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砲声の呼び声

航空基地で何気ない日常を過ごしていたリリスたち。

中を深めあったリリスとシュトロープであった。

反対にエロイスたちのいる塹壕では常に緊張に包まれていた。

ワニュエという地域に掘り巡らされた塹壕はテニーニャとロディーヤがにらみ合う泥沼の状態にあった。


砲撃により地形は削られ更地になり。汚泥と枯れ木の景色が永遠と続いていた。


そんなドロドロの異臭のする土を掘り続ける武装聖歌隊の少女たちがいた。


「痛っ…肉刺が潰れたのです…」


オナニャンは持っていたスコップを塹壕の壁に突き立て手のひらをまじまじと見つめる。


指の付け根の赤黒い肉刺が破裂してわずかに流血していた。


「つばつけときゃ治るわよ」

「ええっ!そんなの迷信なのですっ!」


ロイドの冷たい反応に思わずツッコむオナニャン。


そんな中、エロイスは無言で汗水垂らしながら塹壕の端っこを掘っていた。


折りたたみ式のスコップを展開し、土を削り取ってゆく。


「エロイス、貴方少しは休んだほうがいいんじゃないの?」

「ううん大丈夫、まだ動ける」

「そう」


黙々と作業するエロイスを心配するがいくら声をかけても彼女が作業を止める様子はなかったのでオナニャンとロイドは掘りたての新しい塹壕の底に腰を降ろした。


「はぁ…疲れた…毎日月曜日みたいです」

「…気持ちわわかるわ」


オナニャンは膝を抱えて暗い口調で話す。


「掘れば人骨、眺めは地獄、嗅げば腐臭と人の膿。

毎日毎日聞こえるのは銃声が砲声が断末魔、夜は鼠と羽虫の合唱…眠いのです…こんなに辛いとは思っていなかったのです…」


辛そうに呻くオナニャンにロイドが尋ねる。


「…もしかして憧れて来たの?」

「…そんなんじゃないのです…けど…ピクニックに行きみたいに軽い足取りで来たのは間違いないのです…」

「なんでそういう考えになるのよ」

「みんなそう言ってたのです…親も近所の人も首都の聖歌隊の人も…」


じっと潰れた肉刺のある手のひらを見つめる。

彼女の心には虚しさしか残らなかった。


「あーあ、せっかく大学に行けるかと思ったのになぁ」


やや諦め気味に笑う彼女のもとにエロイスがやってくる。


「一体休憩する、このまま働いても筋肉痛で動けなくなりそう」


座っていた二人にエロイスも加わり空を眺める。


「ねぇねぇ見て!あの雲ドーナツみたい」


エロイスが突発的に空へ向かって指をさす。


そこにはわずかに中央が薄くなった綿雲が漂っていた。


「食べ物話はやめてよエロイス…」

「あっ、ごめんね…」

「ドーナツかぁ…」


二人はあるはずのないドーナツの足を想像する。


「…唾が甘い味してきた、きっとドーナツの味だよ」

「重症よエロイス、しっかりしなさい」


おまわずロイドがツッコむ。


オナニャンは仲の良さそうな二人を見つめていた。


エロイスはそんなオナニャンの羨ましそうな視線にすぐに気づいた。


「どうしたの?オナニャン?」

「あっ…!いやっ…!何でもないのです…!」


思わず手の平を振り否定するとそれを見たエロイスが思わず言う。


「オナニャン、手のひらの肉刺潰れてるよ。

待ってて、今包帯とガーゼもらってくる」


エロイスはすぐに立ち上がりジグザグな塹壕を通り姿を消してしまった。


「行っちゃったのです…いつもあんな感じのです?」

「そうね、平常運転よ、いっつもあんな感じ。

お人好し、っ言ったら聞こえは悪いかしら」

「羨ましいのです…ロイドとエロイスは友達なのです…うちは…別に…」


寂しそうにつぶやくオナニャンにロイドは答える。


「私はともかくエロイスは貴方の事は友達だと思っているんじゃない?知らないけど」

「…友達って何でも言う事聞いてくれる人だとばかり思っていたのです…そのせいであんまり仲のいい人がいなかったのですけど…」

「それは貴方…邪悪というものよ。

もしかして人間を自分の都合で扱う人種かしら」

「まぁ冷静に考えたらそうかも、悪気はないんだけど…」


二人が座って待っていると塹壕の向こうから包帯のロールとガーゼ、塗り薬の様なチューブを持ってやってきた。


「おまたせっ!これしかなかったけどいいかな?」


彼女はオナニャンの隣には膝をついて屈む。


そしてオナニャンの手をそっと取った。


「ごめんね」


そう一言言うとチューブの蓋を捻って開けたエロイスはカスタードクリームの様な色合いの軟膏をひり出す。


そしてそれを指で優しく患部に塗り拡げるとその上からガーゼをかぶせ包帯で包んでいく。


エロイスは嫌な顔ひとつせずぐるぐると手に包帯を巻き終える。


「これでよし、大丈夫?患部痛くなかった?」

「えっ…う、うん…大丈夫…」

「そっか、ならよかった」  


眩しいほどの笑顔でエロイスは笑いかけてくれた。


その瞬間、先程のロイドの一言が脳内で再生された。


『エロイスは貴方の事は友達だと思っているんじゃない?』


ロイドの声で再生された言葉を思い出し考える。


(うちは…友達っていうのは自分に都合のいい人のことだと思っていた…だけどこのエロイスの行動は無償の愛情…見返りのない愛…エロイスは私のことを友達だと思ってくれている…友達っていうのは利害関係のない…純粋な関係…そうだ…そうなのです…っ)


オナニャンは治療された手のひらを見つめるとひとり微笑んだ。


エロイスはその笑顔を見ると彼女自身も優しい気持ちになり自然と笑顔になったのだった。



だが、ここは戦場。

油断できるときなどなかった。


「砲撃が来るぞぉーっ!!」


ひとりの兵士の叫びに三人は一瞬ビックリするがすぐに落ち着きを取り戻す。


「よかった、吶喊だったらどうしようかと…ただの砲撃ね」

「でも砲撃でしょ?危ないんじゃ…」


一息つくロイドにオナニャンがそう言うと高速で飛来してきた砲弾が弧を描きながら向かってきた。


「まずいっ!オナニャンっ!ロイド走って!」

「ええっ!?わ、わかった!」


三人がその場から走り出した瞬間、数秒前までいた場所に着弾した。


爆風と衝撃で思わず三人とも塹壕の底に転ぶ。

 

三人に土がパラパラと降り注ぎヘルメットに当たるたび音が鳴る。


「あぁ…っ!せっかく掘ったのにっ!」


オナニャンが振り返るとせっかく掘った塹壕が着弾によって土を巻き上げられ見事に埋没してしまっていた。


「二人とも、この先に退避壕がある。

そこで弾雨が止むのを待とう」


三人は素早く砲弾の豪雨の中を走り抜ける。


ジグザグの塹壕を移動しているとひとりの男の兵士が手を振っていた。


「こっちだこっちっ!早く入れっ!」


男のそばに通路の塹壕から蛸壷のように掘られた退避壕の穴が見えた。


三人はすぐにその穴に飛び込むと最後に外にいた男が穴に入り、板材を移動させて穴に蓋をした。

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