春の夢から醒めて
ラインツィッヒ攻略するハッケル参謀総長参謀総長とグラーファル閣下とシッコシカ軍令部総長。
両軍の戦いは泥濘の中でより一層激しさを醸し出していた。
前線のラインツィッヒでは激しい攻撃に巻き込まれていた。
ロディーヤの帝都チェニロバーンではハッケル参謀総長が皇帝スィーラバドルト陛下に結果報告をしていた。
厳かな軍服を見にまとった皇帝が堂々と座っている。
立派な髭と彫りの深い顔。
金色の飾緒とエポレット、腰のベルトににサーベルといったハッケルたちと同じく高官の上衣をまとっている皇帝はとある一室でロディーヤの野戦服をまとった兵士たちを護衛としてそばに置きつつ席についている。
ハッケル参謀総長は片手に資料を持ち、陛下の座っている席の横にいた。
陛下は重々しく口を開く。
「肝心のラインツィッヒの攻略はどうなっている」
参謀総長は立ち上がって紙の束を見ながら報告した。
「はい、順調に敵兵を包囲しつつ殲滅していっている、なんの憂いも必要ない」
「流石だ、あそこは敵国の工業都市であり策源地だ、奪えればテニーニャの生産量もの下げられ我が国の武器産業の要の一つになるに違いない。
必ずしも完遂いたしてほしい」
「当然、必ずしや」
外の窓ガラスには雨が激しく打ち付けている。
参謀総長はそれを告げると部屋の外へと出ていった。
電灯が暖かく照らしている廊下を歩きながら考える。
(なぜここまで順調なのだ、ことが上手く進みすぎている。
敵がロディーヤ軍の侵攻に気づき兵を増やしているのも知っている…てっきり返り討ちに合って全滅してくれるかと思っていたが…
未だに撤退許可を求めて来ないあたり順調なんだろうな)
ハッケルは首の後ろあたりを手で撫でながら困り顔で歩く。
「知的な指揮ができないギーゼ大将なら死滅してくれるかと思ったが、きな臭くなってきたぞ。
まさかとは思うが私は何な騙されていたのではないか?
私の計画を見抜いていて、作戦を失敗させるために愚将を着任させるということを知っていて…
重要な局面を任せてくれるよう無能を演じていたのか…?」
独り言をつぶやくと彼女はニヤリと口角を釣り上げた。
「策士じゃないか…興奮してきたぞ。
私も君に手を打つぞ、拮抗分子を送ってやろう」
嬉しそうに微笑む参謀総長。
対抗意識顔が芽生えたのかそこまで悲観していなかった。
心地よい雨音が響く廊下を一人歩いて執務室へと戻っていった。
一方激戦地のラインツィッヒ。
砲撃や銃撃が兵士たちを殺していく。
街のあちこちに人体の一部が横たわりそこから滲み出てくる古血が雨水と混ざり合い血の川となって側溝へと流れていく。
霧に消えかけの廃墟の街ラインツィッヒは人がいなくなった終末の世界のような様相をしている。
そんな中、戦闘を繰り広げている二人がいた。
ジャマダハルを両手に握るルフリパ中将と『アミ』一丁で応戦するダンテルテ少佐だ。
二人はかろうじて建っているようなボロボロのアパート郡の屋根を伝いながら走っていた。
逃げる少佐と追う中将。
「フハハハッ!今度は当てるぞ戦犬っ!」
逃亡しているダンテルテは振り返り後ろに走りながら長い銃身を向け三発発砲する。
弾丸は雨の中を突き抜けまっすぐ飛んでいくが彼女は拳で握っているジャマダハルの刀身で身を護る。
命中すると刀身から火花が散る。
「肉体に侵入したダムダム弾は悲痛だが貫通力のない弾なんぞ癇癪玉でしかいなわ!」
「そうか、だがどう距離を詰める?突き刺せないにのであれば無用の長物、飛び道具には敵うまい」
「知恵を使うわ、親からもらったこの頭をねっ!」
そう言うとルフリパは屋上の屋根から飛び降りていった。
ダンテルテはその様子を見届けると不審がりながらもそのまま逃げていく。
だが彼女は思わぬものを目にした。
雨で濡れる屋根にふと薄い影が現れた。
少佐はその影に気づくと振り返って空を見上げる。
「なっ!」
そこには空赤く舞い上がるルフリパの姿があった。
「どうやってあそこまでっ!」
「電線を使ってやったぞっ!スラックラインみたいに跳ねてやったんだっ!喰らえっ!」
上空から刀身を向け降ってくる中将。
ダンテルテ少佐はその言葉を聞いて笑っていた。
「心底楽しい…っ!大好きだっ!
