未帰還機五機、雷撃隊二十機のうち未帰還機九機、その数に入らなかっただけで丸儲けだ。
死者を悼んでいるのかもしれねぇーが、自分の生を喜べよ」
「…よくわかりましたね、私の考えていたことが」
「へっ、わかるわ、てめぇみてぇな人間と一緒にいると嫌でもな」
リリスは少し複雑そうな顔で言う。
「生きている私が讃えられて、死んでいった人は忘れられるのは、私が望むものじゃありません」
そんな彼女の顔を見た大尉はリリスの麦色のショートカットの髪を持つ頭にガッチリと片手の手のひらを押し付けワシャワシャとかき乱す。
「バーカ、死んだ人間が忘れさられるもんか、てめぇさては俺を知らねぇな?俺はいつだってあのアル中野郎を忘れたことなんてないぜ、誰だってそうさ。
どんな無名なやつでも家族か、親友か、上官がいる。
誰にも悲しまれねぇやつなんていねーんだ、どんな野郎でも、そいつがくたばるときには思うものがあるってもんだ。
俺だって、クソ親がくたばったときは流石に泣いた、唯一の肉親だからなぁ、もう鼓膜が破れるほど聞かされた怒号も聞けないと思うと、少し、な」
大尉はそう言って空を見上げた。
「とにかく、命あっての物種って言うだろ?死人は忘れねぇ限り死なねぇーんだ。
生きてるてめぇも、それでも死んだやつもみんな立派だろ?」
大尉が不器用なウィンクをしてリリスを励ました。
「…はいっ、ありがとうございますっ…」
「謙虚だなぁ、もっと胸張っていいのによぉ。
あ、無い乳は張れねぇってか、あははははっ!!」
「シュトロープみたいですね…大尉…」
上機嫌な大尉をジト目で見ながら苦笑いでそう呟いたのだった。
舞台を移し、ロディーヤ帝国の帝都のチェニロバーンにて。
参謀本部の執務室の机に座っているのは参謀総長のハッケルであった。
彼女の顔の前に手を組み肘を机について表情は難色を示していた。
その様子を察してか、ソファに座っていたルミノスも落ち着いている。
するとその部屋の扉が大きく開き、そこから黒い白衣を来た白の裁判所のチェンストンが飛び込んできた。
「朗報だっ!よく聞くのだ皆っ!ついに合成獣ができそうなんだっ!染色体の数をいじった赤子と猿を合成獣だぞっ!今鳴きだしたっ!楽しいぞっ!」
彼女の顔には切断された鼻の断面を覆うよう包帯が顔をくくるように巻かれている。
チェンストンは執務室の空気を察すると声色を少し弱めて尋ねる。
「おや…?もしかして場違いだったか?でも研究が実を結んでくれて僕は嬉しいんだ、この喜びを分かち合おうと思ってね」
すると座っていたルミノスが口を開く。
「あのなぁ、そんな研究私達は興味ないんだよ、承認欲求満たしたいんなら学会か世間にでも…」
「馬鹿だなぁ君は、言ったじゃないか。
僕は学会を追放された身だよ?ついでに教会にも目をつけられているんだ、下手なことはできない」
「あ〜そうだったクソっ…こいつ研究ばっかで全然任務こなそうとしないな、あんまり研究ばっかやってると殺すぞ。
参謀総長殿は貴様の戦力を買って自己満足の研究をさせてやるために金を与えてやってんのに、仕事しないんだったら消えてくれ」
「ひどいことを言うじゃないか、まるで人を穀潰しのような…」
チェンストンはそのまま部屋へと入ってくる。
すると二人の言い合いは激化した。
「部屋に入ってくんなよっ!貴様の身体は精液卵子細胞液まみれだろうがっ!!」
「そんな言い方は無いだろう、全部大事なサンプルだ、まるで汚物のような物言いはやめたまえ」
「うるせぇーっ!スカタンっ!!来るなぁっ!!」
「何…?あんまりそんなこと言ってると無理やり陰茎五本ぐらい生やさせるぞ…!」
言い争う二人を見ていた参謀総長は一言、「黙れ」とだけ言うとすぐにその場は静まり返った。
二人は参謀総長の座ると机を見て彼女の話を聞く。
「くだらないことで争うな、醜いぞ。
…今私は少し不愉快だ、航空隊を撃滅してくれると期待していたテニーニャ艦隊は鉄屑共の寄せ集め、おまけに航空隊の一人、目の敵、リリス・サニーランド…彼女は名前を新聞で見ない日なはい、そろそろ堪忍袋の限界だ、想像以上の弱小国のテニーニャに呆れた、いっそ米英人共を皆殺しにしてこの国を破壊してもらおうか」
「ちょっ…まずいですよ総長殿…っ!テニーニャぐらいの国家との戦争でいい塩梅なのにあんな国に戦争ふっかけたら文字通り更地になりますよっ!奴らならやりかねない…っ!!」
「…冗談さ、少し脅かしてみただけだ」
参謀総長は無表情で椅子の背もたれにぐったりを身を預ける。
「最近神経擦り減らしすぎたな、少し…休むか」
そのまま目をつむり、参謀総長は動かなくなった。
ルミノスとチェンストンは顔を見合わせて、彼女を邪魔せぬようそっと部屋を出ていったのであった。




