気が触れた兵士たち
ワニュエにていよいよ戦車を用いて突撃を敢行するエロイスたち武装聖歌隊の連隊。
少佐の笛の音と共に雨が降る中、ロディーヤへと攻撃を開始したのだった。
塹壕から飛び出した兵士たちは前を突き進む戦車をの後ろには付きながら進む。
鋼鉄の戦車を盾にしながら安全に前進していくテニーニャ兵士たち。
その緩やかな進撃についにロディーヤ兵が気づいた。
「来たぞっ!テニ公が来ているっ!」
「なっ…何だあれはっ!あの鉄の塊はっ!?」
ロディーヤ兵たちは続々と塹壕から頭を出してやってくるテニーニャを見て驚愕する。
そこには鋼鉄の塊がずいずいとゆっくり近づいてくるという光景が目に飛び込んできたのだ。
「あっ…あれが噂の戦車かっ!?」
ロディーヤ兵たちは好奇心と恐怖で塹壕から頭を出す。
するとけたたましい機関銃の音が鳴り響く。
戦車の砲郭から連続して弾頭が放たれロディーヤ兵たちは頭部を貫かれる。
兵士たちは断末魔も上げずただ力なく血を吹き出しながら横たわっているだけだった。
「クソっ…顔出せねぇ…」
「無理だっ!引こうっ!撤退しようっ!あいつらは鉄の悪魔だっ!蹂躙されるぞっ!!」
「馬鹿言うなっ!なんのための俺たちだっ!このまま祖国に帰れるかっ!
全員引くなっ!!逃げるものは撃ち殺せっ!なんとしても不逞なテニーニャを押し返せっ!!」
一人の兵士が叫ぶとロディーヤ兵士たちは恐れずにボルトアクション式の歩兵銃や機関銃陣地の重機関銃を発射し向かってくる戦車へと攻撃する。
しかし跳弾して火花を散らすだけで痛くも痒くもなさそうにずいずいとキャタピラを回転させ向かぅてくる。
安全な戦車の後ろで腰を低くしながら進んでいたのはエロイスたち含めた兵士たちだ。
彼らは砲撃によってできたクレーターに身を隠したり姿勢を引くしながらゆっくりと随伴していたのだ。
雨は激しく降り始め、辺りは一層暗く湿気混じりの空気が肺を湿らす。
エロイスたちは匍匐前進しながら前へ前へ進む。
「これは…勝てるわっ…!」
ロイドは思わずそうつぶやいた。
小銃を抱えながら泥の中を這う少女たちは少し希望に溢れた表情をしていたのだ。
だがロディーヤもやられっぱなしと言うわけではなかった。
ロディーヤの塹壕の中には軍用犬がいくつもいた。
犬の背中には筒状のナニかを束ねた者を背負わせ、その筒状のからは黒いコードのようなものが伸びていた。
「頼んだぞ」
兵士は口を開け舌を出している犬の頭を撫でる。
そしてその犬を一斉に塹壕の向こうへと放った。
犬は緩やかな板の坂を駆け上がり、戦車へ向かって走り出していった。
背中にナニかを背負って向かってくる犬を戦車兵はすぐに視認した。
「何だっ!犬が来るぞっ!」
「早く撃ち殺せっ!」
向かってくる犬を重機関銃で狙い弾頭を発射するが犬はそのまま突き進む。
「だめだっ!機関銃の最低俯角よりも下を移動するっ!当たらねえっ!!」
その犬は素早く戦車の車体の下へと潜り込んだ。
「今だっ!起爆しろっ!」
犬の背中の筒状のモノからはコードが引かれておりそれが塹壕の兵士の手元のT字型ハンドルが付いた大きな箱に繋がれていた。
そう、起爆装置だった。
犬の背中に取り付けられていたのはダイナマイトだったのだ。
ダイナマイト・プランジャーという人力発電機によって箱のT字型のハンドルを上下にピストンして電力を送る。
