平穏の揺らぎ
帝都にて皇帝陛下の演説を聞いたリリス・サニーランド、ウェザロ・ウエニング。
訓練場へと向かうべく用意された輸送車へと乗り込む。そこでは実践に必要な訓練と新しい仲間が。
陛下の演説を聞き終わった私たちに待っていたのは徴兵時に使われたお馴染みの輸送車だった。
「また乗るの!?もう徴兵は済んだはずじゃ…」
ウェザロが突っかかる。
すかさずルナッカー少尉が
「わかっているとは思うがこの輸送車で訓練場へ行く。二回も徴兵されると思いこんでいる間抜けはいないとは思うが念の為な」
隊員内で笑いが起こる。陛下の演説のあと、すっかりみんな打ち解けているようだ。
徴兵時の閑散とした空気は見る影もない。
しかし私には一つ引っかかる事があった。
「少尉。士官学校ではなく訓練場へ行くんですか?」
「そうだ、射撃や命令の種類などは実践で教える。座学ばかりでは間に合わんし面倒だろ」
付け加えて兵士に呼びかけた。
「いいかっ!戦争は時間との戦いだ!早々に蹴りをつけ、クリスマスまでには帰るんだ!愛国精神は自然に身につくが、本能射撃や精密射撃は自然には身につかんからな!」
そして私たちは輸送車に乗り帝都を後にした。
移動中も町は戦争一色だった。
ポスターの中ではテニーニャ共和国の大統領がスィーラバドルトに踏まれている。
『あの勝利をもう一度!』
同じようなの標語が町中に飾られている。
百年前、ロディーヤ帝国がテニーニャ帝国を打ち負かしたあの戦争をもう一度、という意味らしい。
「美しい国だねぇ、ロディーヤは。
この戦争に勝つことで私たちの先祖と同じ位に立てるんだ。訓練、頑張ろうね!」
ウェザロは喜々として話しかけてきた。
しかし会話はさほど弾まず。二人の間にはしばらくの沈黙が襲った。
「見えてきたぞ、あれが訓練場だ」
荷台に立っている少尉が遠方へ指差す。
だだっ広い平野に金網で囲まれたコート、木造の小さな建物がどんと構えてある。
「参謀総長にお願いしたらしいが、だめだったみたいだな」
どうやら隊員の不満をわかっていたような口ぶりで呟いた。これは…小さい…
「あれ?思ったより小規模…私たち、救国の国母なんでしょ?」
ウェザロも同じことを思っていたようだ。
訓練場、と消えそうな字で書かれている札がついた門をくぐり敷地内へ入っていった。
輸送車から降り、棟へ入っていく。
棟内は病院内のように長い廊下に部屋が存在している。
玄関から入ってすぐの部屋には予め、『少尉』と名付けられていた。
「それぞれ寝泊まりできるようになっている。各自好きな部屋に入り、寝具を確保してこい。」
そう少尉が言うと皆一斉に棟内を駆け回った。
「私たちも早くいかないと!」
「えっちょっまっ」
ウェザロに手を惹かれ廊下奥へと走る。
そして一番奥の部屋へと入った。
「ごめん、この部屋いいかな?」
「ええもちろん、よろしくおねがいしますわ」
そこにはストレートの白い長い髪をもつ礼儀正しそうな人がいた。白髪が日光に反射して美しい。
「いや〜いきなり困るよね〜、好きな部屋に入れだなんて…部屋に好みなんて私にはないんけど…」
「ごめんねいきなり入っちゃって…好きな部屋って言うから一番静かそうな端っこの部屋にしたんだけど…」
「あら、私も同じ理由ですの」
