末路を照らす朝日
アズ奪還戦を月夜のもので繰り広げていた武装聖歌隊。
広場では激戦が繰り広げられていたが、大聖堂内部では歩兵銃を構えるエロイスと戦争を心の園から楽しんでいるウォージェリーとの戦いになっていた。
地面に這いずるエロイス。
撃たれた両足から流れる血が大理石の床に広がる。
エロイスは慄える手で銃口をウォージェリーに向け、ついに引き引いた。
バンッ!!
空気を叩いたような軽い音が広い大聖堂の空間に響き渡った。
エロイスが放った弾丸はウォージェリーの頬をかすめただけで命中はしなかった。
「…」
エロイスは表情を変えずに射撃の結果を噛み締めた。
「残念だったな、私だけ生き残るのもあまりいい気はしない、私は破滅の闘争を望んでいる。
今回もだめだったみたいだな」
反射で白く光るメガネのレンズの向こうから金色の虹彩の目がエロイスを見下している。
狂人のような笑みを浮かべるウォージェリーは残念そうに、だが少し嬉しそうにそういった。
だがエロイスはそんなウォージェリーの言葉をあざ笑うかのように言う。
「脳天を撃ち抜けなかった…だけど、可能性にかけた…もし外れた時に代わりにお前を処刑してくれるものを…お前みたいな…最低最悪の野郎は…私じゃ裁けない…ってこと」
エロイスの言葉を聞くとウォージェリーは楽しそうに笑顔で尋ねる。
「ほう…じゃあなんだ?神にでも捌いてもらう気なのか?」
「そうだね…文字通り…本当の神様にね」
エロイスがそういった瞬間、ウォージェリーの頭上に影が差した。
「ん…なんだ」
ウォージェリーが後ろを振り向くと主祭壇の大きなキリストを磔刑にしている十字架が倒れてきていた。
「なるほどっ…!素晴らしいっ!」
ウォージェリーは笑顔のまま倒れてきた十字架に身体を貫かれた。
「ぶぇぇっ…!!」
ウォージェリーは貫かれた腹や口から大量に出血をしはじめた。
地面はたちまち赤く染まりウォージェリーの身体も十字架とともに赤くなる。
ウォージェリーは十字架に貫かれたがなおもおぼつかない足取りで立っていた。
「なる…ほど…なぁ……お゛ぇっ…っ……はずしたときの…保険まで…考えて…いた…とは…」
エロイスは死に際でさえも笑顔でいるウォージェリーに狂気を感じながらも碇を口にする。
「…お前は人じゃなかった」
それを聞いたウォージェリーは血を吐きながら笑って答える。
「…人じゃない…?
たとえ、私の脳が水槽に浮かんでいようが脳単体が真空から生まれて宇宙を見せていようが私は私だ…
決して戦争を止めないし止めたくない。
私の毛一本、細胞一つ一つ全てが闘争を求めている。
我が闘争を欲している…
勝つも負けるも…どっちでもいい…ただ私は…」
ウォージェリーは主祭壇を背に立って全身から血を噴き出しながら、腹から飛び出た十字架の先端を押し出し十字架を抜いた。
大きな赤い金属の十字架が床に落ちる。
そしてそのまま後ろに下がり主祭壇の前で言った。
「いい…戦争に従った。
それだけで、私の全てだ」
ウォージェリーの背後の主祭壇の上にあるステンドグラスが戦火によって明るく照らされていた。
その赤い光はステンドグラスを通して大聖堂内に広がっていた。
ウォージェリーは主祭壇を背に倒れた。
祭壇はウォージェリーの身体によってバラバラになり、長い六本のろうそくも床に転がった。
エロイスは遠目に見えるウォージェリーの身体から大量の血液が流出しているのを見て目を閉じた。
