聖域への誘い
ドレミーの応急手当を済ましたエロイスはドレミーとともにゆっくりと仲間たちが戦っている広場付近へと向かった。
先に進んだ中尉やロイドたち武装聖歌隊の兵士たちはロディーヤ軍のいる広場と向かっていっていた。
積み上げられた土嚢の壁、広い石畳の道路にジグザグに掘られた塹壕には木の板の橋が架けられドラム缶や弾薬箱が積み重ねられていた。
設置されている鉄条網を手榴弾で破壊しながら進む兵士たちだったが広場のロディーヤ兵の猛攻に晒されていた。
「歩兵砲点火っ!拉縄を引けぇーーっ!!」
一人の兵士がそう叫ぶと聖歌隊兵士たちに向けた歩兵砲が砲弾を放った。
死体を盾にし半自動小銃を構えていたロイドは満月を遮った黒い砲弾の尾を見てこちらに砲弾がやってきていることにに気づいた。
「砲弾注意ーーっ!!」
ロイドが叫んだ瞬間、近くの建物や路上に着弾した。
飛び散るガラス片や壁の破片が聖歌隊の兵士たちの頭上から降り注ぐ。
ロイドの頭に被っていたブロディヘルメットにゴツゴツと破片が当たる音に耐えたが突如目の前にのボトリと人の腕が落下してきた。
武装聖歌隊の褐色の軍服の袖を纏った男の腕からは落下の衝撃で血が飛び散る。
だがロイドはその落ちてきた片腕に恐怖を抱くことはなかった。
(あぁ…私、狂ってたのね。
片腕が目の前に落ちてあっても何も思わないわ…生の腕というより…作り物の…シリコンの腕みたいな…)
ロイドは戦争になれそんな感想しか抱けなくなっていた。
小銃を包帯でぐるぐる巻きの手で強く握りしめると死体から飛び出して街中に掘られた塹壕へと仲間とともに向かっていった。
「うっ…っ」
「ぐわぁ…っ!」
ロイドの隣でともに突撃している兵士血が次々と倒れていく。
(進め…っ!進めっ!進め!!!)
「進めぇーーーっ!!!!」
ロイドはロディーヤ兵のいる塹壕に飛び込むと着剣した歩兵銃を刀のように振り回し敵の眼球や腹を切り裂いていく。
敵を倒しながら進んでいくロイドだったが、塹壕との合流地点で角から血まみれの兵士が走っているロイドの横腹に飛び込んできた。
「きゃっ…!」
ロイドは塹壕の壁に叩きつけられ、歩兵銃を手放してしまった。
血まみれのロディーヤ兵はロイドにしがみついて離れない。
「はっ…離して…っ!」
「クソ…お前たちテニ公のせいで…お前たちのせいで…っ!!ウオォォぉぉーーーっ!!殺してやるっ!!ブッ死ねぇーーっ!!!」
兵士は短剣を取り出してロイドの腹に差し込もうと突き出した。
(こっ…殺された…っ!)
ロイドは思わず目をつぶる。
その瞬間、ロイドの耳にプシュュュッと液体が噴き出る音がした。
生暖かい液体がかかる感覚が顔全体に広がった。
ロイドは恐る恐る目を開ける。
「…っ!?ちゅ…ちゅ…中尉…っ!」
ロイドが目を開けると彼女に短剣を突き刺そうとして兵士の頭部に振りかざされたスコップが刺さっていた。
兵士がバタリと倒れると満月を背に立つシェフィールド・S中尉が立っていた。
顔につけた笑顔の仮面が血に濡れながら怪しく笑っていた。
ロイドは兵士の死体をどかすと歩兵銃を手に取った。
「いっ…いきましょう、中尉。
あっ…その…ありがとうございます」
中尉はロイドの顔を見るとポケットから一枚取り出した。
「『(◠‿・)—☆』」
ロイドはそれを見ると安心したように力を抜いた。
「この広場を占領して大聖堂へ向かいましょう、えっと…ダンテルテ少佐は…」
ロイドの視線の先にはダンテルテ少佐が少佐専用の拳銃『アミ』で敵を制圧していた。
ダンッ!ダンッ!
