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会戦の後始末

エロイスたちはワニュエ地域にの塹壕にて襲撃してきたロディーヤ兵と会敵。

小規模な突撃を容赦なく殺害して三十分程度の戦闘は幕を閉じたのだった。

厚みがかった灰色の曇天の雲はゆっくりと開けていく。

射し込む日光の光の筋が神々しいほど輝いて地上を部分的に照らしていた。


雨はやがて止み、湿った地上が全容を見せる。


そこには大量のロディーヤ兵士の死体が亡骸となってあちこちで眠っている。


泥の中に埋まっている者、雨水が溜まった砲撃でできたクレーター内の濁った水面に浮かぶ者。

四肢を欠損した死体などさながらその地上が死肉でできているのではないかと錯覚させてしまうほどだった。


どろどろに湿った泥濘がチャ茶色くテカっており、地平の果てまで掘られた塹壕には用水路のように水が溜まっていた。


エロイスたち武装聖歌隊の兵士たちは金属のバケツを使って溜まった雨水をすくい上げて外へと流す。


満帆に入ったバケツを抱えてはしごを登り頭を出さぬよう腕だけ伸ばして排水していくのだ。


「あ〜足が冷たいのです…まるで氷なのです」

「文句言わない、いつまで立っても終わらないわよ」

「もう一時間もおんなじ作業しているのに一向に水嵩が減らないのですぅ…辛い…」

「…早く手を動かしなさい」


ロイドとオナニャンは濁った雨水に足を浸けながら作業を続けていた。


「エロイスっ!そろそろ交代よ、足が凍傷になるわ」

「あっ、うんわかった」


はしごの上に滞在して汲まれたバケツを外へ排水していたエロイスは水にすからずに済んでいた。


限界が来そうロイドと交代し、代わりに空のバケツを持ったエロイスが水に浸る。


「うわっ…これは冷たい…」

「えぇ〜…まだうちの番じゃないのですか…っ!?とほほ〜…」

「オナニャンっ!一緒に頑張ろうよっ!

ロイドの次はオナニャンがはしごにいていいんだから」

「…うん」


涙目のオナニャンを背中をさすってなだめると事務的な汲み上げ作業に戻った。


「はい、なのです」

「どうも」


オナニャンから受け取ったバケツを持ってはしごを登るロイド。


だが途中でバランスを崩してしまったのか、重力に負けてロイドの身体は後ろに反ってしまった。


「あっ」


ロイドは気がつけばはしごから離れていた。


背中から塹壕内の濁った雨水へ向けダイブしてしまったのだ。


バシャリと水が跳ねる音が響く。


飛び散った茶色いしぶきがエロイスとオナニャンに降り注いだ。


「ロイドっ!大丈夫っ!?」


水の中から飛び出してきたロイドは風呂上がりの犬のように顔を振って水を飛ばす。


「冷たっ…あはは…ごめん」


申し訳無さそうに謝罪するロイドを見た二人は笑顔を見せて声を上げて笑い始めた。


朗らかに笑う彼女たちにつられてロイドもだんだんと笑みがこみ上げてくる。


三人は雨上がりの塹壕の中でお腹を抱えて笑いあった。


だんだんと空は暗い曇天から青空が顔を覗かせ始めた。


目がくらみそうな彩度の青に三人は思わず見上げてしまう。


青々とした空が三人を見下ろしていた。


あまりにも眩しいのでエロイスは顔を腕で覆いながら空を見上げていたのだった。


そんな彼女たちとは少し離れた箇所の塹壕。


塹壕の通路から通じる部屋があった。


泥と土に囲まれ、板や土嚢で補強された部屋の中にダンテルテ少佐が椅子に座っていた。


右足首を左腿に乗せて銃剣を布で拭いていた彼女の側のテーブルの上でランプの灯火がほのかにゆらめき少佐の頬を照らす。


「…まだ電気は復旧しないのか」

「はっ、発電機が浸水してしまって…いま工兵たちがどうにかしようと…」

「そうか、その工兵部隊を後で労いに行こう。

…ところで例のアレは?」


ランプの暖色に包まれた部屋の中には椅子に座る少佐と一人の武装聖歌隊の野戦服をまとった兵士が一人だけ立っていた。


その彼が答える。

 

「はい『タンク1』はもうすぐここに到着するかと」

「日付は?」

「五月二十一日辺りかと」

「そうか、配備され次第作戦を練るか。

…おぉ、よく研げた」


少佐は煌めく刀身を持つ銃剣を惚れ惚れと眺めて感心していた。


彼女は立ち上がり一室の木の扉を開く。


扉を開くと青空の光が迷いなく射し込んできた。

その扉から板が敷かれた玄関口の空間から通路の塹壕へと出られた。


「何だ、まだ排水終わっていないのか」


通路には股下あたりまでの高さの土嚢の積まれて少佐のいた部屋に水が入り込まないようになっていた。


少佐は浸水していない玄関口で排水作業に従事する兵士たちに呼びかける。


「貴様たちっ!よくやっている。

その調子で頑張ってくれっ!私が無事に塹壕内を歩けるようになったら褒美をやるっ!

肉だっ!絞めた鶏をやろう、私直々が屠畜した鶏肉を食わせてやろう」


彼女がそう大声で言うと兵士たちから歓声が上がった。


今まで無気力に作業していた兵士たちはやる気になると一斉に作業の手を早めた。


「これで作業効率は上がるな」


そうほくそ笑んだ彼女は再び仄暗い部屋へと戻っていった。


「鶏肉だとよ!」

「鶏肉っ!?贅沢だなぁ、敵だぞ」

「いいから隣には伝えろ」


兵士たちは伝言ゲームのように鶏肉の話題を移していく。


「鶏肉?」

「あぁ、鶏肉だと」

「鶏肉かぁ」


鶏肉という単語しか話せなくなった兵士たちはそれを食べることだけを考えながら作業していくのだった。


その単語はエロイスたちの耳にも届いた。


「オナニャンっ、ロイドっ!鶏肉だってっ!楽しみっ!」

「…それほんと?噂じゃなくて?」

「うん、ダンテルテ少佐の口が言っていたらしいよ」


三人はそれを聞くとうっきうきで排水作業に尽力する。

久々の食肉を口にできることに期待を寄せながら。


 


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