大聖堂の麓の広場の塹壕にかけられた木の板の橋の下に座っていたドレミーは薄れゆく意識の中、ぼんやりと紺色の空を眺めていた。
(出血が…止まらない…息が…苦しい…寒い…心臓が……痛い…っ)
ドレミーの顔は蒼白で大量の冷たい汗が生気をなくした頬を伝う。
脇腹から絶え間なく流れる続ける血は塹壕の堀の地面を赤黒く染め上げていた。
ドレミーはすでに失血死寸前だった。
そんなとき、ドレミーがふと塹壕から顔をあげると大聖堂のある丘の上から一人の制帽を被った兵士がズルズルと滑り降りてきた。
鼻の下にひげを蓄えた兵士が降り立ち広場とは真反対の方向へと走ってくる。
そしてドレミーのいる橋を駆け抜けた瞬間、ドレミーはその兵士の足首を掴んだ。
「おわっ…!お前っ!何をする…っ!」
その兵士にしがみつくドレミーは弱々しい声で言う。
「偉いんだろ…逃げちゃだめだ…」
それは逃亡しようとしていた連隊長に向けた言葉だった。
「うるさい!離せっ!俺は連隊長だぞっ!テニーニャ人の手で触るなっ!」
「どうせ…もう私は助からない…この出血の量じゃ…ね…」
「この手を離せっ!死に損ないがぁーーっ!!」
連隊長は足にしがみついているドレミーの顔にもう片方の足の底で蹴りつける。
ドレミーは泥で顔が汚れ鼻血を垂らしながら強く言う。
「私は皮肉にもこの戦争を通して成長した…逃げてばっかりの私に…勇気を与えてくれたの…どうせ失血死で死ぬんだったら……一緒に…地獄への逃避行をしようと思って…」
その時連隊長は気づいた。
ドレミーのハイウエストベルトに複数の柄付き手榴弾が挟まれていることに。
その手榴弾の柄から伸びる紐は全て束ねられ、ドレミーの手元に結ばれていた。
「畜生っ!!このガキっ!!腹に手榴弾括り付けてやってきやがったっ!!
てめぇ頭脳が猟奇だぜっ!!この気違いがぁーーっ!!手を離せぇぇぇぇーーっ!!!!」
連隊長は一層ドレミーを振りほどこうと軍靴の底を少女の頭に叩きつける。
(あの世に逃げるのか…私…また……もう逃げないって決めたのに…でも…このまま失血死で死んだら…死んでも…死にきれないわ…っ!!)
ドレミーがそう心の中で思うと連隊長に向って叫んだ。
「今からお前に見せるのは私の成長した精神のほんの一欠片だっ!!
お前をあの世に先導するのはぁ…
この矢十字じゃなければいけないんだっ!!」
そう言った瞬間、ドレミーは紐を引き、お腹のハイウエストベルトに差し込んだ柄付き手榴弾を点火した。
「うおぉぉぉぉーーーーっ!!このクソアマぁぁーーーっ!!!」
その瞬間、オレンジ色の閃光がドレミーとロディーヤの連隊長の間で起こった。
連隊長は足が吹き飛ばされその場に絶叫を上げて悶る。
ドレミーはえぐられたお腹から血と内臓を撒き散らしながら後ろに倒れていく。
(エッジ…クレヤ…リグニン…中佐…今…行くよ…逃げた私を…叱ってね…エロイス……)
倒れながら目を閉じたドレミー。
その過程で流れた涙が宙を舞い、月明かりに照らされていた薄くキラキラと光った。
激戦となったアズ奪還戦。
地獄絵図の廃墟の街に段々と朝日が登ってくる。
ロディーヤ軍一万、テニーニャ軍八千人の犠牲が生じたアズ奪還戦。
その戦闘の結果はテニーニャがギリギリの勝利を収めた。
ロディーヤの連隊長の死と白の裁判所の補佐官のウォージェリーの死は引き分けに近かった奪還戦でのロディーヤの敗北を印象付けることとなったのだ。




