赤い眼の落雷
実験場を離れ、アッジ要塞へと異動となったエロイス・アーカンレッジたち。
少佐が連れてきた国防軍と大尉、ハマナウ・レズーアンとともに要塞の麓の湖までやってきた。
そこでエロイス、リグニン、レイパスの三人は戦後の夏に思いを馳せていたのだった。
挺身隊のリリスたちにも動きがあった。
蜂起のが終わってしまったので参謀総長から近くを通る補給部隊と合流して行動せよとの司令が入る。
挺身隊員は荷物を調えて歩き出した。
リリスたちは荷物を持って順調に自然の中を歩いていた。
川に架かっている木の橋を渡り、田園風景のあぜ道を抜けていく。
「補給部隊とともに五十人程度の少女兵とも合流するらしい、三十人程度の俺たちにとっては思いがけない幸運だな、まだ戦い慣れていないらしいから新兵なんだろうな、優しくしてやってくれ」
先頭の少尉が全体に呼びかける。
戦場を今の所無事に生き残っているリリスたちはもう先輩になったのだ。
「新兵かぁ〜リリスさんっ!なんて呼んでくれるのかなぁ」
「いや〜?先輩らしい尊厳とか感じられないし、おいリリスっ!じゃない?」
「お友達になれそうな子がいっぱいいるといいですわね、リリスさんも先輩らしくないので簡単に打ち解けられるのでは?」
「えーそんなに頼りないの〜?」
「まぁいいじゃないか、とっつきやすいってのも長所だぞ」
寒空の今日は雲ひとつない晴天だった。
木枯らしが草木を乾燥した風で揺らす。
リリスたちもその寒さに手を合わせながら歩いていた。
あぜ道を少しの歩いていると別の道に長い列が見えた。
馬や補給車、それに陸軍兵と少女兵。
合流する補給部隊だ。
「少尉!あれですね!」
「そうだなあれが補給部隊だな、もしかしたらうまいもん食べられるかもしれないな」
リリスたちの目が輝く。
ちょうど歩き疲れていてお腹も空いてきたところだった。
少尉の足取りが早くなって一刻も早くというくらいの速さで補給部隊と合流した。
「私はロディーヤ女子挺身隊のエル・ルナッカー少尉です。、よろしくおねがいします」
「うむよろしく頼む、では先頭についている少女兵を任せた」
「わかりました」
少尉が先頭へと行こうとしたところ、リリスがさっきの陸軍兵に話しかけていた。
「あの!もしかしてなにか食べれたりってことはっ!」
少尉が慌ててリリスを回収しようとする。
「図々しいぞリリス!そんなことできるわけ…」
「いいんじゃないかな、もう少しで休憩するところだし、その時に食べさせてあげよう」
「いいんですかっ!」
なんと補給部隊の兵士が補給用の食料を挺身隊の少女たち配ってくれるというのだ。
この対応には流石の少尉もびっくりしている。
「お嬢ちゃん、トマトスープ好きかい?」
「はい!大好きです!」
「それは良かった、そういえばハッペル陥落を殆ど挺身隊だけで完遂させたんだってな、あのあとも帝都はゴタゴタしてて、大変だったがよく頑張ってくれなぁ」
「帝都のゴタゴタって蜂起のことですか?」
「あぁ、参謀総長がわざわざ前線の兵を鎮圧に回したからな、せっかく陥落させた挺身隊が取り残されちゃって可哀想だなぁて話をしていたんだよ、何事もなくて良かった」
「ご心配ありがとうございます!ではこれで!」
リリスが少尉に引っ張られて先頭へと連れて行かれた。
連れて行かれている最中もリリスを手を振り続けていた。
「あんな純粋そうな子たちが街を陥落させたなんて恐ろしいな」
「スープ飲みたいなんて言われたら出すしかねぇべ」
「陥落させられたい…」
「は?」
補給部隊の歩みは止まりしばしの休息へと入った。
陸軍兵たちが約束通り、補給車からトマトスープを配ってくれた。
ホカホカと湯気が立ち上り、冷めきった少女たちの顔や手を温めてくれる。
「わぁ美味しそう…」
「ベルちゃん、今むっちゃ熱いから気をつけてね」