「最も早くシコシコしろっ!」
「んおぉぉっ!!起爆しろぉっ!!」
兵士が渾身の一撃でハンドルを押し込んだ瞬間、戦車の下に潜り込んだ犬もろとも爆発した。
突如として爆風と爆発音が空気と大地を震わせた。
戦車は次々と燃料に引火し爆発し、黒焦げの塊に変貌する。
近くにいた兵士たちは爆風によって後方へと吹き飛ばされた。
「うわぁっ!!」
エロイスたちも顔を埋めて爆風を躱す。
そして顔を上げた頃には前程までの勇ましい姿の戦車はなくただ黒煙を上げ続ける燃える鉄塊に変わり果てていた。
するとその瓦礫の砲郭の後ろの扉から兵士が飛び出してきた。
「うぎゃぁぁぁーーーっ!!!!」
戦車兵の一人だった。
彼は轟々と燃え盛る炎を全身にまとってまるで踊るように飛び出してきた。
雨が降る中でもその炎は勢いを和らげずに兵士を焦がし続ける。
「助け゛でくれ゛ぇーっ!!誰かぁーっ!!」
兵士はヨロヨロと歩き水の溜まった砲撃のクレーターに飛沫を上げて飛び込んだがやがて浮き上がってきたのは全身まっ黒焦げの炭人間であった。
オナニャンはその光景を真ん前で目撃してしまった。
あまりの出来事に体が動かなくなってしまっていた。
「やったぞっ!戦車を撃破したぞっ!」
ロディーヤ兵たちはたちまち歓喜の声に包まれる。
遠くからそんな歓声がテニーニャ兵たちの耳に届いた。
あっという間に撃破されてしまった戦車の残骸を見てテニーニャ兵たちは呆然としてしまった。
「そっ…そんな…あの戦車がもう…」
心の支えと身の安全を確保してくれていた戦車が一瞬にしなくなってしまい兵士たちはすっかり戦意消失してしまった。
「見事だロディーヤ、素晴らしい鬼畜さだ。
残った動ける戦車だけを前に出せっ!歩兵たちは匍匐前進で弾幕を避けながら進めっ!!」
一人の男の兵士が叫ぶ、だが歩兵たちは呆然と立ち尽くしたままだった。
そしてついに一人の兵士が叫ぶ。
「俺はカール大帝だぁっー!!ばんざぁああーっいっ!!!」
そう言うと一人の兵士が歩兵銃をかなぐり捨てて敵陣へとの突撃していった。
「馬鹿っ!戻れっ!」
兵士の静止も聞かず向かっていった兵士はたちまち機関銃の餌食となり銃声と共に全身に風穴を開けて地面に倒れていった。
それを見た兵士たちは小さくつぶやき始めた。
「…楽になった…」
口々にそうつぶやき始めた兵士たちはやがて歩いて敵陣へ向かう。
「おいっ!何してるっ!伏せろっ!撃たれるぞっ!!」
いくつかの兵士たちは伏せながらそう叫んでいたが大半の兵士たちはゆっくりと敵へと向かうって行く。
その異常な光景にエロイスたちも思わず驚いている。
「なっ…!何が起きてるの…?」
「私にはわかるわ…戦車という心の支え、盾がなくなった兵士たちに残されたのはただの突撃戦法、それに絶望した兵士たちが戦意も生きる意味も失ったのよ…っ!」
「それって…!」
エロイスが声を発す前には一人の青年が叫ぶ。
「楽になれるぞぉーっ!!」
その声を皮切りに兵士たちが次々と突撃していった。
「戻れ戻れっ!撃たれるだけだっ!隊を崩すなぁっ!」
そんな兵士の声たちに耳も貸さずただひたすらに突撃していってしまった。
「狂ったのよ、彼らは」
ロイドの言葉が全てだった。
軍務も作戦も人生を全て放り捨てて死にに行ったのだ。




