太陽に機体をかざして
激戦のアズ奪還戦を終えた武装聖歌隊のエロイスたちは後方の野戦病院にて休養を取っていた。
一方ロディーヤ帝国陸軍の航空部隊に所属していたリリスたちには特に関係のない話だった。
イーカルス大尉が暗殺されそうになった夜の出来事から一夜明け、リリスは更生させたバッタンキューを大尉に紹介していた。
イーカルス航空隊の航空基地のかまぼこ型の兵舎の前で立つイーカルス大尉とアルチューネ軍曹とエマール。
その彼女たちの目の前にはリリスとシュトロープ、そしてバッタンキューがいた。
「えっと、この航空基地の整備兵としてやってきたバッタンキュー・ニューデセックスちゃん。
私はキューちゃんって言ってるんだけど…」
「んなことぁ聞いてねぇーよ」
イーカルス大尉が腕を組んで尋ねる。
「いきなりなんで新しく整備兵がやってくるんだよ。
なんだ、リリスの古い親友か?」
「ええっと…まぁそんなところです」
リリスはたどたどしく答えた。
「えーっ、初めて聞いた〜。
リリスちゃんの友達はシュトとエマだけだと思ってたのにぃ〜」
「ご、ごめんねっ!もちろんエマちゃんも大切なお友達だよっ!」
エマールは頬を膨らませてリリスに言う。
「よろしく頼む」
バッタンキューは頭を下げて三人にそういった。
「…まぁ、何もないけどよろしくな〜、さて酒でも飲むか」
アルチューネがそう言ってその場を離れると大尉もエマールもその場から立ち去っていった。
残された三人は内輪の会話を繰り広げた。
三人は基地の直ぐ側にある湖のほとりで座って会話をする。
「とりあえず、他の人たちには言わないようにするから。
でもその代わり私のそばから離れないでね、どうしてもってときはシュトちゃんに監視をお願いするから。
改心したと思わせてまた変なことされたら困るしね」
リリスは湖の反対側を見ながらそういった。
バッタンキューは膝を抱えたまま言う。
「俺はよぉ、別に参謀総長に心酔していたってわけじゃなかった。
ただ、この職務を果たしてくれれば金と地位を約束してくれるって言われたからやったんだ。
だからもとよりこんな仕事を本心から望んでいたわけじゃない。
いつやめようか考えていたときに、お前に負けたんだ、あぁ、もうこれで終わりでいいやってな。
やめるってことはただの殺人鬼に戻るわけだ、なら死んで贖おうって思っていた、が…まさか止められるとは…」
その言葉を聞いたリリスは彼女に言う。
「そういう意志がある限り何度でもやり直せるよ。
まだ全面的に信用しているわけじゃないけど…きっと、きっとその意志があればねっ」
リリスが笑顔でバッタンキューに微笑みかけると彼女は罪悪感に苛まれるように頭を抱える。
「はぁ…俺はなんてことを…」
リリスについでシュトロープが尋ねる。
「しかし、暗殺者を直接送り込むなんていよいよ敗戦を本格的に願ってきているのが見えるな。
お前の他に暗殺者は居たりするのか?」
「話は聞いたことあるがどんな奴らかは俺も知らん」
リリスが立ち上がって腰を伸ばすと座り込むシュトロープとバッタンキューに言った。
「やってきたら返り討ちにはししゃえば大丈夫。
私がいるから」
リリスは笑顔で二人に笑って言った。
二人はそう言われるとお互い見合って微笑んだ。
と、その時、航空基地のサイレンが鳴り響くと同時にスピーカから男の人の声が聞こえた。
「帝国陸軍航空司令部より第一特別航空隊に伝達っ!南方およそ二十キロ付近にて敵機見ゆっ!戦闘態勢に入れっ!
繰り返すっ!司令部より伝達っ!
南方およそ二十キロ付近にて敵機見ゆっ!各員戦闘態勢に入れっ!