飲みたい気持ちと熱さで口に含めないという矛盾を抱えたまましばらく待っていると、隣のリリスがスープを冷まそうと息をふぅ〜っと吹いてくれた。
「これぐらいでよし」
「もう、それぐらい自分でできるわよ」
「えへへ、ごめん」
ベルヘンは口ではそういうものの、内心少し嬉しかった。
スープの中は具だくさんで味が豊かだ。
汁を吸ってふやけたキャベツに柔らかな人参、トマトだろうか、甘くて薄い赤い具が赤い汁から時々浮かぶ。
「美味しいですわね、私トマトあんまり好きじゃないけどこれなら飲めるわ」
「ていうか補給なのに食べちゃっていいの?」
ウェザロが陸軍兵に質問をする。
すると陸軍兵は優しく語りかけるように喋った。
「気にすんなって、補給先のやつらに女に弱いからな、説得すれば納得してくれるさ」
少尉はスープが入った皿を持ってリリスたちの横に座った。
少尉はスープに息を吹きかけるばかりでなかなか飲もうとしない。
「…少尉…?もしかして猫舌だったり…」
「そんなわけないだろ!下の使い方が下手なだけだ!」
「ははは、ごめんなさ〜い」
少尉はなんとかスープを冷まして口に含む。
どうやら口に随分合っていたようだ。
そのまま一口で飲み干してしまった。
「うまい…っ!」
少尉はその頬が落ちそうなスープを噛み締めたのであった。
しばらく挺身隊と陸軍兵で休息を取っていた。
周りは山々に囲まれ、澄んだ小川に田園。
よくある普通の田舎だった。
景色はハッペルに来る前と何ら変わりはない。
ウェザロに帝国陸軍兵が近寄り話しかける。
他愛もない会話で長々と喋っていた。
友達のことや国のこと、そんな会話の終了は突如として訪れた。
タァンッ!
田舎の広々とした場所に突如、銃声が鳴り響く。
それはウェザロが話していた帝国陸軍兵の脳天へと命中。
頭から血がホースの先から流れ出る水のようにいつまでも吹き出ている。
「伏せろォーーーッ!敵襲だァーーーっ!」
その場にいる陸兵と少女兵が補給車や草木に素早く移動して隠れる。
どこから撃たれたのかわからない以上下手に動くのは危険だ。
タァンッ!
タァンッ!
また一発,また一発とどこからともなく撃ち込まれる。
その音に同期して陸軍兵も少女兵も地面へと倒れていく。
不可視の敵が兵士たちを翻弄した。
「クソっ!どこから聞こえるんだ!銃声が山々に反響するせいで音源がわからないっ!」
少尉はとりあえず拳銃に弾を込めて射撃の用意をする。
リリスたちもその場にただ頭を抱えてしゃがむのみだった。
「探せーーっ!どこからか撃ってくるぞーーっ!!探」
また一人陸軍兵が地面へと倒れた。
次々と一方的に攻撃される陸軍兵と挺身隊はても足も出なかった。
「おい!そこのお前もっと頭を下げろじゃないと…」
少尉が呼びかけたのは新米の少女兵だった。
指示を聞いて頭を下げるが隠れたものが木箱であった。
そのまま弾丸は木箱を貫通して少女兵の脇腹へと突き刺さる。
「う゛ッ…っ…誰か…っ…」
少女兵が苦しそうに喘ぐ。
しかし少尉たちにはどうすることもできなかった。
「狙撃兵か…早めに始末しないとまずい…」
すると遠くの山の針葉樹の木の上で一瞬、わずかに日光に反射してなにかがきらめく。
ベルヘンの目はそれを見逃さなかった。
「リリス、そこの狙撃銃を手にとって」
ベルヘンがそばにあった狙撃銃を持つようリリスに促す。
「方角は西の山腹、ちょうど真ん中辺りの木の上に誰かがいる、多分そいつが狙撃手」
「ほんと?」
「間違いない、さっきそこあたりが一瞬光った、多分スコープの反射」
リリスがその方向へ目をやると真ん中辺りからまた一筋の光がやってきた。
それは補給車に当たった。
「ほんとだ、あそこらへんに誰か…」
「狙われている以上、下手に動けない。
リリス、あなたが撃つのよ」
「私が…」
「リリスっ!これをっ!」
ウェザロが弾薬袋を投げて渡す。
リリスが受け取ると袋から五つの弾薬がまとめられた弾薬グリップを取り出し、そのままボルト内へと押し込んで装填が完了する。
