現れる帝国陸軍大将
エロイスたちはワニュエ地域にたどり着き、そこの塹壕にて敵を迎撃すべく後方から前線へと移動していった。
その一方、飛行兵として務めているリリスは苦難に合っていた。
イーカルス航空隊のいる航空基地は閑散としていた。
時々発せられる命令に動き空へと飛び立つという日々を過ごしていた。
イーカルス大尉とリリスとシュトロープは質素な昼飯を終えるとリリスは真っ先に兵舎へと戻っていった。
野外に置かれた木のテーブルの上の皿にはシナシナのベーコンが置かれていた。
大尉とシュトロープはそれをじっと見つめて話し合う。
「リリス、また肉を残したな」
「ああ、貴重なベーコンだというのに残すなんてな。
まぁ心情を察すれば仕方がないとは思うが…」
二人の眼の前には完食された皿が一枚ずつ置かれていたがリリスのいた席には野菜だけ食べられ残されたベーコンだけが静かに横たわっていた。
「大尉、少し席を外す」
「そうか、このベーコン食べてもいい…っいっちゃったぜ」
大尉はリリスの皿をズルズルと引きずるように手繰り寄せベーコンを指で摘み口に入れて咀嚼する。
「うめぇっ!野菜くずしかなかった胃袋に動物性タンパク質が入ってくるっ!」
うまそうに食べると大尉を見届けるとシュトロープはリリスのいる兵舎へと向かっていった。
「…リリス」
シュトロープはゆっくりと兵舎の扉を開く。
狭い部屋の中に並ぶベッド。
その上でリリスは体育座りで窓の外を眺めていた。
「シュトちゃん…」
「…気持ちはよくわかる、だが残すのは良くないぞ」
シュトロープはリリスのいるベッドのマットレスの端に腰掛ける。
「…わかってるよ…だけど…私、肉食べられなくなっちゃったと思うんだ。
肉を見るたびエマちゃんの顔が頭に…しかも私のことを睨んでいるような気がして…人を食べて生き残った私を叱っているみたいに…」
膝を抱えうつむく彼女にシュトロープは言う。
「じゃあそれはエマールじゃないな、鬱屈とした気持ちが見せる幻覚だ。
あいつなら自分の肉を食べててもリリスに生きてほしいと願うと思うぞ」
シュトロープのその言葉にリリスは顔を上げたがそれでも気持ちは覆らなかった。
「でも…私は…食人を…」
「リリス」
シュトロープが名前を呼び、気を引くとはっきりと言い放った。
「生きることを何よりも尊いものと思っているのはリリス、お前自身だ。
お前には自己犠牲的な精神が少し見える、それが自分を悩ませているだけ。
リリス自身だって生きることを尊んでいいし、生きるために決断した勇気を誇ってもいい。
この世界の常識以上の覚悟を見せて生きるべく決断した。
それが食人と言う言葉に埋もれてしまっているだけでお前の精神は…お前の心は『虹色に光るダイヤ』そのものだ。
だから卑下する必要もない」
「…シュトちゃん…」
彼女は言葉を繋ぐ。
「リリスらしくない。
そんな体裁じゃあ格好悪くてみんなに逢いに行けないぞ」
リリスのまぶたにはいつの間にか涙が浮かんでいた。
それは目の縁から溢れ頬をゆっくりと伝い落ちていく。
「…っ!そうだよね…私らしくない…何が何でも生きなきゃ…」
「ただし、人を押しのけて生きようなんて思ってはだめだぞ」
「わかってるっ!私は他人を助けつつ…そして生きなきゃ行けないっ!
この酷い世界で生きることは私の罪のほんの少しの贖い、本命は地獄で永遠に責め苦を受けなければならない…だからその時までこの世界で…っ!」
「リリス…夫婦とは支え合って生きなければならない。
これからも幸せに生きよう」
「…その冗談、嬉しいかも」
お互い顔を見合って微笑む。
シュトロープはいつまでも安心したように頬がほころぶリリスを優しくギュッと抱きしめていた。
「ありがとシュトちゃん、おかげで元気出たよ」
「それなら良かった…」
「よしっ!肉を食べよう…っ!まだベーコン残したまんまだったからっ!」
リリスとシュトロープは兵舎から飛び出すと昼ご飯を食べた野外のテーブルに向かった。
だが、時既に遅し。
「あっ…!」
リリスは目を見開き驚きを表す。
「ふぅ~…美味かったぜ。
あっリリス、どうした?まだ出撃命令は出てないぞ」
リリスはベーコンのかけらが残る皿を見ると瞳孔をキュッと絞る。
「どうしたリリス…何か…あっ」
「シュトロープも来たか。
あ、もしかしてベーコンか?あはは悪いなあんまり放置すると悪くなると思ってつい…」
大尉は少し申し訳無さそうに言う。
「きゅっ…ばたんきゅぅ〜っ…」
リリスはふらふらと身体を揺らし白目を剥いてその場に昏倒してしまった。
「…っ!リリスっ!
なんてこったっ!!リリスが昏倒しちゃったっ!この人でなしっ!」
「ええっ!ベーコンを取ってきてやる!ベーコンスープにしてホカホカにして持ってきてやらぁっ!」
大尉はいそいそとベーコンスープの缶を取りに走っていったのだった。
そんな割と平和そうに過ごしていたリリスたちたが、倒れているリリスとシュトロープ残るもとに整備兵がやってきた。
「あの…すいません…大尉はどこでしょう?」
その問いにシュトロープが答える。
「ああ、今は食料庫にいると思うが…いったいどうした?」
「はい…実は会いたいとおっしゃっている人がやってきたんです…」
その時、大尉がベーコンスープの缶を持って走ってきた。
「おまたせっ!ベーコンスープしかなかったけど…」
汗だくの大尉に向け整備兵は言う。
「大尉っ!あの実は…」
「なになに…」
整備兵の耳打ちに大尉は驚愕したようだった。
「何だとっ!
シュトロープっ!これはてめぇが食べさせてやれっ!
用事ができたっ!」
「…用事…?」
「そうだ。
…それも高官だ、俺よりずっとずっと上のな」
「そんな人物がなぜ」
「わからん、とにかく会いに行く」
大尉は引き締まった表情で背を向けた。
「…誰ですか」
「…」
大尉は振り返りシュトロープへ向かって言った。
「ダッカシンキ・ギーゼ。
軍団を率いる帝国陸軍大将だ」
その肩書を聞き倒れているリリスを消えていたシュトロープも思わず口が開いていた。
現れた帝国陸軍大将。
果たして彼女が航空隊に訪れた真意とは。




