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人がいない世界

シッコシカ軍令部総長の列車砲が投入されたラインツィッヒの戦場。

その兵器の投入により一層激しさを増す激戦となり、ロディーヤ軍の優位に陰りが見え始めたのだった。

ラインツィッヒでは歩兵たちが奮闘してお互い勝利を掴まんとしていた。


エロイスもロイドもダンテルテ少佐も戦闘に参加してそれぞれ戦っていたのだった。



しかし、その激戦の街から離れたところにある林の中にさまよっている少女がいた。


左腕の出血を抑えながらゆっくりたどたどしく歩く少女。

青々と揺れる葉っぱの群れの隙間から差し込む斜陽の光が彼女と地面を明るく照らしていた。


その少女の名前はリリス。


「…人はいなさそうだね…」


そうつぶやくと進んでいた方向に背を向けてやってきた方へと戻っていった。


どこまでも変わらない景色が絶望に似た感情が湧き上がってきていた。


彼女は墜落したホワイトデイから離れ、人がいないか探していたのだ。


しばらく歩みを無心で続けているとボロボロの機体とオレンジ色に照らされているエマールが座っているところへと戻ってきた。


「エマちゃん…ごめん、人いなかった…」

「ううん…良いよ…」


腹部に刺さっていた部品はすでに抜かれ、鮮血がべっとりと付着している穴の空いた銀色の鉄骨のような物が近くに放置されていた。


エマールは止まらい腹部からの出血により確実に弱っていた。


「リリスちゃん…エマもうダメかも…心地よくなってきた…」

「…ごめん…何もしてあげられなくて…」

「リリスのせいじゃないよ…こんな森林の中じゃあどんな人だって何もできないよ」


リリスの肩にエマールの頭がそっともたれる。


口からも腹からも血が滴っている少女は苦しそうな表情ではなくどこか穏やかな表情で微笑んでいた。


彼女の顔が段々と沈んでいくオレンジ色の太陽の光に照らされ、光の中にエマールの顔を浮かび上がらせていた。


「…リリスちゃん…貴方はここから生きて帰らなきゃいけない…もし…体力がなかったら私を食べてでも生き残って…」

「そっ…そんなこと…」


冗談か本気かわからないほど彼女の声色は真剣そのものだった。


斜陽は草木をメラメラと陽炎の様に燃やしながら地平の果てへと沈んでいく。


それと同時にエマールの目線も段々とおぼろげになっていく。


そして、彼女はゆっくりと目を閉じながら呟いた。


「エマ怖くないよ…しばらくあえなくなるだけだもん…だから…。


待ってる、地獄でね」



それを最後に彼女は全身の筋肉がほぐれたようにぐったりと人形の様にうなだれてしまった。


リリスは覚悟していたのか、その死に驚いたり、あたふたするような様子はなかった。


まっすぐ前を見つめ、斜陽の烈火に頬を焦がされるリリス。


彼女はぐったりとしていたエマールを抱えながらもじっと座っていたが頭を空へと見上げそしてゆっくり目を閉じた。


そして瞑った瞼の隙間から小さな涙の粒が頬を通っていった。


その涙は太陽の光に照らされてキラキラとダイヤモンドのような輝きを見せていた。


その輝きは強い日光によって出来上がった二人の少女の黒いシルエットの中でもはっきりと分かった。




太陽が完全には沈み切ると見える世界は闇に包まれた。


月光と星の光だけが地上に降り注ぐ。


幾万もの星々が空を覆い、地上に生きている兵士たちを照らしていた。

勿論、その中には彼女たちもいた。



エロイスとロイドはラインツィッヒの屋上にいた。


屋上には彼女たちが戦ったであろう戦闘の跡が残されていた。


地面には大量の空薬莢、外側の壁には弾痕が無数に残っている。


屋上にいた二人の少女は立って街の様子を眺めていた。


あちこちで燃え上がる真っ赤な烈火が街を飲み込み、蝋燭の灯火のように燃え上がっている。


だが、そんな戦火でも彼女たちのいる屋上までは届かなかった。

夜空の闇に負け、普通の夜が二人を包み込んでいた。


「あんなに燃えているのに私達の周りは夜だね」

「人間が作った光が夜の闇に勝てるわけないわ」

「…静かだね」