白髪の少女が手を口に添えて笑う。きっと上品な生まれの子なんだろうなぁとリリスは感心する。
「でも三人って少ないなぁ。もう少しいても盛り上がっていいと思うんだけど」
ウェザロが思わず口にする。
「あら?私ではご不満?」
「いやいや!そんなことないよ白髪ちゃん!」
ウェザロが両手を左右に振って否定する。
「ふふふっ、私は白髪ちゃんではございません。メリー・ポリーゼントですわ」
「メリーね、私はリリス・サニーランドっていうの。よろしくね」
「ええ、リリスさん、そしてそちらの方は…」
「私はウェザロ・ウエニング、以後よろしくね〜」
三人しかいない部屋だが暖かく居心地が良さそうだ。
談笑していると外からドンドンとドアを叩かれた。
ウェザロがベッドから重い腰を上げてドアを開く。
「お!なんだルナじゃん!」
「なんだとはなんだバカ!それに俺はルナではない!ルナッカー少尉だ!」
ウェザロの胸ぐらを掴んで揺らした。
「ウェザロちゃんそれはちょっとラフすぎ…」
「えぇ…別け隔てなく話しましょうよ〜…少尉〜…」
「早速訓練だ!表にでろ!俺についてこいっ!」
そう言うと少尉は三人を外に連れ出した。
既に他の隊員全員も外に出ており、遅れてやってきたのはリリスたち三人だけだった。
「手間取らせやがって…みんな揃った様だし、改めて自己紹介でもするか」
すると少尉は台に登ると大きな声で
「俺の名前はエル・ルナッカー少尉!この将来の英雄ロディーヤ女子挺身隊を率いるものだ!以後よろしく頼む!次!遅れた三人自己紹介!立て!」
ルナッカー少尉は指を指して指名しててきた。
「えっと、私はリリス・サニーランドです。
みんなと仲良くできたらいいなって思ってます」
「ウェザロ・ウエニングです!迷惑かけないように気をつけます!えっと、まぁ…よろしくおねがいしますっ!」
ウェザロはいそいそと座る。
「メリー・ポリーゼントです。よろしくおねがいしますわ」
「よしっ次はお前だ!」
少尉は一人端に座っている指名して自己紹介するようせがむ。
しかし指名されてもその少女は立とうとしなかった。
「おいっ!そこのお前だ!立て!」
「……嫌です…」
「あっ?」
少尉が台から降りて座り込んでいる少女に近づく。
「…今なんて言った?」
少尉が仁王立ちで見下す。
「…嫌だって言ったんです」
お互い睨み合ったまま静寂が訪れる。
「…フンッ、徴兵制である以上、お前みたいな人間が出ることは想定内だ。一応聞こう、なぜ嫌なんだ?」
「人を殺すなんてこと、人間の私にはできません」
少女は座ったたまま睨みつける。
ミディアムヘアの紫の髪が風で揺れる。
「俺らが悪魔だとでも?」
「…いずれ悪魔になります」
少尉は膝立ちをして少女と目線を合わせる。
「つまりお前は市民を守りたくないと?」
「そんなこと一言もっ!」
「いいや言ってる」
「…っ!」
少尉が少女の肩に手を添える。
「…いいか、戦争はただの殺し合いじゃない。撃たなければ撃たれる。撃たれるのは誰か?お前や俺ならまだいい、市民に銃口が向いたら?陛下に銃口が向いたら?強制ではあるがお前は曲がりなりにも軍人になったんだ。撃たれるから撃つ、市民を、国を、陛下をそして自分を守りたいなのなら、撃て。軍人が人殺しだという考えは捨てろ」
「…でも私は…」
「では自分が撃たれたいのか?」
