昔日の情景は今日で死ぬ
野戦病院で休養の日々を過ごしていたエロイスとロイド。
傷が治り次第、次の戦場となるラインツィッヒへと配属することとなった。
そのラインツィッヒのロディーヤの前線、ロディーヤ軍団が留まる基地にいる総司令官のギーゼ大将とルフリパ中将が話をしていた。
ロディーヤ六万を指揮する軍団のギーゼ大将とその師団を指揮するルフリパ中将。
そんな彼女はテントが複数建てられている基地から少し外れラインツィッヒの建物群が見える丘の上に立っていた。
丘の上は風がなびき草木が囁くようになびく。
それに伴い大将の金色の飾緒とエポレットのついた上衣や黒のプリーフスカート、ロングヘアが揺れる。
悠々杖をつきながら立つ彼女の後ろから中将が近づいてくる。
「大将〜?何してるんですか?」
「あぁ、ルフリパ中将。
別に何していようなお前には関係ないだろ」
「え〜いけず〜いいじゃないですかぁ」
「鬱陶しいな、お前」
軽くあしらわれるルフリパ中将。
あまり感情を出さないギーゼが遠くの工業都市の町やその手前の大きな川を眺めていた。
「懐かしいな、私の地元にもきれいな川があったんだ。
あれほど広くはなかったが」
「へぇ、田舎ですか?」
「あぁ、澄んでいてな、よく川辺で座って眺めていたな、戦地に来てからすっかり忘れていたが懐かしい記憶がこの景色を見て思い出してしまった」
思い出に浸る大将の側にルフリパはすり寄ってくる。
「へぇ〜意外と可愛いところあるじゃないですか大将、聞かせてくだぁい」
「そうだな、少し昔話でもするか」
「まだ二十代前半なのにすごい貫禄…」
大将は両手で杖を付き話し始めた。
「私の故郷は農業と屠畜が盛んでな、中世の荘園から発展したものだったんだ。
麦畑が黄金に輝き草木は揺れ、峰に雪が乗っている高い山々に囲まれて…いいところだった。
その村の川は特段きれいでな、遊んでいたさ」
暖かな風に包まれながら語るギーゼ大将。
彼女の語る景色を中将も景色を想像する。
「荘園…領主の館とか教会とか…耕地とかが広がるあれですね。
都会育ちなのであんまりイメージ湧きませんけど」
彼女の話はまだ続く。
「あまりに裕福ではなかったからな、十歳になったら街にでて、数年過ごして軍に入ったな。
それで久々に帰省したんだ。
軍服姿の私を両親に見せるために」
「それでそれで…?」
ギーゼ大将は遠い目を見ながら思い返す。
「家に帰る前に川を見ておこうと寄ったんだ。
見る川で子供が溺れていたんだ。
その川は幅はそんなにないが意外と深くてな、子供なら足はつかない、六歳七歳ぐらいだったかなその子供は。
助けてやろうと軍靴を脱いで川に入ろうとしたら親らしき人が走ってやってきてな、その子供の名前を聞いて助けてやったんだ」
「名前?」
「もし気を失っていたときに『大丈夫か?ガキ!』なんて言えるか」
「あははっ…ですよね…」
大将はいつの間にか少し微笑んでいた。
「懐かしいな、あの女の子今元気かな?」
「どんな子だったんですか?」
「さぁ覚えてないな、何回も名前を呼んだはずなのだがその後が色々ありすぎてすっかり忘れていた。
まるで砂漠の埋もれた廃墟のように…」
話し終えた彼女はしばらく立ち尽くしたまましばらく喋らなかった。
「…会ってみたいですね、その子」
「あぁ、あの頃は純情な軍人だった、今はすっかり血濡れの殺人鬼だ。
まぁ悪いとなんか思ってはいないが」
ふたりの少女は丘の上でしばらく大将の思い出と重なる情景の中にいた。
「四月二十九日まであと数日…『春の夢作戦』が発動すればこの景色も地獄に変わる。
いや、これから変えるのだ。
これから榴弾をあの街に浴びせる、民間人がいるかどうかは知ったことではない、敵の防衛線を弱らせ橋を渡って奇襲する。
確実に攻め落とすぞ」
「もちろんですっ!大将っ!やりましょう!」
二人は基地へ戻り司令部のテントの中に帰っていった。
テントの中には数人の高官たちが野戦服姿で待ち構えていた。
「待たせたな」
一言詫て入ってきた大将はテーブルを囲むように立っている軍人たちに向け言い放つ。
「これより榴弾砲陣地より砲撃を昼夜絶えず浴びせる、後方の陣地に伝えろ、午後三時間十五分を持って一斉砲撃を行うと」
「はっ!」
一人の軍人がそれを聞くとテントから足早に去っていった。
「明日は砲撃の支援を受けながら廃墟となった街に川の橋を渡って歩兵部隊が市街に潜入、掃討しながら街を包囲し皆殺しにする、総員に総員伝えよ」
軍人の将校が声を揃えて返事をするとギーゼ大将はニヤリと笑った。
「さぁ死闘を始めよう。
統帥、参謀、基地、英雄、白の裁判所、お前たち…
盤は揃った。
駒を進めよう、大戦争だ」
基地の後方の榴弾砲陣地。
そこには広い塹壕に脚が伸ばされ砲身が空を向いた固定された榴弾砲がずらりと並んでいた。
「よしっ!時間だっ!砲弾込めっ!」
兵士の呼びかけと共に砲身に積まれた榴弾を数人の兵士で砲身に押し込むと閉鎖機を閉める。
「いいかっ!三時十五分になったら拉縄を引けっ!!砲兵部隊の真髄を見せろっ!!」
砲兵たちはしばらく榴弾砲の近くで待機している。
一人の兵士が腕に巻いた懐中時計を睨む。
「五…四…三…二…一……ゼロ…!ゼロだっ!ゼロォーーっ!!うてぇーっ!!」
兵士が叫ぶと一斉に兵士が拉縄を引く、その瞬間、爆音が広い平野に響き出した。
砲口から一瞬火が吹き出すと砲弾の弾頭が砲身から白い軌跡を残しながら大空へと飛んでいく。
白い硝煙が陣地を覆い、その霧の中で兵士たちは砲の閉鎖機のレバーを動かして尾栓を開き殻となった大きな空薬莢を煙と共に排出した。
そして開いた砲身にまた新しい砲弾を詰め替えるとまたたく間に火薬の匂いが辺りを埋め尽くした。
絶え間なく撃ち出す野戦砲を操作する砲兵たち。
空は無数の白い弾道が描かれラインツィッヒへと向かい着弾する。
砲弾を撃ち出す轟音と遠くで着弾する音が地面に響き地震かと錯覚するほどだった。
そしてその榴弾は街で過ごしていたテニーニャ軍へ向かって飛来してきた。
「榴弾だっ!隠れろっ!隠れろっ!!」
高速でやってきた榴弾が着弾する。
その瞬間、道路の石の破片が飛び立って兵士の身体にぶつかる。
だがそんなことにかまっている暇はなかった。
一発だけでは終わらず、建物や広場、道路に着くと轟音とともに灰色の煙が立ち上る。
家屋は瓦礫となり、道路の塗装は捲れ、土がむき出しになる。
巻き込まれた兵士たちの手足や頭、半身が土砂と共に降り注いできた。
ロディーヤの一斉砲撃によって始まったラインツィッヒの攻防戦。
ここに激戦の火蓋がかくして切られたのだった。