エロイスは半自動小銃を持ちながらそう小さく言う。


「流石に夜はみんな寝たいのね、銃声も砲声も叫声も聞こえない、まぁこの闇に紛れて活動する人もいるのだろうけど…ご苦労さんとでも言っておくわ」


二人は屋上から街の景色を見るのを止めるように背を向けて地面には寝っ転がってボロボロの毛布を自分たちに被せる。。


真っ黒な空には点々と光る星の光がエロイスの目に飛び込んでくる。


「…きれいだなぁ…」

「ほんとね、街の明かりが増えるたびに見えにくくなっていった星だけど、皮肉にもほとんど光の無くなった戦場でこんな景色を見られるなんて…そう考えたら悪くないかも」


燃えていた戦火も消されたのか、戦場は無音の闇に沈んでいた。


彼女たちの耳には何も聞こえない。

しっとりとした音の無い世界が二人の少女を飲み込もうとさていた。


そんな世界で唯一とも言える音はお互いの息の吸い込んだり吐いたりする音だけだ。


それからどれくらいの時間が過ぎたのかわからない、だが二人は未だに眠れずにいた。


お互い目を開けながら夜空を眺め、なかなか眠りにつけない。


「…眠れないわ」

「私も、緊張が解れない」

「こんな血なまぐさいところにいれば嫌でもそういう精神になるわよね、完全には油断できる瞬間なんてないもの。 

眠りについた瞬間、私たちが登ってきた階段から屋上へ敵兵が忍び寄ってきて私たちを射殺するかも」 

「ちょっ…ロイド…っ!悪質な冗談っ!」

「ふふっ…少し悪ふざけが過ぎたわ」


悪い冗談に少しビクッとさせられたが二人はまた星空を見つめ直した。


「ねぇ…エロイス」

「…ん?なに?」

「やりたいことがあるんだけど引かないでくれる?」

「…それはロイドが何をするのか見てみないとわからないかな」

「そっか」


するとロイドは毛布からすり抜け立ち上がる。


「…?何するの?」

「見なくていいけど…」


そう言うと彼女は突如エポレットのボタンを外すとそこには留めていたサスペンダーの紐を上腕の方へと引っ張り始めた。


そしてハイウエストベルトを外すとベルトを足元まで下げ、軍服の褐色の上着のボタンを外し始めた。


「ちょっ…!何して…」

「いいからいいから」


彼女はなりふり構わず軍服を抜いていく。


上着を脱ぐと白い地味なスポブラが目に入ってきた。


「わっ…!ロイド…っ!」


思わず手で目を覆うが構わずロングブーツも脱ぎ始め、そしてバックルベルトで留めていた乗馬ズボンもスルスルと下げていく。


白い下着とスラッとした腿が暗闇の中に晒される。


ついに靴下までも脱ぎ、下着姿の状態のロイドが現れたのだ。


スラッとしたやや痩せた少女の身体が月光に照らされて浮き出る。

 

張りのある腿、スラッとし伸びる腕、そしてはにかんでいる彼女。


一種の神々しさを感じながらもエロイスは思わず尋ねた。


「なっ…なんでいきなり下着姿になんて…!」

「…ふふっ、死ぬ前にやってみたかったのよね。

エロイスだって一度は思ったことあるでしょ?もし人類が滅亡して自分一人だけ生き残っていたら裸で過ごしてみたいって」

「う、うん…まぁ気持ちはわかるけど…けど人はまだ滅亡していないし…」


その言葉を聞いたロイドは振り返って真顔で言う。


「何言っているの?既に終末よ。

昔の人間は既に滅びたわ」

「えっ」

「騎士道精神は廃れ、情け容赦ない機械での殺戮が始まった。

こんな話、数十年前の人間に話しても信じないでしょうね」


彼女はそれでも少し顔を上げて笑う。


「だからよ。

この血が染み込んだ軍服を脱いで…昔の私に戻ってみた、それだけ。

人に見られて興奮するなんて趣味はないわ。

しばらくこうして過ごしたいの」

「そっか、無粋なこと聞いてごめん。

じゃあ私もう寝るから、気が済んだら寝たほうがいいよ」

「そうするわ、ありがとう」


そう声をかけるとエロイスは屋上に寝て毛布を身体にかけて目を閉じる。


いつの間にかすっかり夜も深くなり星たちが騒ぎ立てるようにきらめいていたのが彼女の寝る前に見た景色だった。

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