「それは嫌!」
「じゃあ立てっ!名前を名乗れっ!」
「…」
少女はふらっと立ち上がる。
「私は…」
「私の名前はベルヘン・アンデスニーっ!救国の国母となり、国を守る次第でございますっ!」
あまりの威勢の良さに全員があんぐりしていた。
ベルヘン・アンデスニー。
少しむずかしい性格をしているらしい。
だがそんな彼女はリリスには魅力的に映った。
その後もみんな自己紹介をしていったが、リリスの頭から彼女が離れず、まともに聞いていなかった。
そんなリリスの事を尻目に少尉は
「よしっ!それじゃあまずは精密射撃の訓練だ!お前たちを銃も握ったことのないようなか弱い華奢な乙女を歴戦の猛者に変えてやる!」
そう言うと少尉は実銃の狙撃銃を持ち説明し始めた。
「いいかっ!まずは狙撃からだ!敵を見つけ垂直に構えて狙う、撃つ瞬間には息を止める!基本はこれだ!敵の十メートル先を射抜く感覚で撃てば大抵当たる!」
「実は銃は皆が思っているほど反動は無い。正しい姿勢で撃てば片手でも撃てる!これは精密射撃ができてからの話だがな!」
「はぇ〜メモメモっと…」
ウェザロが真剣にメモしている。
皆も食い入るようにに見入る。
「次は歩兵銃だ!お前たちが一番お世話になる銃だからしっかり覚えておけっ!」
少尉が箱から銃を取り出す。
「見てわかる通りボルトアクション式、装填数は5発。我が帝国が骨身を削って作り上げだ最新兵器だ。この歩兵銃には銃剣が取り付けられるようになっている、これで敵の心臓を一突きだ」
少尉が銃剣を取り出し装着して見せる。銃剣が日に当たりキラキラ輝いている。
「この銃剣が深紅に染まるとき、勝利がやってくる」
そう言うと少尉は銃剣を取り付けた歩兵銃を空に突き出した。
「…とまぁゴタゴタ言ってるが、とりあえず習うより慣れろだ。お前たちに一丁ずつ支給する」
ツルツルの歩兵銃が隊員に渡されていく。
「これで敵を…」
見るとさっきの少女、ベルヘンが受け取った歩兵銃からはカタカタと音がなっている。
手が震えているのだ。
「大丈夫?寒いの?」
思わずリリスが声をかける。
「…っ!別にっ、構わないでっ」
「あっちょっと!」
ベルヘンは遠くへいってしまった。
「リリスぅ〜、何してんの?」
ウェザロが声をかけてきた。
「うん…さっきの子なんだけど…」
「あ〜あの子ね、なんか気難しそうだしいいんじゃない?一人が好きなんだよきっと。それよりこのなんとかって言う銃さぁ…」
(なんとか話しかけられないかな…)
それがリリスの本音であった。
「…というわけで以上が歩兵銃の構え方だ。
さぁ!いよいよまちにまった実践だ!十メートル先の空き缶を狙うんだ!当たれば上出来だな!」
気づけば敷地の果にドラム缶の上に敷かれた板に錆びた缶が5つ置かれていた。
「当たればいいのですけど…」
メリーも心配そうに銃を抱える。
「安心しろ、まだ練習だ。当たらずとも気に病むことはないぞ」
少尉が全員に優しく諭し、そして命令する。
「よし!四人!前にでろ!」
早速前に出たのはリリス、ウェザロ、メリー、そしてベルへンだった。
「教えた通りにやれよ。ボルトハンドルを引いて弾を押し込め」
一発、装填してボルトハンドルを押し、そして下げる。
「よしっ!狙えっ!…………てっ!」
タァンッ!!
