暗躍の狼煙を上げろ
イーカルス航空隊に顔を出したギーゼ大将。
彼女はラインツィッヒ攻略時の礼を交わすと黒塗りの自動車に乗って航空基地を離れていった。
ギーゼ大将の乗る自動車は道の脇に並木が立ち並ぶ平野の道を進んでいた。
「どうでした?そのリリスっていう子は」
運転席でハンドルを握るって居るのは彼女の軍団の師団長のルフリパ中将だ。
フロントガラスに取り付けられているバックミラーを介して座っている大将を見つめる。
「天真爛漫そうなやつだった。
やつの笑顔を見ていると庇護欲が駆り立てられる…まるで父親のような…」
「はいはい、楽しそうで何よりで〜す」
自然の並木通りを走り、流れていく景色を大将は静かに眺めていた。
「えっとぉ…航空司令官の座は前の図上演習にて航空機の運用方法を的確に提案して相手を負かしたので確実として…。
このあとどうします?」
「そうだな、なんで参謀総長の座にあいつが居座り続けられている謎を解明しないとな。
しかも無駄に発言力も強い…単純に魅力だけじゃない、絶対に金が絡んでいる」
「金絡みの場合はその資金源ですね。
きっと陸軍大臣もその他の参謀も買われていますよ、もしくは思想に共感した身内の一味か」
大将は足の間に置いていた杖をギュッと握る。
「思想はどうしようもない、殺すしかないが戦時中の混乱の中で余計な面倒事を増やすと軍の進撃に影響が出かねない。
だが、金で買われている奴らは資金を断ってしまえばどうしようもない。
それが大物であればあるほど発言力は高まる。
もしかしたら…もしかしたら計画を露呈させてくれるかもしれない」
「参謀総長はそこまで頭回っていると思いますけどね。
多分下っ端ぐらいしか資金回してないかと…」
「そうだな、もし金が払えないのなら払う相手を殺せばいい、やつならそう考えるしすぐ執行するだろう。
どうぜ消えてもさほど影響のないやつばかり買っているんだろうからな。
…だが身動きを取りづらくなるのは確実だ。
そして…おおよその目星はつけてある」
いつの間にか並木通りを抜け草原の道を走っていた。
サラサラと囁く草や遠く霞んだ山々。
青々とした空に覆われた草原の中を黒い自動車は駆け抜ける。
「…目星?資金源のことですか」
「あぁ。
一番睨んでいるのは殉心党第一特教の遺産だ」
「殉心党第一特教…たしかに皇帝教皇主義をかがける陛下お抱えの宗教団体でしたね。
たしか前線での枢機卿の死亡で壊滅したって…」
「枢機卿の死だけじゃない。
残りの信徒も皆殺しにして存在そのものを無いものにしていたな、たしか実行していたのは白の裁判所総指揮官ルミノス・スノーパーク。
…ルフリパ中将、私はその宗教団体の遺産を参謀総長からすべて奪取してやろうと思っている」
「奪って…それから?」
「当然、私の物だ。
今後の対参謀総長への資金にしてやろう」
そう言うとの大将はニヤリと笑っていた。
「…まだ確信じゃないんですよね」
「だがそのおそれが大きい。
資金源の在り処を見つけるために動かねばハッケルの奴を跋扈させるだけだ。
必ず見つけ出す、これ以上あの売国奴をのさばら減るわけにはいかない!
