使徒信徒
ハッペルを陥落させたロディーヤ女子挺身隊。
陥落したハッペルの医療テントででオーカ准尉とメリー・ポリーゼントとのわだかまりを解いた。
その一方のテニーニャ国防軍は敗走し、森の中に逃げ込んでいた。
ロディーヤの快進撃に帝都チェニロバーンは沸くが、参謀総長は心ここにあらずといった感じだった。
ロディーヤ帝国帝都チェニロバーン参謀本部。
参謀総長のハッケルは今回の作戦の成功に疑問を呈していた。
「…おい、ルミノス、今回の作戦の成功、少し怪しくないか?」
総長の部屋の掃除をしていたルミノスの手が止まる。
「…そうですか?まぁ…挺身隊にしてはよくやったとは思いますけど…」
「まさかルナッカーのやつ、本当に突撃だけで陥落させたのか?にしてはスピードが早すぎる、テニーニャの奴ら思ったより柔いな。
このままではロディーヤが勝利を収めてしまうぞ」
「そうですね…申し訳ございません」
「いや、気に病むことはない、テニーニャの士気を上げる為に次の策を実行しろ」
「次の策って…」
参謀総長がにやりと笑う。
「あぁ、頭が伽藍堂の君でもできる簡単な策だ。それに…こういうのは君の十八番だろう?」
「も、もちろんです参謀総長殿っ!わたくしの才を存分に発揮し、必ずお役に立てるよう努めますぅ!」
「ふっふっふっ、ルミノス、君は私に選ばれた人間なんだ、誇りを持て。
君のように特定の分野に優れた人間は凡人に遠慮する必要はない。
さぁて、お祭り楽しみだなぁ」
「任せて下さいっ!参謀総長殿!すぐに支度を!」
ルミノスは勢いよく部屋を飛び出し、そのままの勢いで停めてあった自分の車へと飛び乗った。
「おいウンコカス、間違えた運転手。
すぐに出発だ。
今すぐテニーニャ人を集めるんだ。
奴らはこのロディーヤで形見の狭い思いをしているに違いない。
私が救ってやろう」
そう言うと車のバックミラーにキラリと輝くルミノスの白い歯が写った。
やってきたのはロディーヤ国内のテニーニャ自治区だった。
貧相な自治区に似合わない黒塗りの高級車が通りを通る。
「まるで貧民窟だな、テニ公にはお似合いだ」
道路や町並もそれなりに整備されてはいるが、そこら中に人がボロ布のような毛布にくるまって寝ている。
新聞紙やちり紙が散乱し、強盗や万引きなど犯罪が相次ぐ治安の悪い所だ。
テニーニャの自治区とは銘打っているが実際は放置された街に等しかった。
「ケッ、貴様らにはもう一生見る機会なんかないんだろうなこんな車、精々路傍で指を咥えて見ていろクソカス共め」
ルミノスが運転手に命令して路駐して、車を降りる。
スラムのような自治区に一人のトリックスターが落ちてきた。
突然の軍人の登場に自治区のテニーニャ人は狼狽える。
ロディーヤの軍服をきた人が降りてきたのだ、警戒されても仕方がない。
「だ、誰だお前!」
一人の住人が突っかかる。
それを皮切りに路上で寝ていた人も靴磨きをしていた人も、見慣れない軍人に集まってきた。
群衆がどよめきざわめく。
「私はテニーニャの救国の聖女である。抑圧され虐げられているテニーニャ人を開放しに来たっ!!」
しかしその言葉を聞いても群衆はピンときていないような反応をしていた。
「テニーニャ開放って…あんたそれロディーヤの軍服じゃないか」
「私はテニーニャ軍のスパイだ、この自治区を開放し、栄誉あるテニーニャに勝利をもたらすことが私の役割だ」
そう言うとルミノスは車内に積んでいた銃を手に取る。
「これでだ!これで貴様たちは従属の鎖から解き放たれる!この銃を手に取り、悪の帝国ロディーヤのチェニロバーンへと進むんだ!進め進め!チェニロバーンの市民を打ち倒せ!これは正義の反逆だ!」
ルミノスが次々と銃器を手渡していく。
「本当にテニーニャの人間なのか?」
「当たり前だ!ロディーヤの人間がこんなことするわけ無い」
ルミノスが自治区のフェンスの向こうを指差す。
「さぁ、この先が悪魔の住処だ!奴らに血の代償を払わせろっ!!!」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっ!!!!」
銃を掲げだテニーニャ自治区の住民が決起する。
そのまま自治区を飛び出し大勢の武装した住民がチェニロバーンへと向かう。
「ふっふっふっ…いいぞ犬共、このまま地獄へ渡れ。
喰って食って悔い尽くせ」
ルミノスが両手を下に広げ目を光らす。
「さぁ参謀総長殿、宴の時間です」
「くらえっっ!!!」
「う゛がァァァァァァァッッッ!!」
自治区の人間が帝都へと雪崩れ込む。
銃器を発砲し、容赦なく無抵抗の人間を屠っていった。
帝都の石畳の隙間を鮮血が縫い、次々と店に火が灯り、あっという間に煤煙が都を包む。
皇帝の石像はなぎ倒され、国旗には火がつけられる。
チェニロバーンはすでに爆撃があったような様相だった。
女、子ども、そして男までもがその凶弾の犠牲になっていった。
「さ、さ、さ、さ、さ、さ、さ、参謀総長っ!?なんですかこれっ!!」
「わからんなぁ〜?反乱か?まぁよくある話だな」
