傷心外出、後編
ルナッカーのことを忘れて完全に決別するべくルミノスの提案によって傷心旅行ならぬ傷心外出をすることになった二人は私服姿で街を歩き外出を楽しんでいた。
喫茶店をあとにした二人が次に向かったのは帝都の中心から外れたところにある大規模なバラ園にやってきていた。
整備された小綺麗な石畳が庭園のあちこちに張り巡らされている。
低木にはピンクや赤、黄色やら白いバラが華やかに咲き誇っている。
「わぁ…きれいですねぇ」
「何という品種なのだろうか、見た目も匂いもいい」
「やってきて正解でしたねっ!」
「…あぁ」
美しいバラのアーチを二人は手をつなぎながら歩き、小さな噴水のある場所までやってきた。
二人はベンチに腰を掛けしばしの休息を得る。
色とりどりのバラに囲まれた楽園の庭園の様なバラ園の中で流れる噴水の水を眺めながら会話をする。
「まるで楽園のようだ。
心底美しい」
ハッケルがバラ園の景色をみてそう呟いた。
「私の目指す楽園とは似て非なるものだが、いずれこのバラ園の様なロディーヤを建設したい」
「わたくしはその志に永遠に追従いたします」
目に映る景色には埋め尽くすばかりの鮮やかなバラが咲き乱れ青い空を圧迫しているようにさえ思えた。
「この国は腐りきっていた、人間も、政治も。
だから経済不況なんかに見舞われたのだ。
原因は政治腐敗と生い茂った思想的堕落と皇帝にある、それらを一掃して新しい国を作るには戦争が手っ取り早く政治の腐敗、教育、思想は一層され敗戦後の焦土から新しいロディーヤの新芽が息吹く…敗戦後こそが廃園であり楽園だと思っている、この考えを改める気は毛頭ない。
基盤はすでに盤石だ、私は楽園を再建する」
ハッケルがそう言うと空を見上げる。
その途端、空襲警報のサイレンが鳴り響く。
不安を引き出す不協和音のサイレンが帝都中に響くが二人はバラ園のベンチに座ったままその不気味な叫びを聞いていた。
「…こっちまで来ますかね…?」
「さぁ、そのときはその時だ」
空を見るとテニーニャの双発爆撃機ゴールドミルキーウェイが群れをなして飛行していく。
見上げたまま足を組んだハッケルとルミノスはその爆撃機を見送る。
「頼んだぞ、すべてを破壊して更地にしてくれ」
戦爆連合が群れが空を埋め尽くす。
人々はすでに地下室や地下鉄駅に避難しているので帝都はほぼ無人である。
戦闘機シルバーテンペストは街の低空を飛行し人間を攻撃しようと行き交う。
「阻塞気球だっ!!撃ち落とせっ!!」
シルバーテンペストは街に浮かぶ二十メートルぐらいの大きさの気球に複葉の主翼の支柱に新しく取り付けられた焼夷ロケット弾を撃ち込む。
細長いロケットは噴射音を発しながら阻塞気球目掛けて発射するとロケット弾は命中、阻塞気球は爆発し燃えながら帝都へと落下していく。
「スゲェや焼夷ロケット弾っ!!阻塞気球がずいずい墜ちるっ!!」
「軍令部総長の考案だぜ、あいつに俺の焼夷ロケット弾ブチ込んでやりたいぜっ!!」
そんな新しい兵器を搭載した戦闘機が気球を次々と撃ち落としながら空中を跋扈する。
そんな銀の悪魔が赴くままに飛来する空からは機体の底に取り付けられた爆弾が投下され街の中に吸い込まれるように消えてやがて爆発する。
地下にいる人々には大きな爆発音や建物が倒壊する音が混ざった轟音が地底に低く響く。
「ママぁ〜…怖いよぉ…」
「大丈夫…大丈夫だから…」
地下鉄駅に避難した母親と小さな女の子を抱きしめてなだめる。
嘆きや悲観の声が弱々しく聞こえる。
逃げてきた人々で埋め尽くされた地下鉄駅は絶え間なく聞こえる爆発音に命の危険を感じながら早く終わってくれないかと、そればかりを考えていた。
場面はハッケルとルミノスのいるバラ園へと戻る。
爆撃機と戦闘機はある程度空を飛び回ったあとどこかへ飛び去っていった。
幸い二人のバラ園には被害はなかった。
「こんなに美しいバラ園なら標的になるんじゃやないかと思われたが、杞憂だったな」
「ええ、テニーニャ人にはこの美しさが目に入れられないようで」
ハッケルは立ち上がるとバラ園を出ようと促した。
「次はどこへ行こうか」
「総長殿とならばどこへでも」
その答えを聞くと参謀総長は愉快に笑った。
「そうか、映画館もいいかと思ったが今はプロパガンダ映画しかやっていないからなぁ。
…ルミノス、もう傷心は癒えた、無益な娯楽は好きじゃない、まだ半日も使っていないがそろそろ帰ろう、それで今日は自宅でゆっくりと過ごすといい」
「えっ…わたくしはもう少し一緒にいたいです…っ」
参謀総長はそう悲しそうに言うルミノスに近づいていく。
そしてハッケルの腕でルミノスの身体をギュッと抱きしめた。
「さっ、さささ参謀総長殿…っ!?いっ…いきなり…そんな…」
「ありがとうな、君がいてくれたから私は目標をもてた、やはり私には君が必要だ」
「そっ…そんな大胆に…てっ、照れちゃいます…」
ハッケルはそう言って頬を赤らめるルミノスの顔を見て微笑するとルミノスのおでこに彼女の柔らかい唇を押し当てた。
「ンンン〜〜////!?!?!」
「…///私だって女の子なんだからなっ…これぐらいこのことはしても…いいだろう?」
ハッケルが珍しく女の子らしい表情を見せた瞬間、ルミノスは声にならない悲鳴をあげた。
「だっ…だめですハッケル殿…それ以上言われると…雄になっちゃいます…。
腰…打ち付けてもいいですか…?打ち付けるだけでいいんです…陰茎も射精も出来ませんけどとにかく打ち付けたいんです」
「はン、アホ」
ハッケルはルミノスの頭をぽんと軽く叩くと言った。
「さっさと帰ろう、久しぶりに胸がすくようないい気分だ、久々に活力が湧いてきたぞ」
「はいっ!」
二人はゆっくりと歩きながらそのバラ園を出ていった。
ルナッカーとの決別を果たしたのだった。