そういう手合に負けてはならないんだ!」
「激しく同意ですっ!」
二人は参謀総長の身動きを封じるため資金源であるであろうかつての殉心党第一特教の遺産の在り処を探すとともに航空司令官として着任できるよう暗躍していたのだった。
そんなことは露知らず、参謀本部の参謀総長ハッケルは執務室の来客用のソファに腰を掛けてコーヒーを嗜んでいた。
暖かな日差しが差し込む部屋の中で一人、湯気が立ち上るコップを唇に触れさせて啜る。
「順調とまではいかないものの作戦は着々と進んでいる。
緩やかに、そして静かに破滅へと向かっていっている。
今日もカフェインが美味しいぞ。
君のおかげでな、戦争犯罪者スィーラバドルト皇帝陛下」
彼女はコーヒーを飲みながら後目に壁に大きく立てかけている皇帝陛下の肖像画を見た。
厳かな軍服を身に着けた髭が立派で彫りの深い絵画の陛下はそんなことには気づいていないかのように引き締まった表情で佇んでいた。
初老の陛下をユエツに満ちた笑みで見つめる参謀総長。
彼女の野望は多少の障害にも打ち勝ちながらも着々と成し遂げられていっていた。
たが彼女はしばらくすると笑みを絶やし、少し真剣そうな表情に切り替わった。
「リリス・サニーランド。
私の計画のゆく先々で目に入るこの名前、不愉快だ。
ただのわらべだと放置していたがそろそろこの女も消すときが来たらしい。
ただの兵卒の少女兵に腰を上げるのも痴呆らしいが」
ソファから立ち上がり執務机の椅子を引く。
そして引き出しからリリスの顔写真を一枚取り出した。
「この女はルナッカー少尉の部下だ、今のところ少尉の存命中の部下の中で生き残っている少女兵はリリスを含めてごくわずか…そしてとりわけこの女はよく名前を耳にする。
…この少女は私の計画を間違いなく知っている、それは過去に女子挺身隊から失踪したときの不可解な出来事がこのリリスたちが起こしていたと考えればいい、いずれ邪魔になる存在だ。
…そろそろ対策を始めるか」
その写真をじっと見つめながら彼女はそうつぶやいた。
すると執務室に一人の兵士がノックをして扉を開けて入ってきた。
「総長、ギーゼ大将が戦地から帰還いたしました。
総長殿に挨拶したいと」
「いいだろう、通せ」
兵士は一礼すると部屋から出ていく。
そして入れ違うように開けっ放しの扉からギーゼ大将が杖をつきながら入ってきた。
彼女は笑みを浮かべる参謀総長を鋭い目つきで睨むとゆっくりと扉を締めた。
「席はそこにある、私の執務机の前に置きたまえ」
「…いいや、私は挨拶しに来ただけだ、長居する気は」
「いいから座りたまえ」
参謀総長はそう言いながらリリスの写真をひらひらと見せつけるように揺らした。
大将はそれに気づくとゆっくりと椅子を机の前に運び参謀総長と対面になるように座った。
「…多数の犠牲を払いながらもなんとかラインツィッヒを占拠した。
これで今生産の戦車もいよいよ実践に投入できるな」
「はっはっはっ、それが兵器工場の不手際でなせっかく膨大な軍資金を湯水の如く注ぎごんで完成した技術の結晶はすべて木っ端微塵には爆発してしまった。
いや申し訳ない、ただこれは軍部の責任ではない、ずさんな工場へと委託したい陛下と民間企業が悪いのだ。
もう一度イチから作り直しだ、実戦投入はもう少し先に…」
「…ふざけるな」
真剣な顔で参謀総長に言い放ったギーゼ大将。
それを聞くと参謀総長は嬉しそうに笑いやがて高笑いをした。
「あっはっはっ!むきになるな敗将!
少し遅れたぐらいで…」
「テニーニャは既に配備するのではないかという懸念がある。
技術の戦争になりつつあるんだ、ここでの遅れは敗北につながる」
「敗北…ねぇ…
君がそれを説くかね」
「…とにかく早く戦場に配備できるよう進めろ、話はそれからだ」
ギーゼ大将は少し悔しそうに席を立った。
するとその心境を読み取ったかのように参謀総長はいやらしく言う。
「不満があるのなら誰にでも言えばいい。
陛下にでも、幹部たちにも、民衆にでも。
だが覚えておけ、この世には君でも思いもよらぬ哲学が潜んでいることを。
君が思う以上に裏があるということを。
そして私はそれを意のままに動かせるということを」
その瞬間執務室の扉が開く。
ハイウエストベルトにサーベルを二本引っ提げて白い軍服ワンピースを着ているルミノスが彼女をにらみながら入ってきた。
「そういうことだ愚将。
興醒めだぜ、冷えっ冷えだ。
真鍮で出来たサルの金玉が凍るほど薄ら寒いぞ。
さっさと往ね」
大将はルミノスを無言でにらみながら部屋から出ていく。
そしてばたんと扉がしまった。
「…思い通りにさせてたまるか」
そうつぶやくと部屋の入口から歩いて離れていった。
ギーゼ大将は個別で参謀総長に対抗していた。
しかしまだ今一つ勝っている様子はなかなかなかったようだ。
大将は拳を強くて握りながらカツカツと杖をつきながら去っていった。