直ちに迎撃用意っ!」
その音声を聞くとリリスとシュトロープはすぐに反応した。
「いかなきゃシュトちゃんっ!」
「朝から騒がしいなテニーニャは。
いいだろう、今日も撃ち落としてやるさ」
リリスとシュトロープが駆け足でほとりを離れた。
バッタンキューはその場で呆然としていたがイーカルス大尉に大声で言われた。
「コラーッ!やることないなら複葉機を格納庫から出す手伝いぐらいしろっー!!」
「すっ!すまんっ!!」
バッタンキューは言われるがままに格納庫へと走っていった。
リリス、エマール、シュトロープが兵舎で出撃に備える。
飛行帽をかぶりゴーグルを付けマフラーを巻く。
「もう春だよ〜…暑いよ〜」
「エマちゃん、空は寒いんだから我慢我慢っ」
三人が兵舎から飛び出すとすでに滑走路に五機の複葉機が陳列されていた。
二機はグリーンデイ。
主脚間にも板を渡して四枚目の翼としており、四葉機に近い緑の機体。
イーカルス大尉とアルチューネ軍曹の機体だ。
残りの三機はホワイトデイ。
白く塗装された複座戦闘機、ニ枚の主翼で空を飛ぶリリスたちの乗る機体だ。
すでにプロペラがぐるぐると音を立てて回転しており、あとはブレーキを解除するだけだ。
「遅いぞバカ野郎っ!早くせぇっ!」
「すいません大尉っ!」
五人の少女は機体に乗り込んで操縦席のシートベルトを留めた。
「方向舵昇降舵、エンジン共に操作性も問題ありません」
「よっしゃぁ!行くぞっ!!この野郎バカ野郎っ!!」
整備兵から機体の不備がないことを告げられると一番機のイーカルスのグリーンデイが滑走路を疾走、そしてそのうち高く舞い上がっていった。
アルチューネも追従するようにその後を追う。
「よし…っ!みんなっ行くよっ!」
「このエマに任せよっ!」
「この戦いが終わったら私はリリスと結k」
「出撃っ!!」
シュトロープの言葉を遮ってリリスはブレーキを解除し自機を土の滑走路を疾走する。
そしてリリスが操縦桿を引くと機体はぐわっと上昇していった。
薄い青色をした朝の空は澄み切っていた。
雲は高く漂い冷たい風が吹き付ける。
アルチューネは薄茶色のつなぎの飛行服の中に着た黒く薄いタートルネックの首の襟を鼻と口を覆うように引っ張った。
あのスーパーロングの黒髪は飛行帽の中に全てしまいこんであった。
イーカルスが股に挟んだ蓋の空いた瓶の中に小指を人差し指を突っ込んではちみつを掬う。
ペロッと舐めて味わっていると後ろからエンジンの音が聞こえてきた。
「よしっ、リリスたちもついてきてるな」
振り返ってみると三機の白い複葉機が後ろからついてきていた。
「これから哨戒と索敵を始めるっ!!全方位に注意して隊列を崩さずに飛行するぞっ!!」
前列にイーカルスとアルチューネ、後列にリリス、シュトロープ、エマールが横隊で空を突き進む。
しばらくあたりを見渡しながら隊列を維持したまま飛んでいた。
このとき已に高度は六百メートルに達していた。
その時、アルチューネが声を上げた。
「大尉っ!十時の方向、高度四百八十メートル程度に機影見ゆっ!」
アルチューネの言われた通りの場所に目を向ける。
大尉が操縦席から顔を見下ろすとそこには三機の双発の爆撃機ゴールドミルキーウェイとそれを護衛する三機のシルバーテンペストが眼下で飛行していた。
「俺たちの国の空でぼーぼー好き勝手やりやがってテニ公っ!
死に方用意っ!総員降下せよっ!太陽を背にして攻撃だっ!!」
イーカルス大尉が命令を発すると第一特別航空隊の全機が機体を傾けて敵機の編隊へと降下していった。
リリスたちの敵の迎撃は成功するのだろうか。




