泥濘に咲く蓮に祝福を
ワニュエでの交戦に身を投じていたロイドたち。
負傷し後方へと運ばれたエロイスの変わりに敵陣へと吶喊した。
死を覚悟で少女たちは突き進んだ。
相変わらず雨は強い勢いで地上に降り注いでいた。
篠突く雨は泥を穿ち死体や血、火薬と混ざって汚泥を作り上げた。
その地の名前がワニュエだった。
その地でロディーヤ兵とテニーニャ兵が白兵戦を展開していたのだ。
降雨により霧がかる戦場に鳴りひびく銃声や断末魔。
そんな戦場を駆け抜ける三人の少女。
「ここで負ければ後方も侵される…っ!それだけは避けなければっ!」
半自動小銃を構えて撃ちながら走るロイド。
やがて三人はバラバラになり、弾丸飛び交う戦場を個人で戦い始めた。
戦闘の勢いは衰えることを知らず、まるで永遠かと思えた。
その時、一発の銃声が響き渡った。
何気ない一発。
だがその銃声に貫かれたのは、ダンテルテ少佐だった。
「がっ……!」
彼女は背後から何者かによって撃たれた。
胸を貫かれ、飛び立った血飛沫が宙に広がる。
少佐はそのまま表情を変えず、ぐちゃぐちゃの泥の中には前のめりで倒れた。
あっけない最後だった。
倒れた少佐を構う人はいない。
皆敵との戦闘に夢中で誰も気づかない。
何より、倒れている人間が一人増えたところでもはや誰も気にかけなかった。
その戦場に伏せている人間は大量にいるのだ。
少佐は動けなかった。
喉や鼻腔、肺に冷たい泥水が入り込んでくるのが薄れゆく意識の中わかった。
彼女は死を悟った。
(…これが…終わりか…あっけ…ないな…)
少佐はゆっくりとまぶたを閉じた。
やがて雨音や銃声がくぐもって聞こえなくなっていく。
彼女は心臓は緩やかに停止したのだった。
「はっ…」
彼女が目を空けるとそこは別世界だった。
磨かれた鏡のような水面が永遠に広がる白い異世界。
そこに彼女は立っていた。
「ここが…死か…」
その見慣れない世界に少佐はすぐに自分が死んだことをすぐに気がついた。
そしてあたりを見渡すと、少し遠くに一人の武装聖歌隊の軍服を着た少女か立っていたのだ。
その人物に見覚えがあった。
「シェフィ…」
ダンテルテ少佐は微笑んだ。
かつての部下のシェフィールド・S中尉だったのだ。
赤茶色のおさげの髪の女の子は顔につけられた仮面をゆっくりと外す。
するとその仮面のしたの顔が晒された。
そこには完璧な可愛らしい造形の顔の少女の顔があった。
砲撃で失った顎を取り戻していたのだ。
髪色と同じ目の少女が少佐を見て微笑んでいた。
「フッ…良かったな、死後で完璧な顔になれて」
「もしかして皮肉のつもり?
…私だって少佐に会いたかったよ、予想以上に早く会えたけどね」
ダンテルテとシェフィはお互いの顔を見合うとやがてクスクスとほほえみ始めた。
シェフィは髪を耳にかけながら言う。
「…会いたかった、少佐…じゃなくて…
ダンテルテ」
「あぁ、私もだ。
会いたくて仕方ないほどに」
二人は透き通るような白い世界で歩み寄る。
そしてすぐ手を伸ばせば届く距離にまで近づいた。
「シェフィ、私達は罪人だ,もう天には昇れない。
落ちるところまで墜ちるだけだ、永遠に」
「うん、わかっている。
…行こう、二人で」
二人はゆっくりとお互いの近づき、そして抱きついた。
苦しいほどに抱きしめ合う二人。
その顔は喜びと含羞に満ちていた。
やがて頬に熱い涙が伝う。
気がつけば二人の姿はなかった。
ただ、地平まで続く水面にぽちゃんと言う音と共に小さく波紋が広がってやがて静寂に包まれた。
その後の彼女たちを知るものは、誰もいない。
人命が次々と消える戦場。
長く続いた戦闘の行方が徐々に見え始めた。
ロディーヤ兵站たちは集団で後退し始め、塹壕へと戻っていく。
テニーニャ兵の鬼神が如き強さに次々と数を減らしていったロディーヤ軍は止む無く撤退を始めたのだった。
「引けぇーっ!!撤退だ!!退避ぃーーっ!!」
歩兵たちは自軍の塹壕を乗り越えどんどん後ろに引いていく。
塹壕にいた機関銃を撃っていた兵士たちも持ち場を離れて逃げ出したのだ。
こうして瓦解し始めたロディーヤ軍は押され敗色濃厚となっていった。
オナニャンは着剣した小銃を振り回し敵を刺殺していく。
ロイドは盛り上がった泥に伏せて隠れ、そこから敵を狙撃して撃ち殺す。
熾烈な戦闘が永遠に続くかと思えたが、ある一人の兵士が片手を上げて叫ぶ。
「撃ち方やめぇーーっ!逃げるものは負うなっ!!」
その声と共に銃声が次第に止んでいく。
霧雨のなか、敗走するロディーヤ兵士たちの背中を見送るとやがて姿が見えなくなった。
ついに戦闘が終わったのだ。
辺りはしばらく静かな時間が続いた。
だがその沈黙を破ったのはロイドだった。
「やっ…やっ…!
やったぞぉーっ!!ロディーヤ軍を押し返したぞぉぉーっ!!」
思わず声高々に叫んだ。
すると生き残っていた武装聖歌隊の兵士たちが大きな歓声を上げ始めたのだ。
大地を震わせるほどの声量はテニーニャの勝利を天に伝えていた。
少し弱まった雨の中、兵士たちは抱き合ったり肩を組んだりして勝利に酔いしれていた。
ロイドは疲れからか叫んだあと地面に膝から崩れる。
そんな彼女に駆け寄ってきたのはオナニャンだった。
彼女はロイドの胸に飛び込むとそのまま地面へと抱きつきながら押し倒してしまった。
「やったのです…っ!うちたち…やったのですよっ…!!国を守ったのです…っ!」
胸に顔を埋める彼女の目には涙が浮かんでいた。
ロイドは優しい笑顔を見せながらそっと彼女の頭を撫でた。
「…怪我はない?」
「うん、無事なのです」
「そう…よかったわ」
二人は強く抱きつき、生きているのを実感し合う。
泥の中だろうがお構いなしに二人は心のそこから喜びあったのであった。
いつの間にか鉛色のどんよりとした曇天は消え失せ始め、暖かな日光の筋が雲間から射し込んで地上を照らしていた。
その光は舞台照明のスポットライトのように抱きつく二人を照らしていたのであった。