貴様の腹綿が見たくなったぞっ!ルフリパっ!」
銃口をまっすぐ彼女に向ける。
そして引き金を引き、銃声とともに弾頭を放つがルフリパは身体を回転させジャマダハルを回転刀のようにして弾頭をぶった切りそのまま落下してくると着地と同時に足で少佐の足を払い、バランスを崩した彼女の顔面へ向け拳の刃を突き上げる。
「その古血を瀉血してやるっ!」
あとわずかで少佐の顔にジャマダハルが突き刺されるかと思った瞬間、中将の刀身が金属音と共に衝撃でズレた。
「えっ」
ズレた刀身はダンテルテ少佐の頬を掠め虚空へと突き上げてしまった。
「なっ…!」
少佐はすかさず中将の土手腹に拳をめり込ます。
「がはっ…!」
強烈なパンチにより中将は思わずその場にダウンしてしまった。
雨で濡れている屋上に倒れ込むルフリパは苦しそうに尋ねた。
「なっ…なに…?何が起こった…?」
「いい腕だろ、あいつ。
正直危なかった、まさかあそこにいたとは私も運がいい」
ダンテルテ少佐のならば目線の先の建物の屋上には大きな給水タンクが一つ設置されている。
そのタンクの下で下でうつ伏せで半自動小銃を構える少女がいた。
「おっ、当たったらしいわ。
いい腕ねエロイス」
ロイドの隣でうつ伏せの状態で半自動小銃を構えている少女がいた。
銃口から煙を吐いている小銃の銃床に頬をつけ、脇を締め肘で銃身を支えている。
「私の弾丸に感情はないわ。
誰であろうと躊躇なく射る」
「キャーカッコイー」
銃を構えていたエロイスの決め台詞にロイドが棒読みで答える。
ルフリパ中将のジャマダハルの刀身を狙撃してずらしたのはエロイスだったのだ。
少佐は彼女には感謝しつつ横たわる中将へ銃口を向ける。
「これで貴様も終いだ。
馬鹿踊りは済んだか?」
「先にいう、貴方は私を殺せない」
「言ってろ」
ダンテルテ少佐は躊躇なく引き金の指を引く。
中将は目を強くつむる。
バンッ!
ザアザアと降りしきる雨の中、一発の銃声が響いた。
水びだしの屋上に空薬莢が排出される。
が、ルフリパ中将は生きていた。
彼女はゆっくりと目を開ける。
そこにはダンテルテの『アミ』の銃身に中途半端に刃が入刀されていた。
どこからともなく現れたのはギーゼ大将だった。
「その刀…仕込み杖だったか」
大将がいつもついていた杖は仕込み刀がしまい込んであったのだ。
その刀身で少佐の銃身に途中まで入刀し、弾丸の射出を止めたのだ。
大将がスパッと力を入れて切ると、床に銃身とスライドするカバー、そして切断面の銃口から歪んだ弾丸がコロリと落下した。
「驚いた、まさか発射された弾丸を入刀した刀身で止めるとは、心底驚いた」
彼女の行動に呆気にとられるダンテルテ。
大将は横たわるルフリパに声をかけた。
「雨の中でも寝られるなんて羨ましいぞ」
「ちっ…違いますよ…油断しただけで…」
大将は彼女に手を差し伸べた。
「あっ…ありがとうございます…珍しいですねっ、わざわざ手を…」
「違うぞ、ジャマダハルだ。
博物館から勝手に取ってきたものだろう、私が返しに行く」
「…そうですか」
ルフリパは二つのジャマダハルを手渡すとゆっくり立ち上がった。
「ダンテルテといったな、大将である私がこの地にいるということは既にここはロディーヤの安全圏ということ。
列車砲がなくなった今、テニーニャ軍は腰抜けの負け犬に逆戻り。
どうする?もい一線交えるか?それとも部下の安全のために撤退するか」
ギーゼの問いかけに少佐は笑みを浮かべていた。
「私は闘争に勝っていた…だが戦争には負けたのか。
結構だ、このラインツィッヒは受け渡そう。
私は部下たちに撤退命令を下す、それで満足なのだろう。
既に数万人の部下が死滅している、誰が何人死のうが私の腹は痛くないがここにとどまるのは不愉快だ。
この『アミ』だって特注品何だぞ、いくら修理代金がかかると思っているんだ」
「知らないね、とっとと兵を引き上げろ戦犯豚め」
「…フッフッフッ、久々に心臓の色が見たくなったぞギーゼ大将。
…帰ろう、今日は楽しすぎた」
ダンテルテ少佐はそう言うと二人に背を向けてあるき出した。
そして数歩進むと屋上から飛び降りて姿を消した。
「ルフリパ、タンク下の兵士はまだいるか?」
「…いや、もういませんね」
「そうか」
屋上で佇む二人、雨の中無言で立っていたが大将がまっすぐした刀身を杖の中にしまった瞬間、地鳴りのような揺れが二人を揺らした。
「…なんだ?」
大将が周りを見渡すと街の工場が爆発していっていた。
轟音とガラガラと建物が崩れる音がわずかに雨音に混ざって聞こてえてくる。
「まだ戦闘が…」
「いや、鹵獲させんと自ら爆破処理しているのだろう。
工場が使われないようにな」
こうしてラインツィッヒでの攻勢はひとまず終了した。
ロディーヤ軍の『春の夢作戦』は紆余曲折ありながらなんとか成功したのだった。




