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夜だから眠れない

ロディーヤへ爆撃をけしかけてきた敵機を迎撃したリリスたち。

なんとか全機撃墜することが交戦中にアルチューネ軍曹が戦死してしまった。


その頃、ロディーヤ帝都の参謀本部の執務室にて参謀総長ハッケルは執務机のデルビル卓上電話の受話器を会話をしていた。


「命じた軍務は終わったか?」

「…はい」

「よくやった。

その師団長は精神疾患を患っていたからな、薬の服用量を間違えてそのまんま死亡してしまったということになってくれるだろう。

ところで、バッタンキューの件だが…」


参謀総長は手に持ったコーヒー入りのカップをゆらゆら軽く混ぜるように回している。


カップの縁を口につけると受話器の向こうから返事が聞こえた。


「わかっています…バッタンキューが裏切ったのか…殺されたのか…はたまた連絡し忘れているだけなのか…それを確かめてほしいんですよね…?」

「あぁ、そういうことだ。

もし裏切っていたようならその場で殺していいぞ。

後、その場合、イーカルス大尉の殺害も行っていないだろうからそれも兼務で頼む」


参謀総長は飲み終わったカップをゆっくりと置いて低い声で囁くように言って会話を締めた。


「…君ががやってくれれば楽園の到達は近い…共に行きたくはないか、楽園へ」

「…当然いきたいです。

私はそのためにここにいるのですから」


そう言われれると電話は一方的に切られた。


「…相変わらず無愛想だな…まぁ、そういうところがいいのだが。

さて…」


執務机の引き出しを引くと様々な書類やペンと共に一冊の本がしまわれていた。


「ラインツィッヒ攻略の図上演習まで時間はあるな…

『不思議の国のアリス』…読んでみるか、ルミノスの喪失を埋めてやれるようにな」


温かい陽の光が射し込む執務室の中で参謀総長はパラパラとページをめくり黙読を始めたのだった。


参謀総長がバッタンキューの行方を追うように謎の人物に命じたということはバッタンキューに危険が迫っているということを示唆していたのだ。



そのバッタンキューがいる航空隊の航空基地ではリリス、エマール、シュトロープそしてイーカルス大尉が土の滑走路の横にある湖のほとりに小さな穴を掘っていた。


四人が無言で穴を堀っていると大尉はその場を離れていった。


「なんか…あっけなく死んじゃったね…」

「…決して生存率が高くないことは知っていたけど…」


エマールとリリスはその会話だけしてスコップで穴を掘る。


その時大尉が両手に酒瓶を持ってやってきた。


「スコッチウイスキー、ウォッカ、スピリタス、ブランデー、テキーラ、ジンだ、あいつは蒸留酒が好きだった。

あいつは一日一本、必ずストレートで空けていたな」


まだ中身が入っている瓶をその穴の中にそっと置く。


そして伍長のだ三忍が土をかふませて埋葬した。


湖の芝のほとりに一箇所、茶色い丘がリリスたちの目に入った。


「戦死できて良かったな」

「えっ…」


リリスは大尉のだその発言に思わず聞き返す。


「それってどういう…」

「あぁ、死んでくれてよかったってな意味じゃねぇ。

あいつの掌見たことあるか?掌に小さなボツボツした内出血があったんだ。

肝硬変だぜ、いつ病死してもおかしくなかったんだ。

病床でくたばる前に空で散れたほうがあいつにとっても嬉しいことだろうよ」


大尉は少し物思いに耽るような表情でその盛られた土を見つめる。


そこでシュトロープが尋ねる。


「彼女が酒に夢中だった理由って何だったんだ?」

「ん…さぁ、詳しくはあいつが語りたがらなかったから知らねぇが、歩兵時代に恐怖を紛らわせるために支給されたウィスキーを飲んでどうたら見てーな話は聞いた、それ以上は知らん」


後頭部を掻きながら答えた大尉はアルチューネの酒が入った盛土に背を向けて歩きだす。


「もう…行くんですか、もう少し黙祷なり何なりとか…」


リリスが行きかけた大尉の背中にそう言うが、大尉は振り返って一言だけ答えるどういうその場を去った。


「死なんて朝目が覚めるか覚めないかの違いしかねぇーよ」


少し悲しそうに、けれどもはっきりと発した言葉にリリスは何も言い返せなかった。


埋められた酒の周りに立っていた三人も次第にその場をあとにしていった。



リリスが自分のかまぼこ型のいつもの兵舎に戻ると並べられたベッドの上に飛び込んだ。


「おう、おかえり。

災難だったな」


並べられたベッドの前にちょこんと置かれた質素なテーブルとイスに座るバッタンキューが寝っ転がるリリスにそう声をかけた。


「…災難、なのかな」


リリスは天井を見つめてつぶやく。


彼女の脳裏には先程の大尉の言葉が浮かび上がってくる。


(死なんて朝目が覚めるか覚めないかの違いしかねぇーよ)


頭の中に響くイーカルス大尉の音声が伽藍堂の空間に反響するように響きやがて聞こえなくなる。


その言葉を反芻したリリスはバッタンキューに尋ねた。


「参謀総長の計画を知ったときはどう思った?」

「え、何だいきなり。

う〜ん、まぁその楽園で救われる人もいるのかなぁって、俺は別にどうでも良かったが、金と地位が貰えればな」

「その楽園の実現のために戦争を用いたことはどう思う…?」


バッタンキューは顎に手を当ててしばらく考える。


「やつの狙いは皇帝を敗戦国の戦犯として消すことで影響力もろとも消し去って参謀総長が国を支配しようとしているんだろ?褒めるわけじゃないがなかなかにやり手だろうな」


リリスは身体を起こして独り言のように呟いた。


「今の私にできるとこは守れる人を守りながら戦争を勝ちへと持っていくこと、そしてその計画を静かに葬る…それだけ…だけど…

怖い…いつ死ぬかもわからない…この計画を知っている人が少数いないとこの『意志』が途切れちゃうことに今、気づいた。

自分は無敵じゃない、一人で抱え込むなんて…無理だったけど…けど……今は私の意志を継いでくれる人がいる。

キューちゃん、そしてシュトちゃん…私がいなくなってもいいように、ちゃんと伝えられてよかった」


リリスは朗らかな笑顔でバッタンキューに笑いかけた。


「なんだよそれ、まるでもうすぐ死ぬみたいじゃねぇか」

「えへへ…でも本当にそう思ってるよ。

私、いろんな人に恵まれてるなぁって」

「ふん、変なやつだなお前」


バッタンキューがそう言って眩しい笑顔を向けるリリスから照れ隠しのように目線をそらしてしまった。



もうすぐ日が暮れてまた夜がやってくる。


少女たちは傷心の中、一日の終わりを静かに迎えようとしていたのだった。

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