陸軍兵が念を押す。
「リリスとかいっな、敵は一人とは限らない、我々は撃たれないように山を観察してを索敵し、見つけたら場所を報告する。
頼りにしているぞ、他のものは全員隠れていろっ!隠密だ隠密っ!」
敵が遠距離から離れている以上手榴弾や拳銃、歩兵銃は使えない、使えるのはたまたま手に取れる位置にあったスコープ付きの狙撃銃のみ、他の狙撃銃はどれも離れており、物陰から飛び出して手に入れるのはリスクがあった。
この盤面を変えられるのはリリスとなった。
リリスはヘルメットを深く被ると、隠れていた補給車の影からそっと覗く。
ベルヘンに言われたとおりに真ん中あたりを見るがそこには深い緑が広がるばかりで狙撃手の姿は確認できなかった。
相手もそれを知っているかのように狙撃してこない。
「もう一発撃ってくれれば場所が完全にわかるのに…」
リリスはスコープで敵の場所を探しながらぼやく。
「少尉、撃ってきませんね」
「相手もわかっているんだ、まだ自身の居場所がバレていないことを、そして発砲すると位置がバレるから無闇矢鱈には撃てないということを」
メリーとルナッカー少尉の会話を聞いてウェザロは一つ思いつく。
「あれっ?撃ってこないということは…?つまり…あそこの狙撃銃が取れる!?」
ウェザロの目は前方の開けた道に放置されている狙撃銃へと目が行った。
「そうだよ、相手も位置を悟られたくないんだ!だから撃てない!つまり物陰から出ても撃たれない!」
「ウェザロ早まるな、相手は一人とは限らない、お前見たいな人間を狙っているやつがいるかもかもしれない」
「でも…あのままじゃ…」
「ベルヘン、大丈夫だ。
リリスが場所さえ見つけてくれれば」
狙撃の膠着状態が続く。
場所がバレないように狙撃を控えた敵兵。
その場所を無限とも思える深緑の中をスコープで探すリリス。
銃声は鳴らない、だがそこは確かに戦場だった。
「撃ってこないなら今のうちに…!」
陸軍兵の一人が物陰から飛び出して落ちていた狙撃銃を手に取る。
「まずい!隠れろっ!」
タァンッ!!
銃声少尉の叫び声とともに陸軍兵は頭を撃たれた衝撃でそのまま地面に倒れ込んだ。
「ほら見ろ!撃たれた!」
「いや違うわ」
少女兵の言動をメリーが遮る。
「私見えたわ、ベルヘンさんの言っていた真ん中とは別の場所から先行が見えましたわ。
山の左端の方からスッと…」
メリーが震える口調で話す。
やはり一人ではなかった、敵は複数いた。
「無駄死にを…」
陸軍兵が前程倒れた兵士を見てつぶやく。
「無駄じゃないです」
リリスがはっきりと強い口調で言い切る。
「無駄じゃないです、狙撃兵は少なくとも二人いる、それに二人目は発砲してくれたので位置を特定しました。
メリーの言うとおり左端に」
リリスは敵襲時から隠れていた補給車の影を移動して運転席に伏せながら乗り込んだ。
そして山側の扉を少し開く。
「リリス!何をっ!」
少尉の声をよそに少しだけ開けた扉から狙撃銃の銃口を突き出す。
リリスのは運転席と助手席のシートの下に横たわって収まっている。
これで全身を守りながら銃口を向けることができた。
「場所は覚えてる、あそこの木の上っ!」
リリスがスコープを絞り、ぼやけた緑の中から現れたのはテニーニャ陸軍の男の狙撃兵だった。
枝の上で座り、膝に銃を乗せてスコープを固定している。
敵兵のスコープは車両の扉から銃口を出したリリスを捉える。
そして狙いをリリスが隠れている扉へと向ける。
敵兵の指が引き金を引き、銃声を鳴らして、補給車めがけ弾丸を撃ち込む。
キィン
撃ち込まれた弾丸はわずかにリリスに当たらず、扉に小さな声穴を開けただけに留まった。
「今度はこっちの番だ」
リリスがスコープで敵の頭へ狙いを定める。
だがしばらく考えたあと、狙いを足元へと向けた。
そして引き金を引く。
ダッンッ!!