虚空に銃声が響く。
薬莢が落ちる瞬間と同時にカランッと地面に一つ缶が落ちた。
一番左、ベルへンの狙った缶だった。
「うまいじゃないか、やはりお前には人を守る才があるようだな」
少尉が皮肉そうに笑う。
撃ち落としたにも関わらず、ベルソンの表情は相変わらず暗いままだった。
「ありゃ〜、上手く狙えたはずなんだけどなぁ」
「ほんと、意外と難しいのですわね」
「なにグズグズしているんだ!撃ったのなら早く変われ!」
「「はっ、はい!」」
ウェザロとメリーは仲良く後方に回った。
ベルヘンは依然として座り込んだままだった。彼女を慰めるように風が靡く。
その後も隊員全員で少尉の指導のもと重機関銃の設置の仕方や手榴弾の投げ方を教わった。
ウェザロは投げる方向が頓痴気すぎて自分に帰ってくるなどのトラブルもあった。
本物だったら今頃霧散していたところだ。
そうこうしているうちにすっかり空が橙色に染まっていた。
「これにて初日の訓練終わりっ!以上!解散!」
ルナッカー少尉の号令のもとようやく訓練が終わった。
それぞれ皆別々に棟内へと帰っていく。
「ひ〜…もう体ボロボロだよ〜」
ウェザロはベッドでうつ伏せでへばっている。
「私、一日であんなに動いたの初めてですわ…もう浮き上がれません…」
メリーもベッドで横になっている。
「リリスはいいなぁ、体が丈夫で」
「そうなんだよね、今まで気が付かなかったけどみんなと訓練して自分が丈夫だってことに気がついた」
「意外と頼もしいですわね、私も精進しなくては」
メリーが拳を握って気合を入れる。
「そういえば私も気になったんだけど、メリーちゃんってどんな家庭なの?」
「いきなりどうしたのですか?リリスさん」
「いやっちょっと気になって…いかにもなお嬢様って話し方だからもしかしてメリー、お金持ちだったりって思っちゃって、あはは…」
「そんなことありませんわ。
先祖が銃技師で百年前もテニーニャとの大戦で財を築いたことなんて、造作もありませんわ」
その瞬間、ウェザロが起き上がる。
「ねぇメリーっ!私たち一生の友達だよなっ!」
キリッキラの笑顔でメリーの手を握り詰め寄る。
「えっ?えぇ、もちろん!リリスさんもウェザロさんも、私の大切な親友ですわ!」
「やったぁ!今度家に遊びにいきたいっ!」
「もちろんよろしくてよ、私のお屋敷に上がれるなんてウェザロさんはとんだ殿上人ですわね」
「わーいっわーいっ!メリー様バンザーイ!クリスマスには三人でパーティーだね!」
ウェザロのお調子加減も目に余る。
「さぁ明日も早いことですし、もう寝ましょう!」
「えぇ〜まだまだ遊ぼうよぉ〜トランプっ!あるけど?大富豪とかでいいかな?」
「いいですわね大富豪、私強くてよ?」
「リリスもやる?」
「もちろん!富豪相手にはに大富豪で勝つしかないし」
「生意気ですわね!いらっしゃい!受け止めて仕上げますわ!」
途中、三人それぞれのローカルルールを勝手に導入し、場面を狂わしたが結局大富豪は本物の富豪リードで終わった。
「やっぱりお金持ちは大富豪つよいんだね」
「いやリリス、そんな通説ないからね」
「またいつでもかかってらっしゃい?相手になって差し上げますわ」
「いや、大富豪じゃ勝てないから神経衰弱とか」
「えっ!?待って記憶力使うのは無理!リリス!豚のしっぽ!」
「でももう夜遅いですわ。また明日ということで…」
「そうだね、私ももう寝よう、リリス、メリー、おやすみ〜…」
「私ももう眠いですわ、ではおやすみなさい」
「うん、おやすみ、みんな、私も歯磨いて寝よう」
と言っても晩にはパンと野菜のスープのみの支給だったためさほど磨く必要も無い。軽く口をゆすいで窓から洗面器に吐き出した。
風呂は水の節約のため三日に一回らしい。
慣れないかと思ったが、多忙な一日の中ではそんなことすっかり忘れてしまっていた。
蒸れた汗と土の匂いも直ぐに慣れた。
支給された白シャツ一枚で床に就く。
だがリリスの頭からはベルヘンのことが未だに離れずにいたのだった。
テニーニャ共和国
自由主義、民主主義を掲げる共和制の国。
大統領がトップであり様々な思想が入り交じる国家。
百年前の大戦でロディーヤ帝国に負け、支配されていたが、市民の革命により皇帝が退位、独立し帝国から共和国へと変わった。