「そ、そんなことより早く鎮圧を…」
ハッケルが執務机に頬杖ついたまま落ち着き払っている。
「なら前線の帝国陸軍を帝都に呼び戻さねばならんなぁ〜?そうだろう?」
「でも、それでは前線が…」
「そうだな、帝国陸軍を呼び戻すど前線は挺身隊だけになるな、それがどうした」
「兵力が…」
「なら君が鎮圧するのかね?血の海火の海を超え、銃やナイフを振り回す暴漢を、君が止めるというのかね?権威しか武器がないのであれば黙ってみているべきだ」
窓を背にしていたハッケル参謀総長が、炎で逆光になる。
そのくらい人影から黄色い猫のような目がギラギラ光った。
「わ、わかりました…っすぐに帝国陸軍を呼び戻します」
「挺身隊にも伝えておけ、チェニロバーンでテニーニャ人の蜂起が起こったとな、その為たむろっている帝国陸軍をすべて呼び戻す。
許してくれなぁ〜ルナッカー少尉。
蜂起があるなら仕方あるまい」
ハッケルが口角を釣り上げ猟奇的な笑みを浮かべる。
チェニロバーンはルミノスに扇動されたテニーニャ人が市民に虐殺を施していた。
突然の火器を持った勢力に町の警察も軍人も殺されてしまった。
この街は帝国陸軍が来るまでで無法地帯となったのだ。
「鎮圧し終わったら街全体に戒厳令を出そう、そうしてこの都をロディーヤ軍の管理下に置こう。
私の管理下にあれば工作しやすい。
あぁ楽しみだなぁ、もっと見たいなぁ。
ロディーヤが敗戦へと向かう様、破滅へと爆進する様、深淵を覗いて覗き返されたいなぁ。
私がいれば間違いなくこのロディーヤは私の楽園へと生まれ変わる…本当に楽しみだ。
ここまでワクワクしたのは何年ぶりかね、
まるでクリスマスイブだ、サンタが来るのを今か今かと待ち受けている子供のような気分だ」
ドタンっ!
突然総長の部屋の扉が蹴破られる。
「てめぇだなっ!?ロディーヤの参謀総長はっ!」
「…地獄の畜生が人間様になにか用かね」
「てめぇを殺してテニーニャは自由を取り戻すっ!」
やってきたのは三人のテニーニャ人の暴漢だった。
二人ははナイフをもち、真ん中の人間は拳銃を構えている。
「大人しく帝都で暴れていればいいものの、随分と賢くなったなぁ最近の犬は」
「黙れっ!」
二人の暴漢が参謀総長に襲いかかる。
ハッケルは自身の執務机を蹴り飛ばし、スライドさせて二人の暴漢に当て、動きを止める。
そしてすかさず暴漢に近寄り、動きの止まった暴漢の襟を掴み二人の頭を衝突させる。
「う゛がァ゛っ…」
二人はその場に倒れ込む。
そして残った暴漢が参謀総長に銃口を向ける。
参謀総長は二人の持っていたナイフを拾い、執務机をジャンプ台にして空中に飛ぶ。
空中で一回転し、その勢いに任せて両手に携えたナイフを投げた。
「我は信徒なりっ!楽園の巫女なりっ!久遠に穢れを知らず、奈落の果てを夢見る使徒なりっ!」
二本のナイフの一本は暴漢の顔を掠っただけだった、だがもう一本は脇腹へとまっすぐ突き刺さった。
「ぐっ゛っ…!」
バンッ!
刺さった瞬間、反動で弾丸が発射された。
だが弾丸は総長の頬を掠って傷をつけた程度だった。
総長が床に着地すると、もう一発撃とうと銃口を向けた瞬間。
暴漢の背後に人影が現れた。
それは両手に二本のサーベルを構えたルミノスだった。
「我は使徒なりっ!白の判事なりっ!森羅に罰を下し、神徳を欲する信徒なりっ!」
ルミノスが左右に二本のサーベルを振り、暴漢の首が高く飛んだ。
目を見開いたまま、暴漢の頭が総長のもと転がる。
「大丈夫ですかっ!?総長殿っ!」
「ルミノス、危なかったなぁ君がいなかったら今頃どうなっていたかわからん」
「へヘ…っそれほどでもぉ…こんなものっ!」
ルミノスが討った頭を持って部屋の窓から投げ捨てる。
「ダニが感染ったらどうすんだ畜生っ!」
「…ルミノス、よくやってくれた、君のおかけでチェニロバーンは地獄だ。
それに帝国陸軍を呼び戻し、挺身隊を孤立させることができた」
「いやぁ…総長殿の鳥を打ち殺す投石術はもはや異能ですね、あっ、一石二鳥って言いたかったんですよ…?」
「解っている、計画は着々と進んでいるな。
そろそろ正式名称をつけるとしよう…今まで適当に計画計画言っていたが、正直私が司る計画が多くて混乱してきてしまいそうだからな」
「…では、『廃園化計画』はいかがでしょう?」
総長がしばらく頭を捻る。
「賛成だ、ルミノス、その計画名実にいい。
センスが光るなルミノス」
「それほどでも…」
「あぁ、あとこの死骸と血、片付けておいてくれないか」
「当然です、任せてください…っ!」
「頼んだぞメス豚」
「あぁ…っ!その名前は反則ですぅ…総長殿…っ!」
ハッケル総長が窓から地獄を眺める。
「まだまだ鎮圧に時間がかかりそうだな、どれ、
あの死体の山を見ながらステーキでも食べるとしよう。不謹慎だなぁでもきっとうまいぞ」
参謀総長はウキウキで部屋をあとににした。
突然の血みどろの蜂起、そしてこの地獄絵図。
参謀総長はロディーヤがじわじわと破滅へと向かっていることを確信するのであった。