『アミ』の重々しい銃声が響き渡る。
全長三五センチ、重量七キロの異様な拳銃から繰り出される凶弾にロディーヤ兵たちが次々となぎ倒されていく。
「この弾丸はぁっ!私専用のダムダム弾を使用している…っ!貴様たちの身体に当たれば心臓や脳に当たらない限り即死はできない、永遠に苦しんだ末、藁のように死ぬだ。
度胸のある奴だけ撃ってこいっ!必ず生き殺してやるっ!」
武装聖歌隊の仲間たちに守られながら広場へと進んでいく第一中隊。
ドラム缶や弾薬箱、塹壕や家屋の瓦礫にお互い潜みながら撃ち合いを展開していた。
影に隠れながら拳銃を敵に向け撃つ少佐のもとに中尉とロイドが駆け寄ってきた。
「少佐っ!」
「ロイドと中尉じゃないか、ちょうどよかった。
ロイド、貴様は何人かの分隊を集めてあの大聖堂を攻撃しろ、あそこに司令本部があると聞いた、シェフィはこの広場を中隊全員で制圧する。
この広場は私達に任せろ」
少佐の頼もしい声でロイドにそういった。
「少佐、お気をつけて」
「あぁ、任せておけ」
「中尉も…」
「『(っ˘̩╭╮˘̩)っ』」
ロイドは二人の上官のそばを離れ、一旦後ろに後退した。
走って弾丸飛び交う広場を駆け抜け、塹壕にかかった木の板の橋の下に潜り込んだ。
そして頭を出してキョロキョロ見渡すと目線の先にエロイスと彼女に支えられているドレミーがいた。
「エロイスっ、ドレミー。
やっと来たわね」
「遅れてごめん、ロイド」
やってきた二人は塹壕の中には滑り込む。
「ちょうどよかった、今少佐から分隊を率いて大聖堂を攻撃しろとの命令が入ったわ、ドレミーはこの橋の下に安置しておいてます貴方は私と一緒に来るのよ」
「うん、わかった」
エロイスは弱ったドレミーを塹壕に架かる木の板の橋の下にそっと置いた。
「エロイス…言っちゃうの…?」
「必ず戻ってくるから…待っててね」
「…うん、ドレミー、頑張る…」
エロイスは少し笑顔を向けるとロイドに連れられて塹壕から飛び出していった。
ドレミーは暗い木の板の下でエロイスの帰りを目を閉じて待つのだった。
弾丸飛び交い、悽惨極まる広場からすぐ近くの少し高所に建てられた大聖堂、その中庭の敷地に建てられたテントを入ったり出たり蜂の巣をつついたような騒ぎの司令本部は直ぐ側まで迫っている武装聖歌隊に慌てていた。
「第十四小隊との通信も途絶、我が連隊は壊滅的な打撃を受けていますっ!連隊長っ!撤退命令をっ!」
通信兵は焦った口調でそう告げた。
「くっ…第一防衛線では善戦しているというのに内側から崩壊させられるなど…せっかく俺が占領したこのアズを手放すとは…クソっ…クソっ…」
連隊長はうつむきながら拳を強く握りしめた。
「連隊長っ!!」
「…だめだ、最後の一人までこの大聖堂に籠もりこの街を死守しろ」
「…っ!?連隊はっ!?」
「聞こえなかったかっ!!全員死に方用意っ!!最後の一人まで軍務を果たせっ!!」
通信兵の説得も虚しく連隊長は撤退を許さなかった。
近くで銃声が飛び交っている中でもウォージェリーは二人の白の裁判所の兵士に見守られながら綺麗に食事を摂っていた。
「ウォージェリー殿、逃げなくてよろしいのですか?」
「あぁ気にしない気にしない、ゲロ吐きながら無様に死ぬまでが戦争なのだよ、勝敗なんてのは二の次なのさ、どうせ結果なんてのは終末の日に神様が教えてくれるんだからな、お前たちも逃げたければ逃げるといい」
ウォージェリーはそう言いながらマルゲリータのピザをチーズをトロリと伸ばして食べた。
「いいえ、私は軍人ですから、死ぬまで使えるのが使命です」
「そのとおり、私達がいなくなれば誰がお冷を運んでくるのですか」
そばにいた二人の兵士がそう言うとウォージェリーは高笑いをした。
「あははっはははっ!そのとおり!ぐうの音も出ない、お冷は大事だからなあははっ!」
ウォージェリーは足を組んで指を組んだ手を膝に乗せた。
「さて、誰が私を殺してくれるのか。
やたら無闇にこの街の民間人を殺してやった、今や敵兵の怒りは最高潮だ、きっと跡が残るような恨みのこもった熱烈な創痍をつけてくれるに違いない…
楽しみだ、実に…実にいい戦争だ」
ウォージェリーは狂気的ともに言える笑顔でを見せつけてくれた。
その笑顔はまるで子供のように純粋な幸福から生まれた笑顔のように見えた。
そんな戦争狂がいる大聖堂へ向けてエロイスとロイドを含めた数十人の武装聖歌隊の兵士たちが丘の上の大聖堂へ向け階段を登っていく。
「この階段を登っていけば拝廊があるはず…そこから大聖堂登っていく中へと入れるわっ!」
「了解っ!!」
階段を登り踊り場にでると数段上の踊り場階から兵士に兵士が立っていた。
「散れっ!テニ公っ!」
両手で持った短機関銃を踊り場から乱射してくる。
ロイドとエロイスはすぐに角に引っ込んだが前へ前へと進んでいた兵士たちはたちまち弾丸の雨を食らった。
「うわぁ…っ!」
「グェっ…っ!」
踊り場に溜まる死体と血の池。
「あの短機関銃をなんとかしないと…っ!」
ロイドは上の踊り場から乱射してくる兵士に頭を悩ませた。
エロイスはしばらくさっき撃たれて死んだ仲間の死体の足を引っ張って手繰り寄せる。
「エロイス…何を…」
「もう死んでる、なら使わせてもらおう」
「えっ…!」
「私の後、ちゃんとついてきてね」
エロイスは仲間の死体を盾に角から飛び出した。
これには思わず乱射していたロディーヤ兵も驚いた。
「死んだ仲間を盾にするなんてさすが人権後進国テニ公野郎っ!!」
エロイスは肉の盾を使い短機関銃を乱射する敵兵のいる踊り場へと駆け上がった。
エロイスの持つ死体に弾頭がビシビシと当たって震える。
そしてエロイスはその死体を思いっきり敵兵に投げつけた。
「うわっっ!!」
その衝撃で敵は階段の縁に身体をぶつけると敵兵の頭にエロイスの手が伸びてきた。
「やっ…やめろっ!やめてく」
エロイスは敵のロディーヤ兵の頭部を思いっきり捻じ曲げて頸椎を粉砕した。
抵抗していた敵兵の腕はぷら〜んと垂れ下がりその場に崩れ落ちた。
「エロイスっ!よくやったわっ!その階段の先が大聖堂よっ!登ってっ!」
ロイドたちもエロイスの後を追って階段を登ってきた。
そしてエロイスの前には大きな大聖堂が聳え立っていた。
エロイスはゆっくりとその厳かな建物に近づきそして拝廊への両扉の取手を掴んだ。
いよいよ大聖堂へと突撃である。




