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夜明けの時

五月三十日に突撃を控えたエロイスたち。

その日の前日、リリスたちは西の海域を通過する敵艦隊を攻撃するように参謀本部から連絡があった。

彼女は兵舎の中にて軍艦に関する本を読み込んでいた。

リリスとシュトロープはベッドの上に腰掛け一冊の本をペラペラとめくっている。


表紙には戦艦と思わしきイラストが描かれた本を目を皿にして読む。


「ふむふむ…軍艦には対空砲があると…じゃあこの対空砲をどうにかしないと私たち落とされちゃうんじゃない?」

「そうだな…」


二人は険しそうな表情で本を睨む。


「じゃあさ、提案なんだけど…私たちがこの対空砲を破壊して、その後から魚雷を抱えた雷撃隊を出動させるってのはどう?」


リリスのその言葉にシュトロープは目を見開く。


「なるほど…!爆撃と雷撃の組み合わせで敵艦を沈めるってわけか」

「そうっ!爆撃で対空砲を黙らせられれば雷撃隊は安全に魚雷を撃ち込めるっ!」

「…だがそれってつまり私達が危ないんじゃないか?」

「それは…やるしかないよ。

他の人にやらせちゃだめ、この戦争は私の犠牲だけ終わらせる」


リリスは真剣な眼差しでそう言ってきた。

シュトロープは一瞬、動揺するもその言葉に惹かれコクリとうなずいた。


「大尉に伝えよう、きっと納得してくれるはず」

「ああそうしよう」


リリスは本をパタンと閉じてベッドの上へそっと置いた。


しばらく無言の時間が流れる。


二人は隣あったまま静かな静寂を感じていた。


その静けさを打ち破ったのはリリスの一言だった。


「…私、怖いよ…」


彼女の弱々しい声が聞こえる。


「戦争が始まってから私は変わっちゃった…何百人何千人殺した人間…友達を食べて生き残った人間…」


話していくうちに声が震え力がこもる。


「毎日夢に出る…死んだ友達の顔…あの人の最期が…苦しい…苦しいよ…いつまでこんな悪夢を見なきゃいけないの…もうやだよ…」


リリスは頭を抱える背中を丸めてうずくまる。

シュトロープはただただ彼女の背中をさすっていた。


「辛いな、全部吐き出していいぞ。

お前は強い女だから、なかなか弱音も吐けなかっただろう、それがふと爆発しただけだ。

もっと吐いて楽になれ」


目からじわっと熱い涙が滲み出てくるのがわかる。

頭を抱えたリリスは言葉を吐くのをやめない。


「ママもパパもいない…友達もみんな死んじゃう…なんで…みんな…私から奪っていくの…?

うぅっ…うっ…ひっぐ…っ…」


そんな嗚咽を漏らす彼女をシュトロープは肩を掴んで優しく抱きかかえ身を寄せる。

そして彼女の頭を優しく撫で回すのだった。


「よしよし、辛かったな。

好きなだけ泣け、親がいないのは悲しいよな…私も母さんに孝行したかった、気持ちはよくわかる」


何も言えずただ泣きじゃくるリリス。

そんな彼女も泣き疲れたのかいつの間にかベッドの中ですゆすやと眠ってしまっていた。


シュトロープが眠気に襲われたリリスをベッドへと入れてくれたのだ。


寝息を立てるリリスのベッドヘ腕を乗っけて観察するように愛らしい寝顔を見る彼女。


「私はリリスの過去をあまり知らない、あの飛行兵の訓練合宿の時より前のことは何一つ…だけど私にはわかる。

なにか特別な人が心の中にいて、その人と一緒に生きているんだって…それが親なのか、友達なのかは知らないが…」


シュトロープは微笑んでリリスを眺めていた。


「幸せになってほしいな、リリス…私がいなくても…

…さて、大尉に伝えないと」


彼女は立ち上がってリリスを置いてその場を離れていった。

兵舎のドアを開き外の光が差し込んでくる。

シュトロープはそんな光の中に消えていき、ばたんと扉が閉まって再び静寂に包まれたのであった。



場所は変わってワニュエの塹壕へと移る。


ここではいよいよ五月三十日の敵陣突撃へ向けて準備か進められていた。


エロイスとオナニャン、ロイドは最前線の塹壕で暇をつぶしながら待機していた。


3人の顔が生気がなくただぼんやりと前を向いている。

一言も発することなくひたすら待機している彼女たちは明日の突撃ヲ控えて緊張が高まっていた。


「…ゴキブリレース、つまらなかったわね」

「ロイドがやろうって言ったんじゃん」


あまりに暇すぎたのか、やることがなかった三人はそんなくだらない遊びに興じていたらしい。


「ネズミに耳を噛まれたときは殺意が湧いたわ」

「横たわって寝てるからなのです」


淡々とした会話をしていく彼女たち。


「ある意味空虚だったわね、私たちの人生」

「そうかな…」

「だって戦争がなければ私たちの青春も亡くならずにすんだのよ」


ロイドの言葉に二人はうつむく。


「そんなことないのですっ!うちは二人と出会えたからこの戦争も悪くないと思っているのですよっ!もう少し他の人形で出会えたのならもちろんそのほうがいいのですけれど…」


それを聞いたロイドはオナニャンの頭に手を置く。


「そうね、私もエロイスと貴方に出会えて感謝だわ、私貴方のことあんまら好きじゃなかったけれど、意外と嬉しいこと言ってくれるじゃない」

「そっ、そうです…?」


オナニャンは嬉しそうに頭を撫でられ続けていた。

それを見たエロイスは少し羨ましそうな眼差しで見ていたが気にせず敵陣の方へと目を向けた。



やがて夜が訪れた。

辺りは濃紺に沈み瞬く星々と三日月だけが浮き出ている。


空から降り注ぐ寂光だけが世界を包んでいた。


三人はそんな星空を眺めながら塹壕の中で座っていた。


「きれいなのです…」


オナニャンがそうつぶやいた。


「もう見られないかもね」

「ちょっ…縁起悪いこと言わないでほしいのですっ!」


エロイスは二人の会話にただ微笑んでいるだけだった。


そして彼女も喋る。


「私結構頑張ったなぁ…今振り返ると。

なんていうか…濃い人生だった」


その一言で三人は静まり返る。


「…それがいいことなのか悪いことなのかわからないけど、たしかに青春の一つかもね」

「うちもそう思うのですっ!たとえ明日がなくてもたしかに楽しかったのです」


いつの間にか三人の顔には笑顔が浮かんでいた。


「いよいよ明日…それが命日かもしれないけれど、頑張りましょう。

国運をかけて戦うのよ」


夜が明ければ戦闘が始まる。

そんな明日に向けて三人は深い夜の底で目を閉じた。


覚悟は既にできている、あとは敵を討つだけだ。

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