その弾丸は見事足へと命中した。
バランスを崩した敵兵はそのまま木から落ちていく。
「一人落とした!」
リリスが大声で報告する。
陸軍兵と少女兵がその報告を静かに受け取る。
「よくやったリリスっ!」
「お見事ですわ」
しかしリリスは特段浮かれてはいなかった。
未だにリリスは弾丸で人を傷つけることになれていなかった。
その情けがさっきのスコープの動きに顕著に現れた。
なるべく頭ではなく足、せめて負傷で済まそうとしたリリスの情けだった。
リリスは近くに隠れていた陸軍兵に訪ねた。
まだもう一人の場所を特定できていない、リリスはどうにかして探そうとするが無闇に頭を出して悠長に探すなんてことはできなかった。
するとリリスは思いついたかのように同じ補給車に隠れていた陸軍兵へと質問する。
「この車の鍵ってありますか?」
陸軍兵はキョトンとした素振りで答える。
「た、確か他の兵士が…でもなぜ?」
「少し貸してください、大丈夫です、壊すようなことはしません」
遠くにいた陸軍兵がポケットから車の鍵を出す。
それを物陰に隠れていた兵士から兵士へと投げて伝送する。
それはリリスの元へと無事たどり着いた。
「これを…」
「ありがとうございます、この補給車動かすので一緒に動いてください」
「え?」
リリスは車へ鍵を差し込むと座席の下のアクセルペダルを横になったまま手で押す。
補給車はゆっくりとしばらく前進したあとその場に留めた。
「あのこれになんの意味が…」
リリスは静かに答える。
「この位置がいいんです、さっきベルちゃんが言ってました、山腹の真ん中あたりにいるって。
だからさっきみたいに寝そべったまま扉から覗かせた銃口を真ん中に向けるのに少し右に移動する必要があったんです。
そして今、見えます。
補給車の座席の下からなら安全に探して狙えます!」
リリスは再び銃口を挟むようにして開いた扉からスコープを使って覗き込む。
「見えた!」
リリスが敵を捉えた瞬間、相手の引き金が引かれた。
発射された弾はリリスめがけて飛んでくる。
しかし運良く起動は反れ、扉のガラスを撃ち砕いただけだった。
パラパラと砕けたガラスが寝そべって敵を狙うリリスへと降り注ぐ。
キラキラとゆっくりと輝きながらリリスの体に積もった。
「もう誰も狙わさせない、あなたは私の目だけを狙っていればいい」
リリスは標的へと狙いを定める。
相手ももう一度リリスを狙おうと銃口を向けていた。
そしてリリスの狙いが頭へと向かおうとしている途中。
ダァッン!
一発の銃声が空に響いた。
陸軍も挺身隊もその音を聞いて固まる。
撃たれたのか、撃ったのか。
少尉が呼びかける。
「リリーーーっス!聞こえるかっ!返事をしろっーーー!!」
しかし返事は一向に帰ってこない。
兵士たちもざわめき始める。
「リ、リリス…?」
ベルヘンが心配そうに物陰から呼ぶ。
最悪のシナリオが脳裏に浮かんだ。
「リリス…っ」
ベルヘンが悲しみに暮れ涙が溢れそうになったその時。
「…車のガラス割っちゃってすみません、でも、わざとじゃないんです」
その声は紛れもないリリスの声だった。
いつもの明るい少しおどけた声。
その声を聞いて挺身隊の少女たちも陸軍兵も喜びでわぁっと湧き上がった。
「リリス!生きてんだったら返事くらいしろぉ!」
少尉が鼻を赤くして叫ぶ。
「すみません、相手が撃てなくなるのを確認していたんです。
それにもう頭を出してもいいと思いますよ!これ以上撃っては来ないと思いますから」
その言葉を聞いて物陰に隠れていた兵士たちは一斉に飛び出しで生還を喜びあった。
そして少尉、ウェザロ、メリー、ベルヘンが座席下にいたリリスを引っ張り出して一斉に群がる。。
「リリスっ!お前よくやったなぁ!」
「怪我はない?」
「かっこよかったですわ〜」
「うん、私より上手かった」
リリスは照れくさそうに顔を掻いた。
「そんなコト…あるけどっ!」
リリスがらしくない自尊を見せつけるとその場で笑いが起こる。
その活躍を見ていた新米の少女兵たちもすっかり尊敬の眼差しでリリスを見ていた。
その一部始終をテニーニャ陸軍は木の上からスコープで眺めていた。
「楽しそうだなぁ、まぁそりゃあそうか。
それにしてもあのお嬢ちゃん、逸品だな。
狙撃はもちろん、これは俺に生きててほしいっていうメッセージか?」
狙撃兵の持っている狙撃銃の銃口が先端が四方八方へと裂け目ができていた。
リリスが放った銃弾はそのまま敵の狙撃銃の銃身の中に入り込んで装填されていた薬莢を外まで弾き飛ばしていたのだ。
「こんなことされちゃったら戦意なんか失せるっての。
さてと、落ちたあいつを回収して逃げるかね」
テニーニャの狙撃兵は射撃不能になった狙撃銃を担いで木を降りていく。
足を負傷した味方の腕を肩に回すとそのまま森の深くへと消えていった。
「あばよ、名無しのお嬢ちゃん。
死ぬまできっと忘れねぇよ」




