激戦の跡
血を血で洗うアズ奪還戦は夜明けと共に終わりを告げた。
その日の朝日、関わった少女たちはその戦いを受けどのような境遇に置かれるのだろうか。
朝が来た。
輝かしく登る朝日は夜間でのアズ奪還戦の凄惨さを掻き消すかのように世界を照らしていた。
ロディーヤ帝国の帝都、チェニロバーン。
その街にある参謀本部の廊下を一人の少女が軽い足取りで歩いていた。
手には『不思議の国のアリス』と『鏡の国のアリス』と書かれた小説があった。
その名前はルミノス、白の裁判所の総指揮官でありウォージェリーを補佐官に置いていた少女だ。
彼女は参謀総長のいる執務室の扉を叩く。
「失礼します、参謀総長殿」
一言言い扉を開く。
そこにはいつものように執務机の椅子に座っている参謀総長のハッケルと白の裁判所の兵士の青年が立って話をしている場面に出くわした。
参謀総長は一旦話を区切りルミノスに挨拶を交わした。
「おはようルミノス、今日は早いな」
「はい、おはようございます。
あれ…?朝にはあいつ帰るって言っていたけど」
ルミノスは部屋を見渡しウォージェリーの姿がないことを口にした。
「そういえば連絡がないな」
「せっかく不思議の国のアリスについて話合おうと思ったのによ…早く帰ってきてくれないかなぁ、この作品の風刺や言葉遊びについて語れるかと早起きしたのに」
ルミノスは部屋のソファに腰掛け二冊のルイス・キャロルの書籍をローテーブルにそっと置いた。
「…それでも、報告の続きですが…」
「話を遮って悪かったな、で、結果はどうなったのだ?」
「はい、アズは敵のテニーニャに奪還されロディーヤの部隊は撤退せざるをえませんでした。
なんとか抵抗しましたが、部隊を指揮していた連隊長とウォージェリー補佐官の戦死により部隊は結束を失いました」
参謀総長の机の前でそう報告した兵士の言葉にルミノスは反応する。
「おい貴様っ!今なんて言った!」
「え…連隊長とウォージェリー補佐官の戦死により…」
兵士が復唱するとルミノスは立ち上がったまま固まってしまった。
「戦死…だと…」
「ええ、アズの凄惨さを大聖堂の主祭壇前で死亡していたのとことです」
「死体はっ!」
「…敵側によって焼却されましたので骨しか残ってませんよ」
ルミノスはその場に呆然と立ち尽くした。
突然のウォージェリーの喪失に心が動かなくなったのだ。
「…あのバカ」
ルミノスはうつむき、ウォージェリーがアズへ行く前の会話が脳裏に浮かんできた。
執務室の中でルミノスとウォージェリーが会話をしている。
「アズ?あの占拠している街にか?」
「あぁ、あそこにはまだ住民がうじゃうじゃいるらしい、白の裁判所の兵士を連れて皆殺しにしてくる」
「はぁ…呆れるな」
「言うな、私は戦争の本場を見に行きたい」
ルミノスはソファに深く腰を掛け部屋をあとにしようとするウォージェリーに言う。
「戦闘が始まったら帰ってこいよ」
「さぁどうかな、地獄の底で死ねるならそっちを選ぶかな」
ウォージェリーが部屋を出るために扉の取手に手をかけた瞬間、ルミノスが言った。
「ふざけるな、貴様がいなくなったら趣味の話をできる人がいなくなるだろ。
かならず帰ってこい」
「そうだな、お前を悲しませる趣味はないからな、帰ってくるとするかな」
ウォージェリーはそう言い残して部屋を出ていった。
ルミノスは数日前の回想を終えるとそのまま部屋を出ていった。
彼女の背中を見送った参謀総長は兵士に言った。
「もういいぞ、下がれ」
「はい、失礼します」
兵士はルミノスの少しあとに部屋を出ていった。
ルミノスは二階の執務室からでるとレッドカーペットの敷かれた廊下を歩いていき突き当りの窓で立ち止まった。
「…嘘つき」
朝日が舞い込む窓辺でうつむくルミノスは人知れず静かに涙を流した。
頬を一筋の水の筋が通りその粒は地面へと落ちていった。
一方、アズの戦闘で負傷したエロイス。
彼女が目を覚ましたときには見知らぬ木の板の天井が目に入ってきた。
「…ここ…は…?」
天井からは傘のついた電球がぶら下がっていた。
大きな部屋にはバッドがズラリ、窓側と廊下側に並んでいた。
エロイスが身体を起こそうとすると黒いとんびコートを着た兵士に止められた。
「起きるな、まだ足の傷は癒えていないぞ」
手をエロイスの胸に差し出し身体を起こすのを静止したのはダンテルテ少佐だった。
彼女はエロイスの寝ているベッドの横の椅子に座っている。
「あ…少佐…ここは…」
「ここは後方の野戦病院だ、貴様が両足を撃たれて負傷していたのを私が運んでやったのだ、隣にロイドもいるぞ」
ルミノスが反対側を見るとそこにはロイドがベッドの上に寝ていた。
「おはよう、エロイス」
ロイドがひらひらと手をふる。
彼女は一見、武装聖歌隊の野戦服を着ていて怪我などないように見えるがロイドが野戦服の乗馬ズボンの裾をまくるとそこにはぐるぐる巻きにされた両足が露わになった。
エロイスも自分の足を見るが黒い乗馬ズボンの上からではわからない。
「貴様の両足は包帯でぐるぐる巻きだ。
弾丸の摘出も終わっている」
エロイスは一通り命の危険がないことを確認すると少佐に尋ねた。
「少佐…その、ドレミーは…いないんですか」
エロイスの突然の問いに少佐は少し驚いたが態度と口調は変えずに言い放つ。
「…貴様には気の毒だが、すでに死んでいた。
自爆だった」
「自爆…?そんな…」
エロイスは顔をうつむかせて下半身にかけられてあったシーツを強く握りしめる。
「ドレミーは死にたがりじゃない…」
「だろうな、きっともう助からないとわかった上で、どうせ死になら誰かを巻き込んでやろうっていうことだろうな。
現にドレミーの死体の側に似た外傷の死体が見つかっている、敵の連隊長らしかったそうだ」
エロイスは背中に当たる朝日を受け顔が逆光で暗くなる。
「…ドレミー、おつかれ…ゆっくり…休んでね…
この地獄から逃げた先に…私もいつか…」
エロイスの顔は暗くなっていて少佐からはよく見えなかった。
だが逆光の中でたしかに光る大粒の涙が流れていたのが見えた。
アズの壮絶な戦闘は現場の兵士には地獄だった。
アズの奪還成功は武装聖歌隊の総指揮官フゥーミンからグラーファルへと伝えられた。
テニーニャ共和国の親衛聖歌隊本部の一室の部屋にて椅子に座りながら町並みを眺めるグラーファル。
その部屋にフゥーミンがノックをして入ってきた。
「グラーファル閣下、吉報です。
アズの奪還に成功しました」
グラーファルは目線を窓の外の首都ボルタージュの町並みからフゥーミンへと目を向けた。
「そうか、あの街は別にそれほど重要ではないが成功体験があるのはいいことだ。
これを気に次々と占拠された街を奪い返し、奴らに血の代償を払わせる」
グラーファルはそう言うとふたたび窓の外へと目を向けた。
「必ず、絶滅させてやる」
そう強く言ったグラーファルの表情は無表情ながら強い意志を感じさせる顔をしていた。




